きみで色づいた世界
「これでよしっと…」
部屋を埋め尽くしていた最後の段ボールを畳み、一息つく。まだ足りないものは多いけど、普通に生活する分には問題ないだろう。
足りないものを買いに行くことなんてただの日常の一片でしかないけど、私にとっては大切な時間になる。彼女と過ごす日々に無駄な時間なんてないんだと思う。
「せんぱーい!」
大きな声が聞こえたかと思うとすぐに扉が開けられた。一応、部屋に入る時はノックをする約束だったはず…。
「これ、今度着てください!絶対可愛いです!今でもいいです!」
彼女の手元を見て嫌な予感が走る。
もこもこでクマのような丸い耳が付いたパーカー。多分私が着たら、膝まで覆ってしまうような大きいやつ。
「や、やだ…」
「えーーー。いいじゃないですかー減るもんじゃあるまいし」
こういうことをやらされる度に、メンタルとか尊厳とか。私の中でそういうものが減っていることに彼女は気がついていないらしい。
ぶーぶー騒ぎ立てる彼女を追い出そうと背中を押しても、一向に出ていく気配が無い。こうなった彼女は止められないかもしれない。
「いいですよー。どうせ、先輩はちょっと良い雰囲気になったらぶつぶつ言いながら着てくれるって知ってますから」
こいつ…。
ムカつくけど彼女の言ってることは正しいと思う。私は流されやすいし押しにも弱い。良い雰囲気の中甘い声でねだられたら、色々言い訳をするけど結局彼女に従ってしまう。
これまで何度も同じようなことで痛い目を見てきた。
「も、もう違う。これからは厳しくいくから。調子に乗んないでよ」
へえ、と目が細められにじり寄ってくる。啖呵を切ったものの、私より大きな影が迫ってくると息は止まり、身体は縮こまってしまう。
「本当に厳しくいけますか?いっつも最初はそんなんですけど、ちょっと可愛がってあげたらずーーっと甘えっぱなしですけど、自覚あります?」
「…うるさい」
「それより、片づけはもう終わった?今日中には終わらせる約束だったでしょ」
こんな話長くするものではない。咳払いをして話を変える。
「あと少しです。それよりも、先にお手紙書きませんか?」
彼女の言葉に一瞬息が詰まる。忘れていたわけではないけど、なんとなく思い出さないようにしていたこと。
彼女と暮らす最初の日に一緒に書こうと約束をした手紙。書くことなんてなにも考えていないけど、彼女はどうなんだろう。
「…あれは、片付けが終わって落ち着いてからにしよっか」
彼女から視線を外し、小さくつぶやく。これを終えれば、本当に私たちは前に進める。
「そうですか、わかりました。じゃあ、片付けてきますねー!」
もこもこを抱きしめながら弾むように部屋を出ていく背中を見送る。いつまで経っても彼女には振り回されっぱなしだ。
明日は紬と柊さんが引っ越し祝いで遊びに来てくれることになっている。どうやら二人はお付き合いをしているようで、話を聞いたときは椅子から転げ落ちそうになった。
あの紬が、人と付き合うとは…。
柊さんからアプローチをしたのか、紬からなのかはわからないけど、なんとなく柊さんな気がしている。どうせ明日会うんだし、根掘り葉掘り聞いてやろう。
たまには紬が恥ずかしがっている顔も見てみたい。
あんなに暑かった夏も気づけばもう息をひそめ、あと少しでクリスマス。それが過ぎれば今年も終わる。
今年は本当にいろんなことがあった。
正直、彼女と出会ったあの夜までの記憶はほとんどない。正確には、記憶に残るようなことが無かった。
出会ってからは…色々あった。本当に色々あったと思う。
一緒に仕事をして、助けられて。お互いの胸の内をすべて明かしてたくさん泣いて。
どれも、今となっては良い思い出だと思う。
部屋に立てかけた姿見をふと見やると、大人びた落ち着いた表情の自分が映っていた。彼女といるときもこんな風に大人を演じられたら良いのに。
しばらくバタバタしていたけど、今日からやっと芹羽との生活が始まる。
不器用で変な私たちのことだ。きっとうまくいかないこともあるだろう。
それでも、奇跡のように出会えた私たちならきっと大丈夫。私にはもう、市川芹羽という色が深く滲んでいる。
だから、これからは彼女と二人で色を選んで生きていく。無色透明を選び続ける私に戻ることはもうない。
「せんぱーい、ちょっと助けてくださいー!」
早速のお呼び出しに息をつき、彼女の部屋へ足を進める。
「これ、中身ぐちゃぐちゃになっててー…。整理するの手伝ってください」
部屋には開けられていない段ボールがいくつも置かれているけど、本当に今日中に片付けは済むのだろうか…。
大量のメイク道具でぎっしりとした段ボールの前に腰を落とし、私を見上げる視線と目が合う。彼女の耳には月を象ったイヤリングが私を誘うように揺れている。
引き寄せられるように彼女の前に腰を落とし、頬に手を添え唇を重ねる。大好きで、ずっと離れたくない感触。
「芹羽、大好き」
きっと私は今、いじらしく、それでいて幸せな表情をしていると思う。
私を見つけてくれた運命の人。ずっと大好きな人。
私たちはこれから先も二人でたくさんの夢を乗り継いで行くんだろう。
私たちならきっと、大丈夫。




