第一話
芹羽の家を出て、駅までの道のりを肩を並べて歩く。
どうやら、私の家からは二駅ほどの距離に住んでいたらしい。
「綺麗で広いし良いところに住んでるんだね」
彼女の部屋を思い出す。私の家よりもずいぶんと広かったし、エントランスも綺麗で羨ましい。後輩の癖に。
「たまたま良い物件があったんですよ。その代わり10分くらい駅まで歩かなきゃなんですけどね」
そこが面倒でー。と眉を下げて笑う姿を横目に、ふと頭に浮かんだことを聞いてみる。
「そういえば、どうやって会社まで来たの?終電もない時間だったと思うけど」
「タクシーですよ。お金だけ渡してビューンとひとっ飛びです」
まあ、そうだろうな。それはわかっていた。
「そっか。じゃあさ…」
言葉が詰まる。なんでこんなことを聞こうと思ったんだろう。
「…なんで、来てくれたの?」
別に聞く必要なんてない。だけど、聞いてしまった。
大きな交差点で、信号と彼女の言葉を待つ。四車線の広い道路にはたくさんの車が行き交う。
「えー、そんなの言わなくてもわかりません?」
「大好きだからです」
ドクンと大きな音が身体に響く。
「夜中にも言いましたけど、最近先輩の様子がおかしいとはずっと思ってたんです。でも、原因は私のせいだとも思ってたから、あえて距離を取ってました。これは私の反省点です」
信号が変わる。彼女は歩みを進めずじっと交差点の先を眺めているので、隣で彼女の言葉を待つ。
「でも、チャットを見たら夜中になってもずーーーっとオンラインのままで。しかも何日も。絶対おかしいと思ったので、行くことにしました。そんな感じです」
信号が赤になり、車が動き始める。
「で、でも…家で仕事してた可能性だってあるよね。そうなったら会社に来ても無駄足になっちゃうよ」
「そうですねー。そうならなくて良かったです!」
行きましょ。と、青に変わった信号に向けて歩みを進める彼女をじっと見つめる。
理解できない。
真夜中なのに。無駄足になるかもしれないのに。それでも来た。
どうしてそこまで…。胸の音が、ひどくうるさい。
「どうしたんですか、先輩。もしかして、もう一泊していきたくなっちゃいました?」
「…うるさい。行くよ」
ニヤニヤと私の顔を下から覗こうとする彼女を躱し、足を進める。
こんなこと、聞かなければよかった。聞く必要なんかなかったのに。まだ寝ぼけているのかもしれない。
首筋につけられた印にそっと触れる。
遅効性の毒のように、彼女の色がじわじわと私を蝕んでいる。そんな気がした。




