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無色透明に君が滲む  作者: 莉乃
歩くような速さで
33/43

第九話

「幼馴染がいたんだ」


「小学校から高校までずっと一緒で、ずっと隣にいた」


 ひどく喉が渇くし、身体も小さく震えている。震えがバレないように膝を抱きかかえて続ける。


「その子とは本当に仲良しで、多分死ぬまで一緒にいるって思ってた」


「いつからかは覚えてないけど、気が付いたらその子のことが好きになってたみたいで」


 芹羽だってこんな話を聞きたくないだろう。でも、話したかった。


「それで、高校のころに両想いだと思ったから告白した」


 彼女は寂しそうな目で私をじっと見ている。もう少しだけ我慢してほしい。


「結果はなんと即OK。仲良しな幼馴染は、ラブラブなカップルになりました」


 一度息をつきペットボトルを手に取る。指が言うことを聞かず、キャップが開けられない。何度力を入れても、固く閉じられたキャップはびくりともしない。


「先輩…。もういいですよ。やめておきましょう」


「また話したくなった時に話してくれれば…」


 芹羽のこんな声は聞きたくない。そんな顔はさせたくない。


「…ごめんね。ごめん。でも、今しかないと思うから」


 彼女は急に立ち上がったかと思うと、マグカップを手に戻ってきた。私の代わりに水を入れ、そっと手渡してくれる。


「…ありがとう」


 大丈夫。私はもう、一人じゃない。


「続き、話すね」


 小さく深呼吸をして、再び口を開く。


「夢が叶った陽絃ちゃんは舞い上がって舞い上がって。毎日が楽しくて仕方なくなりました。つまらない学校も、彼女のためならと一生懸命に頑張れたのです」


「でも、そんな夢のような日々は長くは続きませんでした」


『他に好きな人ができちゃった』


『陽絃のことは好きだけど、やっぱり私たちは幼馴染だったみたい。陽絃もちゃんと好きな人見つけた方が良いよ』


「この言葉を最後に、二人は離れ離れになりました。おしまい」


 声は出ていただろうか。途中から、自分がうまく言葉を発せているかもわからなかった。


「たったこれだけ。これだけなんだけど、この日以来、私は前を向けなくなった」


 自然と涙は出ない。少し前だったら、あの日を思い出しただけでもっと感情が剥き出しになっていたはず。


「あれから何かがごっそり抜けた気がして、空っぽのまま生きてた」


「友達には『生きる』ってことをしてないゾンビ女とか言われたっけ」


 自嘲気味に笑う。


「こんなことがあったから、私はいろんなことから逃げてたんだ。この先はこの前話したことと同じ」


「話、聞いてくれてありがとう。急にわけわかんなかったよね。ごめん」


「でも、すごいスッキリした」


 紬にも話していない、弱い私の話。話すつもりなんて無かったし、話したくも無かった。でも、今は話して良かったと思っている。


「先輩は、今もまだ苦しいですか?」


 声を落としながら、彼女は私に問いかける。聞きたくないけど、聞かなきゃいけない。揺れる視線が私を捉えていた。


「全然大丈夫!とは言えない」


 自分でも驚くようにスッキリとした声が出る。一度紡ぎだした言葉は、もう止まらない。


「でも、今はしっかりと前を向けてると思う。何でだと思う?」


 彼女の顔を覗き込みながら聞いてみる。私から距離を詰めることなんてほとんど無いから、彼女は顔を赤らめ視線を泳がせた。


「わ、私がいるから…とか…」



「正解」



 桜色の唇。触れたらどんな感触なんだと思っていたけど、思っていた以上に柔らかくて、暖かい。


 初めてを取っておいて良かったと思う。彼女とは、色々な初めてに挑戦していきたかったから。


「顔、真っ赤だね。ちなみに初めてだから」


 照れ隠しに笑いながらマグカップを手に取る。震える手ではうまく口元に運べず、こぼれた水が首筋を伝って肌を濡らした。


「せ、先輩…ひいと…せんぱい…」


 瞳は大きく見開かれ、口元は言葉を探して震えている。いつも私をからかってくる彼女に、少しは仕返しができたらしい。


「嬉しいです…。先輩と一緒にいられて、笑顔の先輩が見れて…。本当に嬉しいです」


 笑った拍子に涙が溢れた。彼女はそれをごまかすみたいに、もう一度笑う。


「大好きです」


 彼女には笑っていてほしい。笑顔が一番可愛いから。


「…知ってる」


 もう夜が明けてきた。レースのカーテン越しに眺める空は、赤みがかっている。


「先輩」


「もう一回してください」


「だめ」


「今のは芹羽へのお礼と…ご褒美だから。黙って話を聞いてくれたお礼と、色々助けてくれたことへのご褒美」


「私がちゃんと整理して、ハッキリさせたら…何回でもさせてあげる」


 大きく揺れた彼女の瞳を、私は一生忘れることはないだろう。カメラにでも収めておけばよかった。


「約束です!」


 もう寝ないと。ずいぶん喋りすぎてしまった。


 自分の色なんて見えないけど。少なくとも、私はもう『無色透明』なんかではなくなったんだろう。彼女がそうしたように、私もずいぶん変わってしまったらしい。

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