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無色透明に君が滲む  作者: 莉乃
歩くような速さで
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第二話

 週の終わりを告げる終業のチャイムを聞き、帰り支度を始める。芹羽からも外で待っていると連絡が届いていた。


 どんなお店を選んだのか聞いてみたけど、当日のお楽しみとはぐらかされて結局知ることはできなかった。


 サプライズが好きなところは彼女らしいと言えるかもしれない。


 エントランスで待っていた芹羽に声を掛け、二人で会社を出る。蒸し暑さに顔が歪む。


「お店までは電車?」


「一駅隣ではあるんですけど電車は混んでそうですし、歩こうと思います。大丈夫ですか?」


「そっか。大丈夫だよ。どんなお店なのかそろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」


「ダメです!着いてからのお楽しみです~」


 弾んだ足取りで歩く彼女を見やる。ひらひらとなびく白いスカートが似合っている。


「期待させすぎるのも良くないと思うけど」


 人混みに流されないよう、楽しげに先を行く背中を追いかけた。


    ◇


「奥の席にどーぞ」


 たどり着いたのは、ビルの高層階に構える居酒屋だった。所々に和を感じる装飾が施されており、店員さんも和服で雰囲気がある。


 都内ど真ん中に位置する場所ではあるけど、客層も良く落ち着いた雰囲気。


 とても良いお店だと思う。そう思うんだけど…。


 案内された席はいわゆる『カップルシート』みたいなやつ。


 二人横並びで座る作りだけど、女性二人でもぎりぎり座れるくらい狭い空間。足元は掘りごたつの様で、ふすまを閉じると個室になるらしい。


 案内をしてくれた店員さんもいるし、今更引き下がることはできない。部屋に入り腰を落とす。敷かれたクッションがふかふかで気持ち良い。


「お隣、失礼しまーす」


 楽しそうな声と共に芹羽が隣に腰を落とす。肩と太ももが触れるような距離感。


 やっぱり二人で店探しをするべきだった。彼女はいつも元気で明るいけど、時折スイッチが切り替わったように熱を帯びるときがある。


 失礼します。と、上品にお辞儀をして店員さんが去っていく。


「とりあえず飲み物頼みましょうか。先輩、お酒は飲みますか?」


 こんな近くにいるんだし、個室だし。すぐに変なことをしてくるのかと思ったけど、いつも通りの元気で明るい姿。


 これじゃ私が一人で変な想像をしてるみたいだ。自分に嫌気がさす。


「少しだけなら。ただ、甘いのしか飲めなくて。あ、あるんだ」


 メニューからカクテルコーナーを見つけ出し、一つ一つなぞっていくと探していたものが見つかる。


 紬のお姉さんに出してもらったクランベリーミルクが忘れられなくて探してみたけど、ここには置いていないようだった。


「私はカシスミルク。恥ずかしいんだけど、こういうのしか飲めなくて」


 苦笑しながらタブレットを操作し、芹羽に手渡す。彼女は飲むのだろうか。


「解釈一致!可愛くていいと思います。私は…梅酒にしよっかなー」


 意外…でもない。なんとなく、アルコールには強そうだと思っていた。


「ネットで見たんですけど、ご飯も美味しそうで。いっぱい頼みましょう!」


 彼女が楽しそうに弾むたびに身体が触れて少しだけ胸がうるさくなる。嗅ぎ慣れた甘い香りもいつもより近くを漂っている。


    ◇


 カプレーゼにシーザーサラダ。トリュフ塩のフライドポテトにサーモンロール。まさに女子会といったメニューで小さな机が埋め尽くされる。


 どれもおいしそうだけど、食べきれるだろうか…。


「それじゃ先輩」


 グラスを手にした芹羽と目が合う。横並びで座っているのに、彼女はずっとこちらを見ている気がする。


「そうだね。えーっと…色々お疲れさまでした」


 良い乾杯の音頭が思いつかず、ふわふわしたコメントと共にグラスを交わす。チンと小気味良い音が静かな部屋によく響いた。


 すぐ隣には別の個室もあるはずだけど、それ程声は響いてこない。週末特有の騒がしさが無くて心地良い。


「おいしーっ!金曜日のお酒ってなんでこんなにおいしいんですかねー」


「あんまり飲まないけど、それはすごいわかる。達成感とかそういうのが効いてるのかな」


 甘くておいしい。喉が渇いていたのもあってかゴクゴク飲んでしまう。弱いお酒にしておいて良かった。


 料理もどれをとってもはずれが無い。特にカプレーゼなんかはお代わりしたいくらい。


「良いお店見つけてくれてありがとう。探すの大変だったよね」


