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無色透明に君が滲む  作者: 莉乃
歩くような速さで
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第五話

 コンビニで下着や歯ブラシ、飲み物などを買い揃え芹羽の家にお邪魔する。


「少しだけ待っててください」


 玄関まで来たところで告げられ、小さく頷く。


 部屋の片づけ…だろう、多分。不本意だけど急に泊めてもらうことになって悪いことをしたと思う。


「わかった。急がなくていいよ」


 扉を閉めたかと思うと、十秒も待たずに再び扉が開けられた。



「先輩、おかえりなさい」



 満面の笑みで、幸せそうな顔をした芹羽が出迎えてくれる。


 『おかえり』なんてずいぶん久しぶりに言われた気がする。もしかして、これを言いたくて先に部屋に入ったのだろうか。



「…ただいま」


 どこか照れくさくなって目を逸らしながら小さく答える。


 さっきは散々な目に遭わされたけど、こういう無邪気なところを見せられるとすべて許せてしまう。つくづく自分は甘く流されやすい人間だと思う。


    ◇


 絶対にしたいことがあります!と高らかに宣言し、先にシャワーを浴びている彼女を見送り、ぼんやりとした時間を過ごす。


 この前来た時と変わらず、綺麗に整頓された部屋。当然ゴミなんてないし、出しっぱなしのものもほとんどない。


 快活でありながら几帳面さも備えていたりと、たくさんのギャップを持つ彼女に感心する。私も部屋は綺麗な方だけど、急に人を招けるかと言われると…どうだろう。


「お待たせしましたー」


 寝間着に着替えた芹羽がほかほかした湯気をまとって戻ってきた。


 彼女の顔を見て、表情が凍り付く。


「どうしました?また気持ち悪くなってきました?」


 そうではない。いや、ある意味気持ち悪くなっているのかもしれない。


「せ…芹羽。それ…すっぴん?」


 彼女を指す指がわなわな震える。


「シャワー浴びたんですから当たり前じゃないですか。先輩には完璧なところしか見せたくないのが本音ですけど、この先どうせお見せすることになりますからね。覚悟のすっぴんです」


 自信ありげに胸を張る。寝間着が薄手のせいか、いつもより主張が激しい。


「噓でしょ…」


 絶句。


 この言葉は、こういう時に使うのが正解なんだろう。


 どうせすっぴんでも美人は美人なんだと思っていたけど、想像以上だった。


「あれれー。先輩、惚れちゃいました?お返事、いつでも待ってますよ~」


 悔しさなのか、恥ずかしさなのか。楽しそうに化粧水や乳液をならべる彼女の顔が見られず、逃げるように浴室へ向かった。


 私だって、平均くらいではあるはずだ。相手が悪い…相手が悪すぎるだけ。


    ◇


 シャワーを浴びて、貸してもらった部屋着に着替える。彼女にとってはゆったりサイズのTシャツも、私が着るとワンピースのようになってしまう。一緒に用意されたドルフィンパンツも完全に隠れてしまっている。


 洗面台の鏡に映る自分を見てため息を一つ。二十四歳がして良い恰好ではない気がする。元々幼く見えるとはいえ、流石に苦しい。


 この格好で彼女の前に出ることに躊躇ためらいはあるけど、今更だ。覚悟を決めて部屋に戻る。


「シャワーありがとう。気持ちよかった」


 髪を乾かしながら振り向く芹羽の手から、ドライヤーが落ちかける。


 こちらを見つめる目が、据わっている気がする。


 ドライヤーをそっと置いた彼女がゆっくりと、でも大きな一歩で近づいてくる。


「み、水もらうね!冷蔵庫…冷蔵庫…っと…」


 逃げるように背を向ける両肩を掴まれる。包み込むように抱き寄せられ、ぴったりとくっついた背中から暖かさを感じる。


「先輩から私のにおいがします。幸せです」


 髪の毛をスンスン嗅ぎながら、彼女の鼻が耳から首元へと降りていく。


「す…ストップ!ストップだよ」


 大丈夫、酔いはほとんど醒めている。ストップだってちゃんと言える。私は流されやすい女ではない。


「えー。いいじゃないですかーこれくらい」


 文句を垂れる彼女を振り払い、冷蔵庫から水を拝借はいしゃくし、喉に流し込む。身体が火照っていたせいか、いつも以上に冷たくて美味しい。


「ダメです。『健全に』って言ったでしょ」


「でも、耳舐められてる先輩、すっごい気持ち良さそうでしたよ」


 耳元でまとわりつくように鳴っていた湿った音が蘇る。


「あ、あれは酔ってたから!」


「じゃあ、今もう一回試しても良いですか?」


「だ…だめ!髪乾かしてないし…次やったら怒るから!」


 彼女は絶対に『無理矢理はしない』と過去に言っているから、自分を強く持てば…大丈夫。


「はいはい、わかりました。先輩は雰囲気を大事にするタイプなんですねー」


「違うから…」


 狭い部屋で、いつもの快活さはない妖艶な表情で、そんな雰囲気だったから受け入れてしまったのだろうか。例えば、寝る前にベッドで同じように迫られたら、私はどうするんだろう。


「そんなことよりも、その可愛さ反則です。そんなの見せられてお預けされるこっちの身にもなってほしいです」


「借りておいて言うのも悪いんだけど、流石に色々キツイでしょ…これ」


 貸してもらった服に罪はない。Tシャツは無地だけど発色が良くてとても可愛いし、ドルフィンパンツは密かに憧れを持ってたから、正直履けて嬉しい。


 ただ、人に見せて良いものではないと思う。


「元々お化粧は薄いからあんまり変わんない気はしますけど、すっぴんの方が幼く見えますし。服のサイズも中々ですし」


「うーん。正直に言ってしまうと、えっちですね。いっぱい触りたいです」


「はあ…」


 もういい…。芹羽のペースについていこうとすると身体がもたない。


 ひとしきり私をいじり倒して満足したのか、彼女はキッチンを離れ再びドライヤーを手にする。


「先輩。こっち座っててください。もうすぐ乾かし終わるので、次は先輩の髪も乾かしてあげます」


「その前にお顔だけやっちゃっててください」


 折り畳み式の小さなテーブルの上には、たくさんのスキンケア用品が用意されている。見覚えのあるものもあれば、全く知らないものまでたくさん。


 興味が無いわけではないけど、強いこだわりがない私には縁遠いラインナップ。


「これすごいね。たくさんあってどれ使えば良いか迷うかも」


 「先輩のお肌に何が合うかわからなかったので、合いそうなものをいくつか選んでみました。気になったやつを使ってみてください」


 元の素材の良さに甘えるのではなく、努力も欠かしていない。こういうところは本当に尊敬してしまう。


「ありがとう。使わせてもらうね」


 髪を乾かす彼女を横目に、気になった化粧水を手に取る。


 当たり前のように今こんな時間を過ごしているけど、彼女に胸の内を明かしたあの日から一週間しか経っていない。


 ただ痛みに怯えて、何年も逃げ続けていた自分が今この部屋を見たらどう思うんだろう。


 正直、今とても楽しいと思っている自分がいる。それと同時に、この楽しい時間を失ってしまったら、もう一生立ち直れないとも思う。多分その時がきたら、私は本当に壊れてしまうのだろう。


 こんな壊れかけな私でも、彼女は受け入れてくれるのだろうか。

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