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「お客さんいないうちに晩御飯作ってくるから。翔子ちゃん後お願いするね。」
「はーい。」
土曜日の夕方に、こんな駅から離れた喫茶店に来るお客は滅多にない。
コーヒーなら翔子が淹れられる。余程の事があれば、電話でマスターを呼ぶ。
いつもの事なので、翔子も深く考えずに返事をする。
大体いつも三十分くらいの事だ。
マスターが裏口から出ていって、しばらく暇になる。ちょっとテーブルを拭いて、コップを磨いて、やれやれとカウンター席に座っていると、車が駐車場に止まる音がした。
お客さんだ、と腰を浮かせて外を見る。
若い男ばかり三人。
やだなぁと思う。
経験上、問題が起こるのは、複数の若い男の時が多い。
もっとも顔に出したりしない。
マスターがそろそろ戻って来るはずだし、それまでの我慢だ。
カランコロンとドアベルが鳴って、入って来た男たちは、翔子を見て笑った。
「ほら、やっぱりいた。」
え、なに。誰。
「あー。やっぱりなー。」
「お前の言った通りだ。」
グイッと腕を掴まれる。
「あの」
「ほら、乗って乗って。」
表のドアからグイグイと外へ引っ張り出される。
「いや、あの誰。ちょっと。」
抵抗していると、裏口からマスターが入って来た。
「翔子ちゃん?君ら、何してるんだ。」
「あ、お邪魔してます!今日、小学校の同窓会あるんですけど、佐藤さん所にハガキ届かなくて。」
一人が愛想よく言った。
「同窓会?」
「ここなら連絡つくんじゃないかなって来てみたんです。彼女、借りていきますね!」
「え。ちょっと、翔子ちゃん、いいの?」
「よくない!」
翔子はもう車の中に押し込められる所だった。
「おい。」
「まあまあ。懐かしい友達もいっぱいいるんで、皆喜びます。」
翔子は凍りついた。
車は発進した。
マスターは、しばらく呆気に取られていたが、慌てて電話に取り付いた。
翔子は怖くてしばらく車の中で震えていた。
三人の若い男は、翔子に構わずに小学校の思い出なんかを話している。
それを聞いていると、彼らは確かに、小学校の時の同級生なんだろうと思う。
でも残念ながら、彼らの顔も名前も全然思い出せなかった。
小学校生活の少なくとも前半は、楽しい事もあっただろうけど、今となってはセメントのなかに埋め込まれた貝殻のかけらみたいに、あるにはあるけど、わざわざ拾って確かめるほどの物でもなかった。
翔子の父は似顔絵画家として生計を立てていた。
縁日とかフリーマーケットとかイベント事に顔を出して、せっせと似顔絵を描く。
超ハンサムだった。結婚するまでは、ほぼヒモ生活だったらしい。
そんな父に一目惚れした母は、周囲の反対を押し切って、駆け落ちした。
しかし箱入りのお嬢様と売れない画家という生活力のない二人は、年金とか保険とかについて全然知らなかったらしい。
父の死後、母子家庭手当は貰っていたけど、遺族年金もない。
生活保護の申請は、親族に連絡が行くと聞いて、母は断ったらしい。
貧乏生活が続くこと八年。
母はガンで死ぬ直前に、やっと実家に連絡を取った。
顧問弁護士という人がやって来て、そこで初めて、翔子は、母方に親戚がいる事を知ったのだった。
車がどこかの駐車場に入った。
「はーい、こっちこっち。」
今度は無理やり降ろされる。
ホテルの地下駐車場っぽい。
エレベーターで2階に上がると、スーツ姿の青年とドレス姿の女性たちで、広いホールはいっぱいだった。
「お待ちかねー!佐藤連れて来たぞ!」
翔子を連れて来たうちの一人が、大きな声で叫んだ。
わぁーとざわめきが上がる。
少なくとも同窓会というのは、本当だったらしい。




