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無色透明に君が滲む  作者: 莉乃
歩くような速さで
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第六話

「先輩の髪、柔らかくてサラサラで羨ましいです」


「芹羽の髪だってサラサラでしょ。色も綺麗だし憧れる」


 いやらしさの無い、優しい手つきで髪を乾かしてもらう。髪を乾かしてもらうことなんて美容院では当たり前のことなのに、いつもとどこか違う気がする。


「遠目にみたらわかんないかもですけど、ブリーチしてるせいでギシギシですよー。先輩と同じ色にしよっかなー。チョコみたいで可愛いですし」


 そうは見えないけど、こだわりの強そうな彼女からしたら満足のいく状態ではないのかもしれない。


「芹羽は今の色が一番似合ってると思うよ。黒髪とかもちょっと見てみたいけど」


「…黒髪ですか」


 声が落ちた気がする。黒髪はお気に召さなかったらしい。


「でも、芹羽ならどんな色でも髪型でも似合うんだろうなーって思う。今度違う髪型にしてみてよ」


 未来の話をしている自分に驚きを感じる。成長というべきか、違和感というべきか。


「もちろんいいですよ。代わりに、先輩も違う髪型にしてきてください」


「個人的にはいつもの先輩がベストですけど、もっと違う先輩も見てみたいです」


 ふっと力の抜けた笑顔が鏡越しに見える。


 気まぐれで髪型を変えたことはあるけど、どんな髪型にしても幼さは抜けないし、これといって似合うと思えるものも無かった。だけど、気分転換にはなるかもしれない。


「いいよ。リクエストはなにかある?」


「えー。いっぱいありすぎて難しいですね」


 うんうん唸りながらも優しく髪をく手は止めないところに、彼女らしさを感じる。


「ふわふわに巻いた大人っぽい先輩も見てみたいですし、低めのツインテールにして合法ロリな先輩も楽しんでみたいし…」


 そこまで幼くはない。紬だって私と対して変わらないし。


「ほどほどにね。芹羽にしてほしい髪型も考えておくから」


 普段はどんなケアをしているだとか、帽子も良いんじゃないかとか、他愛もない話が心地良い。気が付いたらドライヤーの音が止んでいた。


「はい、お疲れ様でした。さらさらストレートの先輩、かなり良いかもです」


 確かに、いつもより指通りが良い気がする。シャンプーなのか、トリートメントなのか、ブラシなのか。一体何が違うんだろう。


「ありがとう、疲れたよね。飲み物持ってくるよ」


 冷蔵庫から二人分の水を取り、机のそばに腰を落とす。


「ありがとうございます。先輩、まだ眠くないですか?」


「うん。シャワー浴びたし、目覚めちゃったかも。眠い?」


「いえ、私も全くです。ちょっとおしゃべりしませんか?」


    ◇


 夜が更ける頃合いだからか、外は静かだ。二人だけのこの部屋も、どちらかが口を開かないと静寂に包まれる。


「先輩」

 

「中学生の頃のことって覚えてますか?」


 思ってもいなかった話題に少し驚いた。


「中学か…。大体は覚えてると思うけど、細かいことは忘れてそう」


 普段私だけを捉えているような彼女の目が、今は机に置かれたペットボトルに縫い付けられている。



「漫画を描いていた女の子のことを…覚えていますか?」



 漫画…。薄れかけた記憶の底を漁る。


 大雪が降っていた日。おぼろげだけど、出会った記憶がある。


「…覚えてる」


「その子は…どんな子だったか、覚えてますか?」


 質問は続くらしい。絡まった糸を解くように、一つ一つ記憶をたどる。


「うーん…髪が長くて、眼鏡をかけてたような。おとなしい子…みたいな」


「その子は今…どうしてると、思いますか?」


 彼女の声が震えている気がする。横目に表情を覗き見ても、ずっと一点を見つめていて、私のことなんて見ていない。


 意図がつかめない。どうって言われても、多分それほど話はしていないと思う。正直、はっきりとは覚えていない。


「どうなんだろう。わかんないけど、元気でいてほしいとは思う」


「…そうですか」


 話は終わったのか、小さく膝を抱えたまま口を紡いでいる。明らかに様子がおかしい。


「えっと…。その子がどうしたの?っていうか、何で私の中学の話…を…」


 おかしいに決まっている。どうしてすぐに違和感に気が付かなかったのだろう。私の中学の話を彼女が知っているはずがない。彼女とは、今の会社で初めて出会ったはず。


 膝に頬を乗せ、優しくこちらを見つめる視線と目が合った。


 微笑を浮かべたまま、じっとこちらを見つめている。彼女は今、何を思っているんだろう。


「でも…あの子は…」


「あの子は…なんですか?」


 思い出せ。会話はしてるはずだから、名前を聞いていないなんてことはない。でも、『芹羽』なんて名前は珍しいと思うし、一度聞いて忘れることなんて無いはずだ。それに、彼女のような容姿を忘れるわけ──。



「市川…さん」



 言葉がこぼれ落ちた。消え入るような小さな声。もやがかかっていた景色が、急に鮮明になる。


「先輩」


「お久しぶりです。ずっと会いたかった。ずっと、ずーっと」


 キラキラした大きな瞳から、一滴の涙がこぼれ落ちる。



 私は『市川芹羽』を知っていた。どうして彼女が私に固執するのか、やっとわかった気がした。

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