第一話
「…あのさ、ちょっと聞きたいんだけど」
「なに?早く言いなさいよ。もじもじしててきもいんだけど」
「一番可愛い私って、どんなだと思う?」
「は?頭おかしくなったの?きもいんだけど」
スマホ越しからいつも以上に辛辣な声が飛んでくる。私だってこんなこと、聞きたくて聞いてるわけじゃない。
デートに誘われてから何度か芹羽とメッセージを送り合い、一週間後の土曜日に出かけることになった。彼女からの宿題である『一番可愛い私』について考えていたけど、一向に答えが見つかる気がしない。
それで限界を迎えた今、深夜にも関わらず紬に泣きついてしまっている。
「いや…気持ちはわかるんだけど…その…一番可愛い私を探してて…」
自分でも何を言っているかはわからない。今すぐ通話を切ってベッドに逃げ込みたいけど、ここで引き下がるわけにはいかない。
「マジできもいわよ、あんた」
「うっ…」
折れそうになる心を必死に保ちながら、細々と言葉を紡ぐ。
「…そんなこと言わないでよ。紬しか頼れる人がいなくて…」
ぬいぐるみを抱く腕に力を込めながら、必死に紬に食らいつく。丸々としたペンギンが平たく歪んでしまっている。
わざとらしく大きなため息をつき、彼女は再び口を開く。
「どうせ、前話してたやつとうまくいったんでしょ。あんたが惚気てくるとは思わなかった」
「…惚気とかじゃない」
口を尖らせながら返す。惚気話とか恋愛相談とか。そんなこと、これまでしたことがないからよくわからない。
「声。録音して送りつけてあげようか?むかつくくらい可愛いわよ。恋する女の子って感じ」
紬にしては珍しく、からかうように笑う声が耳に届く。
「いらないから。もういいよ、紬に聞いたのが悪かった」
「夜中にごめんね。おやすみ」
紬はいつも優しいけど、今日の彼女は頼りになりそうにない。変な相談をしてしまったことは今度謝ることにして、明日また考え直したほうがいいだろう。
ぶっきらぼうに言い切ると、スマホの向こうから慌てた声が聞こえてきた。
「あー、待って待って。からかいすぎた」
「拗ねてるあんたとか初めてだったから面白くて。悪かったわね」
歯切れの悪い声で私を止めると、仕切り直すように小さく咳払いをして彼女は話し出す。
「一番可愛いとかはわかんない。私だってそういうの詳しくないから」
彼女にしては珍しく、自信なさげに言葉を選びながら話しているように聞こえる。
「でも、そのまんまでいいんじゃない。少なくとも、今のあんたはこれまでとは違うと思うから」
「そう…かな」
視線を落としながら、小さくつぶやく。
「…嫌われたりしないかな」
つくづく自分は面倒な人間だと思う。どう考えたって芹羽がそんなことで私を嫌いになることなんてないのに。
「はあ…。そのメンヘラみたいな考え方、さっさとやめたほうがいいわよ」
呆れるような彼女の声を聞きながらベッドに寝転ぶ。全部投げ出して寝てしまいたいけど、そうしたら芹羽に嫌われてしまうかもしれない。
「あんたみたいな面倒な女を好きになるやつなんだから、どんなあんたでもいいの。無理して変わる必要なんてないから」
さっきとは少し違う、角の取れた声で彼女は告げる。やっぱり紬は優しくて、いつも私を助けてくれる。
芹羽はあの頃と変わってしまった私でも受け入れてくれた。どうにかしてなにかを変えなければと思っていたけど、その発想自体が間違っていたのかもしれない。
今、芹羽のことで頭を埋め尽くされている私のままでいい。これが芹羽にとって『一番可愛い私』だと思ってもらえると信じるしかないだろう。
「見た目の話だったら、着る服でも変えたら?あんた、いつも同じような感じだし、そのうち飽きられるかもね」
「やっぱりそう思う…?」
紬は辛辣ではあるけど、結局答えを用意してくれた。本当にバラみたいな子だと思う。
