第五話
プラネタリウムの概念が変わった。そう思えるような内容だった。
視界一面に広がる星空。世界観に浸れる幻想的な音楽。芹羽と繋いだ手。…は関係ないけど。どれをとっても感動的だった。
「すごかったですねー!ちょっと難しくてわからないところもありましたけど、雰囲気だけでも充分楽しめました」
「だね。ずっと見てたかったー」
上映は一時間足らずで終わってしまい、名残惜しい気持ちを抱えたままプラネタリウムを後にする。
「他にも色々プログラムがあるらしいし、また来ようよ」
私たちが見たのは、夏の大三角形の元となる星座たちを紹介するプログラム。他にも音楽と星空にフォーカスしたものがあったり、アニメとのコラボもあったりと、充実したプログラムが用意されているそうだった。
「もちろんです!先輩の楽しそうな顔が見れてよかったー」
繋がれた手に込められた力が緩まったあたり、ずいぶんと安堵しているようだ。表情だけではわからない彼女の感情も、手を通して知ることができて嬉しい。
「なんか、子供に戻った気分だったよ。初めてお母さんに映画館に連れて行ってもらったときとか、こんな気持ちだったんだろうなーって思った」
「先輩、上映中ずーっとお顔がゆるゆるで本当に楽しいんだろうなーって思ってました。大人びた先輩も好きですけど、素直な先輩も可愛くて好きです」
何気ない彼女の言葉に胸が騒がしくなる。私はずっと天井に浮かぶ星空を見ていたはずなのに、彼女はそんな私を見ていたらしい。
「楽しい楽しいデートももう終盤です…。次の目的地は少し離れてるので電車で移動しますね」
終わりたくない。と泣き真似をする芹羽をなだめながら、駅までの道のりをゆっくりと歩く。行きは自由だった手も、今は彼女と繋がっていてとても安心する。
日も少しずつ沈んできて暑さもマシになってきた。
もうすぐ私たちの関係は大きく変わるだろう。夕日が沈む前なのか、沈み切ってからなのかはわからない。
繋いだ手が離れないよう、ぎゅっと握りなおした。
◇
電車で二十分ほどの移動を挟み、やってきたのは大きな球場がそびえる駅。
「ディナーまでまだ時間はあるので、お茶していきませんか?」
「わかった。さすがにちょっと疲れたね」
ティータイムは過ぎた時間ではあるけど、土曜日ということもあってか駅前のカフェはどこも満席で、しばらく空く様子が無かった。仕方がないのでテイクアウトをして、外で座れる場所を探すことにする。
大きな球場のふもとには小規模の遊園地があり、それなりに人は多い。二人でカップを片手に座れる場所を探し、ようやく見つけたのは古びたメリーゴーランドが見える二人掛けのベンチだった。
「やっと見つけましたねー。すみません、こんなに混んでるとは思いませんでした」
頭を下げようとする彼女を制しベンチに腰掛ける。座ったらどっと疲れが押し寄せてきた。
「しょうがないって。でも、座れる場所が見つかって良かったよ」
手元のカップを傾けて一口、口に含む。迷ったけど今日はコーヒーにした。いつもとは違う気分になりたかったのかもしれない。
「疲れましたー。先輩、大丈夫ですか?」
「疲れはしたけど大丈夫。歩きやすい靴で来たから」
足元のサンダルを指しながら笑いかける。本当はもっとヒールの高い靴にしたかったけど、たくさん歩くことを考えて歩きやすいものを選んで正解だった。
「先輩が察してくれたから良かったですけど、事前にたくさん歩くことは言っとかなきゃダメでしたね…。すみません、反省です」
「そんなこと気にしなくていいって」
ランチもプラネタリウムもディナーも予約して、タイムスケジュールだってここまで完璧。こんなに一生懸命な彼女でも、まだ納得できないところがあるらしい。
