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無色透明に君が滲む  作者: 莉乃
彼女という色
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第三話

 見た目の通り、料理は美味しかった…はず。


 正直、食事中も高まった鼓動は収まらず、何を食べているのかよくわからなかったし、食事中にしていた会話もほとんど覚えていない。


 彼女はずっとニコニコしていたし、美味しいとか、あーんしてあげますとか、終始ご機嫌だった。


 グラスに浮かぶ水滴を意味もなくなぞり、店内の時計を探す。まだ戻るには早い時間。だけど、戻った方が良いだろう。


 彼女の行動は予測が難しい。年相応の明るい女の子だと思ったら、突然距離を詰めて私を絡み取ろうとしてくる。彼女とずっと一緒にいると心臓がいくつあっても足りないし、そう遠くない内によくないことが起きる気がする。


「そ、そろそろ戻ろっか」


 逃げるように告げて席を立とうとする。


 立ち上がろうとして、違和感に気が付く。


 入口から一番遠いボックス席の奥側の席。隣接するテーブルは空席で人目には付かない。出口に向かうための通路は狭く、芹羽が立つだけで通れなくなってしまう。


 これ、閉じ込められてる…?


 正面には楽しそうに笑顔を浮かべる芹羽。


 今回は確信した。笑顔でありながら、私を見つめる瞳には熱が孕んでいる。


 まだ5月半ばだというのに外は暑い。でも、店内は空調が効いていて、半袖でも暑さを感じることは無いはずだ。


 なのに、じんわりと汗が浮かぶ。



「先輩」



 ねだるような、求めるような甘い声。


 別に鎖で繋がれているわけではないのだから、逃げようと思えば簡単に逃げられる。お金だけ机に置いて鞄を手に走って店を出れば良い。簡単だ。


 でも、『簡単』と『できる』は別物だと思う。



「陽絃先輩」



 今度は名前で呼ばれる。甘い声で呼ばれるのは少しこそばゆいけど、嫌いではない。


 でも、今は…。


「返事」


 声が出せない。さっきまで普通に話せていたのに。


「返事、待ってますよ」


 返事…。頭が回らない。喉が渇く。


 一言ごめんなさいと伝えれば終わり。気まずさは残るけど、顔見知りの先輩後輩に元通り。普通に考えればそうなんだけど、彼女にはそれが通用しない気がする。


「ご、ごめん。ちょっとぼーっとしてた。えっと…お、お会計だっけ…?」


 なかったことにしよう。あらゆることから逃げてきた私だけど、どうしても逃げられないときだってたまにある。そういう時は『なかったこと』にしてしまえば良い。



「もしかして、わざとですか?もう一回言ってほしいんだ」



「付き合ってください。大好きだから」



 さっきまでの明るい笑顔ではない。ぞくりとするほど大人びた笑顔を浮かべ、頬を撫でられる。


 触れられた頬が熱い。呼吸が浅くなり、声にならない声が零れ落ちる。



「ちゃんと答えてくださいね。いつまでとか急かしませんけど、逃がしもしないので」


 なかったことにはできそうにない。


 なんで彼女はこんなにも私を求めるのか、見当もつかない。ビクビクした反応を見たくて揶揄からかっているのかもしれない。


 喉に詰まった空気を無理矢理飲み込む。


「わ、わかった。今度、話そう。時間のある時に、しっかりと…」


 彼女の顔が見られない。机、隣の席、また机。視線が逃げ道を探す。


 ピコンとどこかで聞き覚えのある音がする。


『わ、わかった。今度、話そう。時間のある時に、しっかりと…』


「はい、いただきました!時間のある時に、しっかりと…です」


 小さな手に似つかわしくない大きなスマホから、情けないぼそぼそとした声が再生された。


 いつの間に…。


「毎日寝る前に先輩のよわよわな声を聞いて寝ようかなー」


 キャーと楽しそうにはしゃぐ声がぼんやりと遠くに聞こえる。


 勘弁してほしい。こんなことをする彼女のことだから、本当に毎日寝る前に再生してそうだし、なんなら仕事中もイヤホン越しに聞いていそうだ。


 窓越しに外の景色を見ると、情けなく弱った顔が反射して見えた。

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