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無色透明に君が滲む  作者: 莉乃
夢を乗り継いでいく
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第三話

 自席に戻ってPCを開くと、見覚えのあるアイコンから通知が届いていた。いちいちビクビクしてもキリがないのに、頭と体が噛み合っていない。


 息を呑んで通知を開くと、先ほど受けた説明内容を要約したメモと、今後の進め方の提案が綺麗にまとめられていた。無機質な文章からは彼女らしさが感じられない。


 当たり前だけど、仕事とプライベートの分別はちゃんとつくらしい。


 メッセージの内容を眺める。後輩として完璧、新人としては出来すぎな内容に感嘆かんたんの声を漏らしながら、返事を返した。


    ◇


 それからは驚くほどスムーズに進んでいった。


 先方からの第一印象は完璧。指示した作業は常に期日よりも早く、丁寧に仕上げてくる。実は隠れて遅くまで働いていないか臼井さんに聞いても、そんなことはなかった。


 完璧すぎる。


 正直驚いた。優秀なのは知っていたけど、想像以上。


 あれから二人きりで会議室で話すこともあったし、客先まで一緒に電車で移動することもしばしば。変に距離を詰めてくることもないから、彼女が隣にいても身構えることはなくなった。


 私も彼女もそれなりに多忙になったし、変なことを話す余裕もないといった感じ。あの話はこの仕事が落ち着いたら伝えよう。だいぶ時間が経ったのに何もしてこない辺り、彼女にも余裕はないのかもしれない。


 納期まであと一週間ほど。事前に聞いていた通り監修の厳しさで時間は取られたけど、芹羽のサポートもあってかスケジュールには多少余裕がある。


 気が緩み上機嫌だったのか、芹羽をランチに誘った。ここであの話をするつもりはない。彼女だって、きっと同じ気持ちだと思う。


 ジェットコースターのように追いかけてくる彼女と答えを先延ばしにして足を引きずりながら逃げる私。いびつな関係ではあるけど、それ以前に一緒に働く先輩後輩として、労いの気持ちくらいは見せてあげるべきだと思った。


『ぜひです!下で待ってますね!』


 人間味のある返事を見て少し頬が緩む。機械のような優秀さには憧れまで感じるけど、こっちの方が彼女らしい。


    ◇


 「これやばいです!」


 口いっぱいに頬張り喜びを吐露とろする彼女を見て、安堵の息を漏らしカレーを口に運ぶ。うん、今日もおいしい。


 どこを歩いても数メートル間隔で飲食店が並ぶこの街で働き始めて一年と少し。それほど外にランチをしに行くことが無いから、彼女が満足する店に連れていけるか不安だった。


 同期もたくさんいるようだし、近くの飲食店はコンプリートしていたっておかしくない。そう思ったから、それほどメジャーではない方面に連れ出した。


 彼女の笑顔を見る限りでは、少なくともがっかりはさせていないはずだ。


「先輩はよく来るんですか?」


 半分ほど食べ進めたところでひとまず満足したのか聞いてくる。


「うーん。よくってほどではないけど、たまに来るかな」


 欧風おうふうカレー専門店ではあるけどカフェのような白を基調とした店内。コンパクトな作りで、十人も入れば満席になってしまうところもカフェっぽい。


「ちょっと遠いけど、混まないし種類も多くて飽きないんだよね。それにこれも貰えるし」


 トレイのすみに置かれている小さなグラスを指さす。


「ラッシー美味しいですよね~。こういうの、小さな幸せ感があって好きです!」


 咲くような笑顔。彼女は笑っている方が良い。


 今も、ここに来るまでの道中も、あの日覚えた熱のある視線は感じない。やっぱりあの夜とランチでの出来事は夢か幻だったのかと錯覚する。


 けど、なにか違和感を感じる。無理して笑っている…みたいな。


 だって、あの日から数週間あの話には触れていない。私が逆の立場なら催促さいそくをしたっておかしくないと思う。逆の立場になることなんて無いけど。


 疲れた身体に染みる~とストローに口をつけはしゃぐ彼女の目が、一瞬寂しさをまとわせて遠くを見た。そんな気がした。


 この目には…見覚えがある…。彼女はこんな目をしてはいけない。させてはいけない。



「リリースまで終わったら、打ち上げでもしよっか」



 無意識に言葉がこぼれ落ちる。


こんなこと言うつもりじゃなかったのに、言葉が私の許可なく勝手に歩き出していく。


「そこで…ちゃんと話そう」


 彼女の目を見ることができない。あの日と同じように、どこか宙を彷徨さまよっている。


 なんで彼女に迫られたときにすぐに拒絶きょぜつできなかったのか分かった気がした。


 ──彼女は…あの頃の私に似ている。


「何食べたいか考えておいてね」


 彼女は今、どんな顔をしているんだろう。すぐそこにいるのに、どうして見えないんだろう。


「…っ…ぜひ。楽しみにしてますね」


 まだ彼女との付き合いは浅い。そんな私でも、彼女の笑顔が引きっていることくらいはわかった。


 彼女の優しさに甘えて、彼女を苦しめてしまっている。


 だから、ここでしっかりと伝えないと。どんな理由があるのかわからないけど、彼女を私みたいな空っぽな人間で縛り付けてはいけない。解放してあげなきゃいけない。



 この選択は間違っていないはずだ。きっと…多分。

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