「そんなことないですよ。どんなとこなら先輩が喜ぶかなーとか、何が好きかなーとか、いろんな先輩のこと考えながら調べてたらあっという間でした」


「本当に良いお店なのかは入るまでわからないから、ちょっと心配でしたけど」


 恥ずかしげもなくそう話す彼女を見て、顔が赤くなった気がした。グイっとグラスをあおる。


「ただ…もうちょっと普通の席で良かったんじゃない…?」


「えー、いいじゃないですか。ラブホ女子会とか、カップルシート女子会とかよくありますよ」


 さも当たり前のように答える姿を見てまた顔が赤くなる感覚。私が疎いだけだったのかもしれない。何一人で勘違いしているんだ。


 私はもう一杯カシスミルク。芹羽は赤ワインを注文。


「お酒強い人はいろんな種類飲めて楽しそうだよね。私はこういうのしか飲めないから羨ましい」


 話を変える。今は楽しい打ち上げ。余計な感情は捨てるべきだろう。


「そうかもですねー。ちょっと飲んでみます?」


 ワインで満ちたグラスをスッと差し出される。


「ありがと。でもやめとく。酔って迷惑かけたくないし」


「先輩なら迷惑かけてくれても良いのになー」


 つまらなさそうに口を尖らせる彼女を横目にグラスを一口。サーモンロールも美味しい。



 それからしばらくは仕事の話に花が咲いた。いちいち監修が細かくて面倒だったとか、お偉いさんの目線がいやらしかったとか。


 会社の打ち上げは基本断っていたから、こういう時間は新鮮な気分。愚痴というものはずいぶんお酒が進むらしい。


 三杯目もカシスミルク。芹羽も二杯目の赤ワインを頼んでいた。


 少し身体が火照ってきた。度数は低いとはいえ、ペースが速いかもしれない。


「先輩と楽しい打ち上げができて、本当に嬉しいです」


 ひとしきり仕事の話が盛り上がったところで、彼女が話題を変えた。


「打ち上げなんて普通は楽しいんじゃない?私は久しぶりだけど」


 だって。と、彼女は声のトーンを落とす。


「先輩、打ち上げに誘ってくれた時悲しい顔してたから。いつもよりも、ずっと」



「そっか…」


 寂しげな彼女の目を見て、耐えきれず打ち上げに誘った。あの頃想像していた打ち上げは、今のような楽しい場ではなくて、芹羽にとっては断頭台のような場になっていたはずだ。


「心配かけてごめんね。もう元気だから。この前友達にも雰囲気変わったって言ってもらえたし」


 紬と柊さんの顔が浮かぶ。紬はああ見えて周りの人のことをよく見ているし、柊さんも気遣いのプロって感じの人だから、二人にそう言ってもらえたのは嬉しかった。



「友達…ですか」


 語尾がほんの少しだけ落ちた。小さく感じた圧を紛らわすようにグラスを呷る。


「どんな人なんですか?そのお友達は」


 圧が強まった気がする。ずっと笑顔でこちらを見ていたのに、今は目の前のグラスをじっと見つめている。


「普通に同期だよ。上の階にいる紬…椎名って子と、その後輩の柊さんって人」


「紬…、えっと椎名のことね。この子とは大学のころからの友達なんだ。ちょっと口は悪いけど、仕事もできる。私なんかとも仲良くしてくれる優しい子って感じ」


 紬の話を人にすることなんてないけど、すらすらと言葉が繋がる。自慢できる友達がいるということは良いことだと思う。


「柊さんは中途で入った紬の後輩で、大和撫子って感じの綺麗な人。金曜私がボロボロになってた時に気遣って助けてもらったりしてた」


「ふーん」


 彼女はつまらなさそうな声で呟き、グラスを空にする。無言のままタブレットで何かを注文し、空になったグラスのふちを細い指でいじっている。


 無言の空気に耐えられず、私もグラスを呷って時間を稼ぐ。身体が火照ってきた気がする。


「先輩」


「私といるときは他の人の話はしないでください。ちょっとデリカシーないですよ」


「ご…ごめ」


 言い切る前にびくりと身体が震えた。彼女の指先が私の太ももに触れる。静かに、居場所を探すように彼女の指先が這って回る。


 スカートなんて履いてくるんじゃなかった。


 直接肌には触れていないけど、生地越しに指が走る感覚がむず痒くて、身体の震えを抑えるのに必死になる。


 襖が小さく鳴って、三杯目のワインが届く。グラスを受け取った芹羽の視線が、さっきまでとは違う熱を帯びていることに気が付く。


 彼女は真っ赤なワインを一口含み、唇の端を舌先でなぞりながら、壁際の私をじっと見つめた。



「先輩」



 甘くて、でもどこか重みのある声色。



「わたし、酔っちゃったかもです」



 くらくらして目の焦点が合わなくなっているのは酔いのせいなのか、彼女の熱に浮かされているのか。


気を強く持たないと…。普段の半分くらいしか動いていない頭でそう思った。

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