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無色透明に君が滲む  作者: 莉乃
ただ、人間らしく
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第五話

「その人は、ちょっと変わった子に好かれてるみたいで。その…すごく距離が近かったり、でも気が付いたら遠くに行っちゃったりするような」


 へえ、と彼女の目が細められる。


 紬くらいしか友達と言える人がいないことなんて、どうせバレてる。もう隠さなくてもいいか。


「私はさ、紬が知ってる通りの人間だから。いつも通り表面上の付き合いで終わり。はじめはそんな風に思ってたんだけど」


 するすると言葉が滑り落ちる。


「その子には、すごく…すごく、大切にされてるみたいで。身に覚えなんてないんだけどね」


 自嘲じちょう気味に笑いながらカクテルを口に含む。体温が上がってきた気がする。


「その子は、私がずっと抱えていたものを少しずつほどいてくれるんだ。多分、彼女だってたくさん不安を抱えてるのに」



『それを教えてくれたら、もう、先輩のことは…諦めます』



 諦めたくなんかないはずなのに、彼女は諦めると言い切った。


 「それで?」


 赤茶のカクテルを一呷あおりりし、続きをうながしてくる。トゲの無い、優しい声。


「わかんない」


「わかんないんだけど、ずっと頭の中にその子がいる気がする。何をしてても、どんな時も」


「…ふぅん」


「たった一ヶ月くらいなのに、何年も前から一緒にいるみたいで…わけわかんなくなる」


 突然告白されて、熱く迫られて、一緒に働いて、彼女の家で話をした。たったそれだけの関係。


「別にいいじゃない、時間なんて。長けりゃいいってもんじゃないでしょ」


「それで、あんたはどうしたいの?」


 どうしたい…か。


 私はどうしたいんだろう。今だって、壁打ちしてるみたいにひたすら言葉を並べているだけ。また紬に迷惑をかけてしまっている。


「わかんないよ」


「…わかんない」


 言葉が見つからない。頭がぐちゃぐちゃで、自分が誰なのかもわからなくなる。


 武見陽絃。そうなのだろうか。武見陽絃はこんな人間じゃなかった気がする。



 隣から大きなため息が一つ。


「お代わりは?あいつ呼ぶけど」


    ◇


「お待たせしました」


 おまかせで注文したカクテルが差し出される。


「スプリッツァーです。炭酸水にワインを少々。度数は低いのでご安心を」


 光の当たり方次第で見え方は変わりそうだけど、透明に近い赤色。一杯目と似ているようで、どこか違う雰囲気。


「紬にはこちらを」


「ちょっと!マンハッタンが良いんだけど」


「今日はこちらの方がお似合いかと」


 マスターは小さく微笑み、またカウンターから離れて行ってしまった。


 『アメリカーノ』というらしい。一杯目に飲んでいたものより弱めだとか。


 先ほどとは違う楕円型のグラスに口をつける。刺激の強い炭酸で頭が少し冴える。



「私はさ。あんたのこと、ずっとゾンビみたいなやつだと思ってた」


 顰めていた眉をほどきながら、紬は静かに口を開く。


「生きてるんだか死んでるんだかよくわかんないけど、少なくとも『生きる』ってことをしてなかった。昔も、この前までも」


「あんたは結構感情は出す方だし、周りとの付き合いだってそれなりにこなしてる。だから、知らない人からみたら普通に見えると思うけど」


 でも。と区切り、彼女は一口グラスをあおり小さく伸びをする。


「私から見たらあんたは異常者よ。死にたいわけでもないのに、ずっと死にたがってるようにしか見えなかった」


 よく人のことを見ているな、と思う。


「そんな風に見えたかな…。紬の言うように、結構笑う方だと思うんだけど」


「笑うとか笑わないとかそういうのじゃない。笑ってるのにずっと遠くを見ているみたいな。心ここにあらず…みたいな。とにかく生気を感じられなかった」


「昔何があったのかは知らないけど、正直見てられなかったわ」


 私のために、たくさん言葉を紡いでくれる。


 「そっか…紬は優しいね」


 目元が熱くなる。油断したら決壊してしまいそうだ。


「そう思ってたから、今日のあんたを見て驚いた。知らぬ間に人間になってたから」


「元々私は人間なんだけど」


 ふざけるように言ってグラスを呷る。頭がぼーっとしてきた。


比喩ひゆよ。だって、今までのあんたなら悩んだりしてなかったでしょ」


「どんな人間だろうと一言バッサリ断って終わり。事なかれ主義を貫き通す」


「…うん」


「いい機会じゃない。何があったか知らないけど前に進めば。ってか、もう顔に答え出てるし」


 顔にって…。メイク中にも、電車の窓を見てもそんな顔はしていなかったと思う。確かに、マスターにもそれらしいことは言われた気がするけど。


「で、でもさ…。わかんないんだよ?その子のことをどう思ってるのか。自分のことなのに」


 芹羽の家で過ごした記憶を思い出す。正直、自分のことを話している時間は苦しかった。それでも、一緒にパンケーキを食べて、二人並んで話している時間は悪くなかった…と思う。


 触れられた時も…嫌ではなかった。本当に嫌なら身体が拒絶していたはず…多分。人間の身体はそういう風にできている。


 記憶にこびりついた甘い景色を流し去るように、グラスの中身を喉に流し込む。強い炭酸に耐えられず小さくえづいた。


「それくらいにしときなさい。顔真っ赤」


 いつからそこにいたのか、マスターが透明の液体が注がれたグラスを出してくれる。多分水だろう。


「すみません…」


「あんたみたいなゾンビ女を乙女にするなんて、一体どんな奴なんだか」


「落ち着いたら会わせなさいよ。それくらいはしてもらっても良いと思うんだけど」


 意地の悪い笑みを浮かべながらグラスを呷る紬の横顔をじっと眺める。


 芹羽とは系統が違うけど、誰が見ても振り返るような整った容姿。小さな身体は子供らしいのに、アンバランスな大人びた表情や仕草。


 彼女にはずっと助けられてばかりだ。


「いつもごめんね」


 違う。『ごめん』ではない。


「いつもありがとう。紬」


「きもちわる。そういうのは好きなやつに言ってやりなさい」


 そんな彼女がたまに浮かべる無邪気な笑顔。 


「だから好きかはわかんないって」


 気を使って弱いお酒を用意してくれたのに、不慣れな私はそれなりに酔ってしまったらしい。頭がふわふわして、気持ちが良い。



 無性に芹羽に会いたい。そう思ってしまった。

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