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無色透明に君が滲む  作者: 莉乃
彼女という色
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第四話

 午後の仕事は全く手につかなかった。体調不良を理由に早退も考えたけど、あの直後に早退はさすがに目立つし、ずる休みはあまり好きではない。


 こんな時でも荒波を立てないようにしてしまう自分に嫌気がさす。


 いつもは他人事の終業のチャイムを聞き、荷物をまとめふらふらと会社を後にする。背後から誰かの声が聞こえた気がしたけど、追いかけてくる気配も無いからまあいいだろう。


 電車を乗り継ぎ30分。最寄駅からは歩いて10分。それほど遠くは無いけど、近くもない。


 普段であれば目移りするような商店街の誘惑も今日は気にならない。どこにも寄り道せず、マンションのオートロックを開けた。


「ただいま」


 投げるようにバッグを部屋の隅に放り、着替えもせずベッドに倒れこむ。大事な会議が無い日で良かった。ここぞという日に着るジャケットにしわはつけたくない。


 このまま眠ってしまいたいけど、思考をまとめる前に明日を迎えることも避けたい。メイクだって落としていない。


 そもそも、思考なんてまとまるんだろうか。考えても多分変わらない気がする。何も変わらないまま朝が来るのだろう。


 市川 芹羽。


 去年の夏に配属された二つ年下の新人。見た目はアイドル級かそれ以上に整っており常に周りに人がいる、いわゆる人気者という存在。愛想も良く、仕事だってできるらしい。


 彼女とのこれまでの接点はメールでのやり取りくらい。あとはすれ違ったときに軽く挨拶をする程度だ。多分、それ以上はない。


 市川芹羽…いちかわせりは…どこかで昔出会っていないかと記憶を掘り返す。


 幼稚園、小学校、中学校、高校、大学…。


 下の名前は結構珍しい方だと思うから、忘れることは無いはず。


 容姿なんてなおさらだ。あんなに目立った子がいたら学年は違えど絶対に知る機会は訪れる。どの時代でも人気者で可愛い子はいたと思うけど、彼女みたいな子に覚えはない。


 そもそも、彼女を知っていたとして今の状況とどう結びつくんだ。ただ同じ学校で過ごしただけの人間にあんなことをするわけがない。


 なんで…私なんだろう。


 あの夜まではただ同じフロアで働く同僚でしかなかったはずだ。彼女になにかしてあげた記憶はないし、好かれる理由が見当たらない。


 これが紬だったら納得はできる。


 彼女は言葉遣いは少しキツイし、ツンケンしてて面倒なところもある。でも、困ってる人は絶対に見過ごさないし、時折子供みたいに笑うあのギャップはきっとモテる。なにより顔が良い。


 対して私は、どうだろう…。


 あらゆる人付き合いをかわし、日陰でひっそりと生きている私は存在感が薄い。多少愛想が良いだけで、あとは普通の社畜。


 どこに惚れる要素があるのか見当もつかない。


 顔…は、わからない。多分加点も減点もされないレベルだろう。



「あーーー!!」



 枕に顔をうずめて大声を出す。思い出すだけで顔が熱くなる自分が情けない。


 迫るにしたってもっとこう…駆け引きとか加減とかあるだろ。今の彼女のやり方は、発進と同時に最高速に達するジェットコースターみたいだ。


 絡んだ指の感触に耳元で鳴るあの音色。バニラのような甘い香り。


 もう一度絶叫。今日はもう疲れた。


 考えるだけ無駄だ。何時間唸っても理由はわからない。


 どこかでタイミングを見て、きちんと断ればいいだけだ。


 それで終わりじゃないか。何でこんなに頭を悩ませていたのか。多分、色々重なって冷静になれていなかっただけだ。


 昨晩は不意打ちだったし疲れてもいた。ランチの時は…急にれられたりして動揺してただけ。


 あなたの気持ちは嬉しいけど、お付き合いは出来ません。ごめんね。


 『なかったこと』にできそうにないなら、なるべく穏便に済ませられるように優しく告げれば良い。


 

 芹羽には悪いけど、彼女の色は、他のキャンバスの方がきっと映える。

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