第四話
「せんぱーい、大丈夫ですか?」
真っ暗だった視界が明るくなる。
「…あー、ごめん…。ちょっと寝てた。うん…眠たかったから…ちょっとだけ」
吐き気はない。頭痛もない。少し身体が火照っているけど、とても元気。ふわふわと宙に浮いてる感覚が気持ち良い。ただ、少しだけ眠い。
グラスをグビっと一呷り。甘くておいしいけど、もう無くなってしまった。
お代わりをしようとタブレットに伸ばした手が掴まれる。
「はいはーい。先輩はお水にしましょうね~」
「あぁ…」
タブレットが取り上げられてしまった。ジトっとその姿を見やる。
「すみません、私もいっぱいいっぱいで。先輩のペースを読み違えちゃいました」
反省したように苦笑いを浮かべながら、タブレットを操作するもう片方の手で頭を撫でられる。
緊張が和らいでいく感覚。とても気持ち良い。
度数は低いとはいえ、私には十分すぎた。ちゃんと酔ったことなんて無いからわかっていないけど、多分かなり酔いが回っている気がする。
一瞬覚醒したり、またふわふわしたり、不安定な状態が続く感覚。一つだけはっきりしているのは眠気だけ。すごく眠い。
「先輩、今後は私以外の前でお酒は飲まないでくださいね…心配だから」
呆れたような声が遠くに聞こえる。別に彼女じゃないんだから、芹羽に従わなくたって良いと思う。
「酔ってないから…。眠いだけ。別に吐いたりしないから…大丈夫」
日中フルタイムで働いてもう日付も回るころ。そりゃ眠くもなるだろう。
日付も回るころ…。
「やば…終電…」
身体中に電流が走ったような感覚。全身に回ったアルコールを跳ね除けるくらいの力は残っていたらしい。
「あはは。もう無くなっちゃいましたかね」
ぼんやりとした視界の中、スマホで帰りの電車を調べる。思うように指が動かず、うまく操作ができない。
「五分後…。やっちゃった…」
生まれて初めて終電を逃してしまった。みんな学生のうちに通る道なのかもしれないけど。
タクシーで帰れば良いけど、ここからだとそれなりに高くつくだろう。都内在住OLの財布は常に余裕がない。
「私はまだ間に合います。二十分くらい」
「一緒に帰りましょっか。今の先輩、心配すぎるので」
一緒に帰る…。二人で割ったってタクシー代は馬鹿にならない。二人でうちまでタクシーで帰って…芹羽はそこからどう帰るんだろう。電車?はもうないか。
「お会計してきますね。入口で待ってます。帰る準備、一人でできますか?」
「うん…。あとで払う…」
部屋から出ていった姿を横目に水を飲む。冷たい喉越しで少し頭が冴えた気がする。スマホをもって、鞄をもって…。
ふらつく身体を無理矢理立ち上がらせ、芹羽の元へと足を進めた。
◇
扉に寄りかかりながらぼーっと流れていく外の景色を眺める。週末の終電は人が多く、あちこちで様々な話題が飛び交う。
多少涼しくなった夜風を浴び、駅まで歩いたことで酔いは醒めてきたと思う。それでも身体はふらつくし、靄がかかったみたいに頭はぼんやりしている。
「先輩、もう降りますよ」
芹羽に手を引かれ電車を降りる。見慣れない景色…ではない。数日前にも見た気がする。
「あれ…ごめん。ちょっと待って」
頭が覚醒してきた。
確か、終電が無くなって、心配だから一緒に帰ると言われて、二人でタクシーに乗って…。
違う。一緒に電車に乗って、今降りた。私の終電が無いのに。
「どうしました?気持ち悪くなっちゃいました?」
心配そうな声色で顔を覗かれる。体調は…問題ない。むしろ良くなってきた。
「…体調は大丈夫。ごめん、色々整理できてなくて」
「ちょっと待っててくださいね」
そう言って彼女は自販機に向かう。ガコンと落ちたペットボトルを手にして、私に差し出した。
「お水飲んでください。ゆっくり帰りましょう。 気持ち悪くなったらすぐに言ってくださいね」
「…ありがとう」
帰る…。多分、芹羽の家に。
別に彼女は何も悪いことはしていない。騙してここまで連れてきたわけでもないし、身体にも気を遣ってくれている。
酔いが醒めなければ良かったのに。
時間と共に酔いは薄れていったけど、入れ替わったかのように彼女からの熱を思い出す。身体にぞわぞわした違和感を覚えながら、数日前に通った道を夜風と共に歩んでいった。




