第二話
「奥の席にどーぞ」
案内されたボックス席のシートに腰を落とし、落ち着いた雰囲気の店内を見渡す。初めて来るお店だけど、好みの雰囲気。アンティークテイストなテーブルや椅子、さりげなく流れるBGM。どこを取ってもセンスを感じる。
芹羽はガレットとホットコーヒー。私はBLTサンドとアイスティーを注文して、伏し目がちに正面を見やる。
大きな瞳と目が合い、すぐにそらす。
そらした先にあった窓を見ると、満面の笑みの芹羽が映っていた。楽しそうにずっとこちらを見ている。
死の宣告ともいえるメッセージをしぶしぶ了承しエントランスで合流した彼女は、昨晩のことなんて無かったかのようにいつも通りの笑顔で私を迎え入れた。
ランチを受け入れたのは今後の仕事のため。彼女とはチームは違えど同じフロアで働いているわけだし、何かしらやり取りをすることはある。今の会社で生きていくためには、彼女との気まずい状態を維持することは得策ではない。
別に昼の一時間くらいどうってことない。ランチに行くことくらい珍しいことではないし、そっちがそういう態度なら、こっちだって昨日のことはなかったことにしてさっさと食事を済ませてしまえば良い。
「そんな遠くないのに混んでなくて良いね。こんなところにお店があるなんて気が付かなかった」
時刻は13時を少し回ったころだが、カウンター、テーブル共に数席空いているし、この街では珍しく店内はそれほど騒がしくない。
「前からチェックはしてたんですけど、来るのは実は初めてで。気になってたお店だったんで、先輩と来れて嬉しいです」
「姉妹店が近くにいくつかあるみたいなんですけど、そこのパンケーキもめちゃくちゃ美味しそうで…。すごくないですか?これ」
ぐっとスマホを向けられて視線を預けると、何段にも重なったふわふわのパンケーキの写真が目に入る。一段5cmのパンケーキが五段…。さらには山のようにクリームが盛られ、所狭しとフルーツが散りばめられている。
甘いものは好きなほうだけど…。
「これは…やばいね。市川さんは甘いもの好きなタイプ?」
「好きですよ、結構。でも、ここまでいっぱいは無くて良いかもです」
「あー、わかる。最初は美味しいんだけど結局たくさんは食べられないんだよね」
まだクリームがもたれるような歳では無い…と思いたい。いや、まだ大丈夫だ。そういうことにしておく。
ですねーと返しながら小さく咳ばらいをすると、普段は大きく開かれた瞳を薄く閉じ、私の耳元で囁いた。
「先輩と一緒に食べにいきたいなぁー。予定、空けといてもらえますか?」
私の手を白くて細い手が包み込み、離さない。反射的に手を引こうにも机の上に縫い留めるように押さえられ、絡んだ指と指の感触に身体が小さく跳ねる。
なんとなく耳に入っていた店内BGMが、ぼやけるように、どこか遠くに行ってしまったように感じる。
気まずくなってるのは私だけ。昨晩のことは疲れが見せた夢か何かで、仲良くランチをして終了。午後からはこれまで通りの人生が待っている。そう思っていたのに。
「ちょ、ちょっと…!」
「その反応、可愛すぎです。もしかして敏感なほうですか?」
彼女はクスクスと小さく笑いながら柔らかな笑みを浮かべる。その表情とは対照的に、手の甲はまだ静かに押さえ込まれている。おさまりが良い場所を探すように、白い指は私の指の隙間を往復する。
こんなところを店員さんに見られたら、もうこの店には来られない。雰囲気も静けさも気に入っていたのに。
あの…とか、ねえ…とか、声にならない声を上げじたばたしていると、スッと手が離され自由になる。
ぼやけていた周りの音が元に戻った気がした。
お待たせしました。と、愛想の良い店員さんがアイスティーとコーヒー、遅れてBLTサンドとガレットを木目調のテーブルに置き小さくお辞儀をして離れていく。
危なかった。多分、見られてはいないだろう。
「見てください!これは美味しいやつですよ~」
伏せていた顔を上げると、普段通りの笑顔で、声で、楽しそうにパシャパシャと写真を撮る姿が目に映る。
え、さっきのは…?
私だけが置いていかれている感覚。夢…ではない…はず。きっと現実だ。
「どうしたんですか?冷めないうちに食べちゃいましょう」
「う、うん…」
「話はまた後で…です」
一瞬の沈黙。冷たい汗が背筋を撫でる。
「先輩のも一口ください!シェアしましょ〜!」
見慣れた無邪気な笑顔。やっぱり夢を見ていたんじゃないかと錯覚する。
切り分けたガレットの生地を小さく畳み口に運ぶ姿は普段通りの明るい芹羽のはずなのに、時折こちらを見やる瞳はどこか熱を孕んでいるように見えた。




