第二話
何十回目の身だしなみチェックをして、力強く頷く。鏡の向こうにいる私は、表情は強張り、手も不自然に強く握られているけど、きっと大丈夫。
家を出る四時間前に目を覚まし、お気に入りの紅茶でリラックスをして、勝負服に決めたワンピースに袖を通す。ゆっくりと丁寧にメイクをして、久しぶりに髪にアイロンを通し、残った時間で待ち合わせ場所までの時間を調べなおす。
一連の出来事を思い返せば完璧に思えるけど、実際は口にした紅茶の味なんてわからなかったし、お湯をこぼして朝からバタバタしていた。メイクや髪のセットこそいつも以上に丁寧に済ませたけど、本当にこれで大丈夫かと何度も鏡と向き合った。
芹羽と会うことなんて珍しいことではないし、今さら緊張する仲でも無いはず。それなのに、彼女に誘われてからずっとそわそわして落ち着かない。
それもこれも、この一週間まともに話をしてくれなかった彼女が悪い。ランチに行ったり、立ち話でもしていればこんなことで頭を悩ませていなかったはずだ。
待ち合わせ場所で『一番可愛い私』を見て驚いている彼女に、いの一番に文句を言ってやろうと思う。
一番可愛い…はず。大丈夫だよね。
◇
待ち合わせ時間は十一時。五分前に着く予定だったのに、十五分前には着いてしまった。何度か乗り換えで降りたことはあるけど、ちゃんと出歩くのは初めての街。休日のターミナル駅なだけあって人は多く、人ごみに埋もれてしまいそうな感覚に陥る。
何度も読み返した彼女からのメッセージを開き、集合場所が間違っていないか確認する。
「お待たせしました。先輩」
ずっと聞きたかった、耳心地の良い音色に反応して顔を上げる。
暑い中待たせられたこととか、一週間まともに喋ってくれなかったこととか。どの文句から言ってやろうか。
声のした方に顔を向けると、芹羽の姿に目が奪われた。
可愛いのか、綺麗なのか。
薄手のサマーニットにロングスカートを合わせただけのシンプルな装いなのに、視線が外せない。人ごみの中にいるはずなのに、周りの人がみんな見えなくなってしまったように感じる。
「先輩、どーしました?」
もう一度声をかけられてようやく意識が戻ってきた。このふわついた感覚は暑さのせいだろうか。
「お、おはよう。可愛くて、びっくりしちゃった」
上ずる声。ニヤついた顔を見られないように視線を逸らしたけど、バレているに違いない。
彼女はキラキラした目をもっと輝かせたかと思うと、グッと身体を引き寄せられる。
「せんぱーい!先輩の方がずーっと可愛いです!一番可愛いです!間違いなく!」
「それは良かった…。芹羽のほうが可愛いと思うけどね」
色々考えていた彼女への不満も、全部どうでもよくなってしまった。ちょろい自分が情けない。
彼女の腕の中は心地良いし離れたくないけど。夏本番が近づいてる今はさすがに暑さが勝った気がした。
◇
「まずは少し早めのランチにします。良いお店を予約してるので、楽しみにしててくださいね」
人ごみの中を肩を並べて歩く。今日一日のプランはすべて彼女が決めてくれているので、私はただ付いていくだけ。少しくらい手伝わせてくれたって良いのに。
「この前の打ち上げもそうだけどさ、何から何までありがとう。次は私に任せてくれると嬉しいかな」
良いデートプランなんてわからないけど、彼女のために考える時間を作るのも悪くないと思う。
「次…ですか。先輩、良いこと言いましたね!」
あー…。
「そう、次。大人のデートプラン、楽しみにしててね」
変に思われないようにあえて軽く言う。気持ちが先走りすぎた。
「ハードル上げますね~。楽しみにしてます!」
「大人のデートは先輩におまかせするので、今日はベッタベタな定番コースにする予定です」
「楽しみにしててくれましたか?」
隣を歩く彼女が私を覗き込む。いつもよりふわふわした髪が揺れていて可愛い。
「…うん。すっごく楽しみにしてたから、つまんなかったら怒るね」
顔を合わせて笑いながら横断歩道を渡っていく。
どんなことがあっても、笑顔の芹羽といるだけで楽しい一日になると思う。自然と足取りが弾む気がした。