「私にはそんな気遣わなくていいから」
空に伝えるように、夕焼け空を眺めながら言葉を紡ぐ。
「今日一日ずっと楽しかった。まだ終わってないけど、今日が終わってほしくないって思ってる」
「色々考えてくれてありがと」
横目で彼女を見ると、ふわりとはにかむような笑顔が目に映った。夕日も相まっていつも以上に絵になる。
「ごめんなさい。ちょっと泣きそうです」
大きな瞳には今にもこぼれそうな雫。彼女の瞳に映った私も同じ表情をしているように見えた。
「いいじゃん、泣けば。芹羽は泣いてても可愛いから。悔しいけど」
コーヒーの苦みが脳まで染み渡る。慣れない味に顔が歪みそうになるけど、今日はこれくらいの方がいい。
待ち合わせ場所で会ってからずっと笑顔だったのに、ここに来てからの芹羽はベールのような憂いを纏っている気がする。何かを覚悟しているような、そんな気持ちが伝わる。
「時間が過ぎるものあっという間ですね。もっと一日が長ければ良いのに」
いつもは私を見つめる瞳は、手元のカップと遠くの景色の狭間で揺れている。
「同じこと思ってた」
青一色で塗りつぶされていた空は、今はオレンジ模様。騒がしかった子供たちは徐々に家路につき、遠くに見えるメリーゴーランドも心なしか寂しそうに見える。
無言の時間を埋めるように、メリーゴーランドの駆動音が響く。
「今日はさ、本当に楽しみにしてたんだ。多分、芹羽が想像してるよりもずっと」
「嬉しいこといってくれますね」
恥ずかしそうに笑う彼女を横目に続ける。
「何を着ていくかいっぱい悩んだし、メイクだっていつもよりずっと時間をかけた」
「どんなところに連れていってくれて、どんな芹羽が見られるんだろうって考えてたら全然眠れなくて。落ち着かないからデート前に話したいって思ってたのに全然相手してくれないしさー」
口を尖らしながら溜めてた文句を言ってやる。
「あれは焦らしプレイってやつです。私だって先輩とお話したかったけど、我慢してました」
「焦らしプレイはもうだめ。ずっと寂しかったし」
ベンチに置かれていた芹羽の手をそっと握る。珍しくびくりと跳ねる姿を見て笑いそうになる。
「私は芹羽が思っている以上にずっと面倒臭い女だよ」
いつ言い出そうかずっと考えていたけど、多分今なんだろう。どんなことを言うかも決めていたけど、全部頭から飛んでいってしまった。
それでも、ずっと伝えたかったことを。伝えなきゃいけないことのために言葉を紡ぐ。
「ただ振られただけのことをずーっと引きずって殻にこもってたし、仕事だってやりすぎちゃうし。それに、可哀そうで捨てられないから家の中ぬいぐるみだらけになっちゃうし」
「芹羽みたいにスタイルは良くないし、可愛くだってないし」
彼女の顔を見たら言葉が出なくなる気がして、回り続けるメリーゴーランドを眺める。動いては止まって、動いては止まって。たくさんの人を乗せ回り続ける。
「それでも」
「こんな私を好きでいてくれる?」
今、私はどんな顔をしている?どんな声色で彼女に言葉を届けている?
握った手に力がこもる。暖かさと力強さから、彼女の命を感じる。
「…当たり前じゃないですか。好きじゃなきゃ…こんなに涙なんて出ません。こんなに、幸せに笑えません」
笑っているのに泣いている。前にも彼女のこんな顔を見た気がする。
「そっか」
手元のカップがカタカタと揺れている。一度落ち着こうと深呼吸をしても、ずっと。
大丈夫。私たちなら。きっと。
「芹羽」
「私と、武見陽絃と付き合ってください」
「本気のやつだから」
収まりかけた涙がまた大粒になって溢れ出したこの瞬間を、私は一生忘れることはないだろう。




