第三話
彼女に連れられて大きな商業施設の59階を目指す。こんな高層階でランチなんて、初めてかもしれない。
駅から少し離れた場所ではあるけど、道中もエレベーターの中でも話は尽きず、遠さなんて微塵も感じなかった。
「ここです!もう入っちゃって良いですか?」
南国の高級ホテルのような、上品だけどどこか明るさを感じるレストランに案内される。ずいぶんおしゃれなお店を用意してくれたらしい。
「うん、大丈夫。いこっか」
品のある店員さんに案内され、窓際の丸テーブルに通された。高層階なだけあって眺めも良い。快晴の青空が眩しい。
丁寧なお辞儀をして席を離れる店員さんを見送り、芹羽に向き合う。
「すごい良いお店だね。綺麗だし、こういうとこ初めて来た」
「そう言ってもらえて良かったです。ハワイ系の料理がメインみたいなんですけど、種類はたくさんあるので食べたいものを食べましょう!」
彼女の言葉に頷きながらメニューを開くと、知らない世界に来たかのような華やかな写真が目に飛び込む。ロコモコ…ハンバーガー…ガーリックシュリンプ…。
どれも美味しそうで目移りしてしまう。事前に苦手な食べ物について聞かれていたとはいえ、こんなに素敵なお店に連れてきてもらえるとは思わなかった。
パシャリと聞き覚えのある音がして顔を上げる。
「いただいちゃいました。一生懸命メニューを見てる先輩が可愛すぎて、つい」
何度目かわからない意図せぬ写真撮影。私は自分が思っている以上にぼーっとしがちなのかもしれない。
「撮るなら言ってよ」
苦笑しながら彼女にメニューを手渡す。
「どれも美味しそうで迷っちゃうね。でも、決まった。絶対美味しいやつ」
「えー、どれですか?別々の頼んでシェアしても良いかもですね」
一緒にメニューを眺めながらこれも良さそう。こっちも珍しくて気になると言い合う。
二人でこんな風に過ごす姿は、周りからはどう見えているんだろう。
先輩と後輩。仲の良い友達。姉妹。
それとも…。
料理だけではなくドリンクまで見慣れないものであふれていて、ずいぶん長い時間悩んでしまった。店員さんを呼び、それからもしばらく談笑を続けていた。
◇
運ばれてきた料理に目の輝きが抑えられない。
私がロコモコとグァバジュース。芹羽はポークソテーとマンゴージュース。
おしゃれなお店は料理の見た目にも隙が無い。お皿も凝っていて、見ているだけでも楽しくなるような盛り付けがされている。
「美味しそう…。芹羽のセンスには参りました」
「ありがたきお言葉です!他にも候補はいくつかあって、頭の中で先輩といろんなお店に行ったんですけど、ここが一番喜んでくれそうな気がしたんです」
「そっか…。ありがとう」
いろんなお店を考えた…か。いつどこで考えたんだろう。
仕事中なのか、移動中なのか。お風呂に入ってる時なのか、寝る前のベッドの中なのか。
彼女がいつ、私を想って計画を立てていたのか知りたい。重い…。知らぬ間に、重い女になってしまったらしい。
「先輩。ちょっとこっちに寄ってください。あ、お皿も少しこっちに向けて」
一瞬考えに耽っていると、肩を叩かれスマホを向けられる。
「先輩との初デート記念です。もうちょっと顔寄せてください」
二人で顔を寄せて、料理と外の景色と一緒に写真を撮る。そういえば、一緒に写真を撮ったのは初めてだった。
「うーん、めちゃめちゃ良いです。いつも可愛いですけど、今日の先輩はちょっとやばいです」
どうせお世辞。そう思っているのに、褒められるたびに胸がうるさくなる。それなりに頑張って準備をしてよかったと心の底から思った。
「芹羽にはかなわないって」
彼女の大きなスマホには、表情もポーズも自然で完璧な芹羽の姿。その隣には、ぎこちないピースをしているけど、自然に笑えている私が映っていた。
◇
「美味しかったですね。こんな雰囲気なのにランチは結構お手頃ですし、また来たいかもです」
「そうだね。次はリゾットとか、ステーキとかも気になるかも。また来ようね」
一番気になってるのはガーリックシュリンプ。だけど、デートだと言われると手が出しづらい。
「はい!先輩とはいろんなお店に行かなきゃなので、行きたい場所が渋滞しちゃいます」
楽しそうに眉を顰める器用な彼女を見て、頬が緩む。彼女はどこまで私を連れて行ってくれるんだろう。
「さて」と一息ついてスマホを手に彼女が話題を変える。
「この後行きたい場所があるんですけどまだ時間があるので、ちょっと近くをぶらぶらしませんか?」
「今日は芹羽に任せるよ。楽しみにしてる」
「はい!じゃあ、そろそろ行きましょ~」
会計を済ませエレベーターに乗り込む。エレベーターから降りる瞬間に手のひらに暖かな感触が伝わった。
「先輩、今日はデートですから。離れないでくださいね」
「…うん」
彼女が眩しくて、目を逸らしてしまう。建物の中は冷房が効いているはずなのに、体温が上がった気がした。




