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人垣をかき分けて、姿を見せたのは、同僚の沢田だった。
「沢田君。なんで?」
「なんでって。俺、小学六年生の二学期まではおんなじクラスだったでしょ。」
あ、そうか、と納得する。
見知った顔が現れて、やっと翔子の手の震えが止まった。
「佐藤さんは何でここに?そんな格好で。」
「あのー。連れてこられた。」
「うぇ。」
ホールにはエアコンが効いているはずなのに、沢田の額には冷や汗が浮いている。
「誰か知ってるんスか?迎えは?」
「誰も私の居場所を知らないと思う。」
翔子が淡々と言うと、沢田の冷や汗は倍増した。
「おいおい〜なんか親密っぽいじゃん?」
「お前ら付き合ってんの?」
沢田の口調が丁寧なので、周りが冷やかしにかかった。
「同僚だって。」
沢田は、自分のスマホを引っ張り出して、連絡先を検索し始める。
「同僚〜?」
「マジ?」
「お前、どこだっけ?」
聞かれて、反射的に答える。
「えーと、藤澤商事…。」
大企業ではないが、古くからある堅実な会社ではある。ただ誰でも知っているというわけでもない。
「あ、俺、落ちたわ。そこ。」
「高卒でも行けんの?」
「関連会社とかあるしな。そこなんじゃねぇ?」
周りでざわざわ話している。
松野がちっと舌打ちした。
「あんたでも雇ってくれる会社があったんだ。」
雇われてるのかな。翔子は考える。
まあサラリーが発生しているのだから、雇われてはいるのだろう。
「え、警察?」
不意に、沢田の声が響いた。慌てて声をひそめたが、周りが急に静かになったので、大差はない。
「え、いやいや、そんな大ごとでも。本当に。・・違いますって。今一緒にいます。」
沢田が、翔子を振り向いた。
「小田急ロイヤルホテルです。いや、誘拐とか勘弁して下さい。本当に同窓会ですから。」
電話を切った沢田は、ぐったりその場にしゃがみ込んだ。そして
「お前ら〜。どんな連れてき方したんだよー。バイト先のおじさん、びっくりして警察呼んじゃったってさ。」
一瞬、辺りがしんとする。
池野と吉田、それからもう一人加藤は、顔を見合わせた。
「えー。俺ちゃんと、同窓会だって言ったぞ。」
「佐藤さん、行くって言ったか?言わなかったんじゃねえの。」
「んー、まぁ。」
無理に車に押し込んだ事実は明らかだ。
「帰り、ちゃんと送って行って、謝れよ。」
「え、俺らだけ?連れてこいって言ったの、俺らだけじゃなかったのに?」
動揺する三人は、周りを見た。何人も、目を逸らしてそっと離れていく。
「皆、連れて来い連れてこいって騒いだじゃん。」
「そーだけど。」
「ホントに連れて来ると思わなかったし。」
ゴニョゴニョと言い訳の声が聞こえる。
翔子は立ち上がった。
「じゃあもう帰っていい?送って貰えるのかな。」
「送るけどさ。やっぱ謝んなきゃダメかな。」
社会人にあるまじき悪あがきに、翔子は目を細めた。
「別にそれならそれで良いけどさ。」
「馬鹿野郎。三人でちゃんと行って、謝って来い。」
沢田は慌てて間に入った。
「なんだよ、正義の味方かよ。」
「そんなんじゃねえって。常識のレベルだろ。」
「翔」
ふわっと人影が、翔子の視界を遮った。
「壮ちゃん。」
会社帰りの壮太が、軽く息を弾ませて立っていた。
「大丈夫か?」
「お帰り。」
「心配した。同窓会って聞いて、ここだろうと思ったけど。」
ネクタイを緩めて、汗で湿った髪をかき上げる壮太は、普段の十倍格好良かった。
「真鍋先輩!」
中学時代の空手部の後輩が、声をかける。
「あれ、真鍋くん。」
小学校時代の教師が、ようやく騒ぎに気づいて、近付いて来た。
「どうしたの。」
今まで、先生同士で喋っていて、こちらの様子を気にしていなかったらしい。
「何もないッス。じゃ、帰るんで。」
昔だって何もしなかった教師に、今更何も期待しない。
「真鍋くん!久しぶり!」
「やだー、センパーイ!仕事帰りですか?」
数人の女の子が、壮太を取り囲む。
「あ、すぐ帰るんで。」
すり抜けようとすると。
「これ、私の名刺!」
「あ、私のも。」
手の中に押し込まれる名刺に、壮太はちょっと迷惑そうだった。
「何かあったら連絡して?」
「合コンのセッティングとか。うちの会社、可愛い子多いよ。」
松野にも名刺を渡されて、壮太は肩をすくめた。
「いいけどさ、俺、来年結婚するけど。」
「えっ」
皆驚いて、顔を見合わせる。
そして、翔子を見た。
しかし翔子の指には、何もない。
誰と?と思ったが、聞く前に、壮太は翔子の肩を押して、ホールのエレベーターに向かう。
沢田が急いで言った。
「車ですか?」
「いや、タクシー。」
「じゃあ、加藤が送ります!ちょっと待って下さい。」




