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人事部の部屋の中では、奥の机に部長が座っていて、その横に営業部のエース、岩崎が立っていた。
独身、イケメン、物腰柔らか。女子社員から絶大な人気がある。
会えてラッキー。
「部長からご連絡と聞きましたが。」
松野の声が裏返る。
「ああ、うん。」
人事部長は、隣の小さめの会議室に手招きした。
岩崎もついてくる。
もしかして、岩崎さんが私に何か?
営業部に引き抜き?まさかね。
しかしそこで告げられたのは。
「明日から、倉庫管理部に異動で。」
「は?」
「はい、これ辞令ね。」
人事部長が、傍らのテーブルに小さい紙を置いた。松野は固まった。
「ど、どうして。」
「心当たりないかね?」
「い、今の美容部で、それなりの実績をあげているつもりです。」
声が震えた。
何が起こっているか、分からない。
人事部長は、ぞんざいに椅子に座った。
「君、先々週、同窓会があったんだって?」
急に話が飛んだので、松野はしばらく考える時間が必要だった。
「えーと。小学校の時の同窓会がありましたが、それが?」
「君、そこで『うちの商品は売らない』って、言ったんだって?」
目を丸くする。
「え?いえいえ、そんな事。私が丸越のBAだって話したら、皆、ぜひ寄らせて貰うって。」
心当たりのない松野は、急いで打ち消す。
「そうかな?とにかくね、うちと六十年近いお付き合いのある、大口のお客様がね、先日急に取り引きを考えさせて貰うって仰ってね。」
人事部長は、淡々と続ける。隣の岩崎は天井を睨んでいる。
「何しろ、年間で億のお取り引きのある長年のお客様だからね。何か落ち度があったかと、外商部だけじゃない、会社上層部の大騒ぎになったんだよ。」
松野は一生懸命考える。
そんなお客と自分に接点があると思えない。
人事部長は続ける。
「外商部長と、この岩崎君とでね、ま、菓子折り持って、ご挨拶に伺ったんだよ。」
岩崎は、見た目もよく人当たりも良いので、こういうクレーム処理とかに駆り出される事がある。
「なかなか会ってもらえなくてねぇ。大変だったらしいよ。」
よほど機嫌を損ねたと見える。
岩崎が続けた。
「ようやく会って頂いてね、何か不手際があったかお伺いしたらね、うちの美容部員から、『あんたなんかに売るものなんてない』と言われたので、仕方ないので他を当たるつもりだと。」
松野はようやく思い当たって、息を呑む。
佐藤翔子か。え?大口顧客?あのビンボー人が?まさか。嘘だ。人違いだ。
冷や汗が噴き出す。
「も、申し訳ありません、えーと、あれはその、小学校時代の同級生に、ちょっとした冗談のつもりで。」
「へぇ。翔子お嬢さんは、そんな風には仰ってなかったな。」
翔子お嬢さん。やっぱり。佐藤翔子。
ていうか、お嬢さん呼び。
岩崎が手の甲で、あごをさすった。
「来年ご結婚されるんで、結納からお式や新居の御婚礼家具まで一切を任せて頂く話だったのに、君のせいで、全部パァだ。ケチがついたから、全てキャンセルだってさ。それだけで二千万近い損失だ。」
人事部長は、松野の辞令をペッと指で弾いた。
「とにかく、平身低頭謝罪させて頂いて、再度お取り引きさせて頂くのに、どうしたらいいかお伺いして。」
もう一回ペッと指で弾いたので、松野の辞令はひらひらと机から落ちた。
「とりあえず、そんな人間が直接お客様と接する職場にいるのは問題だという事なので、君にはバックヤードに移ってもらう事になった。」
「君の昔の行いも、ちらっと聞いたよ。」
岩崎は軽蔑の目を松野に向けた。
冷や汗が止まらない。
「でも私、美容部ではそれなりに。」
人事部長は手を上げて、それを止めた。
「いいかね、せいぜい年間三百万そこそこの売り上げと、億単位の売り上げと、会社がどちらを優先すると思うね?クビにならないだけ、温情だと思って欲しい。」
松野は震える手で、辞令を拾い上げた。
「ああ、その制服は、クリーニングして総務に返してくれ。別途作業服の貸与があるから。」
トドメを刺されて、松野はヨロヨロと人事部の部屋を出た。
この部屋に入った時とは、雲泥の差だ。
明日から作業服。
無理かもしれない。