それからしばらくの間、デートに着ていく服や髪型のアレンジとか、聞けることはすべて紬に教えてもらった。もうすぐ朝になってしまうし、悪いことをしたと思う。
「ありがとう。すごく参考になった」
「そ。終わったら全部話しなさい。私だって話したいことあるし」
彼女はぼそぼそと語尾を落としながら話す。
紬から話…。彼女から相談を持ち掛けられるとは思えないけど、これまでたくさん助けてもらった分、できる限り返してあげたいと思った。
「姉も待ってるって言ってたわよ。あんた用にいくつかまたカクテルを見繕ったとか色々うるさいから」
「ありがとう、ちゃんと話すから。お互いいっぱい話そう。お姉さんのお店で」
通話を切り、形が歪んでしまったぬいぐるみを整えながら、ぼんやりと天井を眺める。
「無理して変わる必要はない…か」
芹羽と出会って、私はずいぶんと変わることができた。歪んだ考え方も、底に闇を潜ませていたような雰囲気も。
でも、全てを変える必要は無いのかもしれない。これは紬と話していた気づかされた。
デートまであと一週間。美容院に行く時間はない。せめて、自分ができる一番のおしゃれはしたいと思う。急いでクローゼットをひっくり返す必要がありそうだ。
芹羽はどんな姿で来てくれるんだろう。
いつもおしゃれだから普段通りでも絶対に浮かないし、年相応のラフな格好も見てみたい。
彼女とはそれなりに深い会話をしてよく知った気でいたけど、私服とか、好きな食べ物とか、趣味とか。彼女の浅い部分のことを全く知らないことに気が付いた。芹羽だって同じ気持ちなんだろうけど。
もう答えは用意できている。あとはうまく彼女に伝えられるか。うまく言葉を紡げるか。それだけ。
早く芹羽に会いたい。明日会社に行けば会えるのに。
わがままを言うと、私のためだけにおしゃれをして、私だけに笑いかけてくれる芹羽に会いたい。
いつからこんな風になってしまったんだろう。散々振り回されているうちに、彼女がいないとだめになってしまったらしい。
◇
「…悪くない。可愛いし子供にも見えない…。芹羽の隣にいても浮かない、はず」
クローゼットの中身をひっくり返し、鏡と向き合ってから三時間ほどが経つ。ベッドの上にはたくさんの服が散らかっている。
日曜日にさっさと服を決めて、残りの平日はいつも通り仕事をこなす。そう決めていたのに、頭を悩ませていたら知らぬ間にずいぶん時間が経っていた。
デート本番は土曜日。今は水曜日の深夜。ここで決めないともう時間が無い。
改めて鏡に映る自分に目を向ける。
悪くないはずだ。会社では着ない服だから芹羽には初めて見せるし、よく目立つ彼女の隣にいても浮かないと思う。
紺色のワンピースに小さなかごバッグ。ワンピースは肩の部分が開いているのが可愛くて買ったのに、恥ずかしくてほとんど着ていないやつ。けど、デートだったら良い…と思う。
気合を入れすぎているように見えて、そこをからかわれたら恥ずかしいし、ちょうど良い具合だと思う。
あとは髪を少しだけ巻けば、特別っぽく見えると思う。
一番可愛いかはわからないけど…これ以上はもう無理だ。
「終わり!私は可愛い!大丈夫!!」
大きな声を上げ羞恥心を吹き飛ばす。
デートまで残り二日。芹羽から当日の案内はまだ届いていない。どこに行くのか聞いてみたけど、まだ内緒だとか。
ランチのタイミングで聞けば教えてくれると思ったけど、どうやら今週は忙しいらしい。オフィスですれ違っても会釈程度で世間話もさせてくれない。
デートまでお預け…ってことなのかな。
もう寝ないといけない。それなのに、変に身体が火照ってしばらく眠れそうにない。
ずっと落ち着きがない自分に大きくため息をつく。それなのに鏡に映る私は、どうしようもなく楽しそうな顔をしていた。




