森の朝
あの女性の声で話す男に連れられ、森の更に奥にある小さな家に来てから、2日ほどたった。
昨日は、まだ日も高いというのに、ベッドに着くなりすぐに眠り込んでしまった。一睡もせずに色々動き回っていたので、体力も限界だったのだ。
そして今日、男が朝食を用意してくれたので、オレは大人しく椅子に座って食べている。
空いている席にも一皿ご飯を置くと、男はその隣の席に座り自分の分を食べ始めた。
「なんで、もう一つ皿が出ているんだ?誰か来るの?」
「私の分にきまっているでしょ。」
「私のって、食べすぎじゃないの?」
さっきから男はもぐもぐ食べていて、こちらを見ようともしない。オレは、空いている席の皿を見た。よくみると、ピョイピョイおかずが消えていく!!
…え?
再び男の方を見た。向こうも箸を止めて、怪訝な顔でこちらを見ている。
「いいから、見てないで食べなさい。冷めちゃうでしょ。」
男の口は動いていなかった!!
「あははははははは、いやーね、今頃気付いたの?…ていうか、ずっとそこのゴツイおやじの声だと思ってたわけ?ははは、こりゃ傑作だわっ。」
声はケタケタ笑い続けている。
オレだって、へんだなとは思ったんだ。でも、透明人間がいるなんて思わないじゃないか!
男は額にしわをよせて、何もない所に手を振り下ろした。
「おっと、危ない。もう。おやじはおやじじゃん。」
「あの、お姉さんは、ゆ、幽霊ですか?」
「幽霊に、見える?」
「えーと…見えません。(違う意味で)」
「んふふ、そうよね。私、この子気に入ったわ。しかも気付いた?私にはちゃ~んと、ですます体で話してるわよ。やっぱり、誰が頼りになるかっていうのがわかっているのね~。」
男はうるさそうに首をすくめると、全員分の食べ終わった皿を片付けに行った。
彼にはこの声の主が見えているんだろうか?
「えっと、ここに昔から住んでるんですか?」
とりあえず何か情報を得ようと、オレは女性(がいると思われる方向)に話しかけた。
男のオカマ疑惑は晴れたけど、彼といい透明人間といい怪しい存在なのには変わりない。
「そうね。昔って程でもないけど。…で、アンタなんであんな所にいたの?この山の名前、知らないワケじゃないでしょうね?」
あべこべに聞き返されて、オレはたじろぐ。
「え…?真淄山でしょ。」
「そうよー、お先真っ暗、真黒山!世を儚んだ人達が最後にやってくるのが、この山。今までどれだけの人がここから旅だったか。アンタまだ若いのに、もう儚んじゃったの?」
「いやいやいや、ここが自殺名所なんて聞いたことがないんですけど…!」
「ふふふ、さぁ~どうかしらねぇ~」
人数分の飲み物を持って現れた男が、配りながらじろりと声の方を睨んだ。
目の前に置かれたそれは、とても綺麗な黄色をしている。オレンジジュースだろうか?
「なによ、いいじゃない。人と話すのなんて久しぶりなんだからさ。…で、アンタ…ああ、そういえば名前なんていうの?まだ聞いてなかったわね。」
「篤史。」
「OK、篤史。どうせアンタ、家出してきたんじゃないの?」
「…家出ってわけじゃぁ。」
ふと、不安な気持ちが思い出されてオレは目線を下へ落とした。
まぁ、家出だよな。これからどうしよう…行く宛もないし、お金だってない。だからといって、頭下げて家に戻るか?それはできないな。けれど、仕事を探そうにも都会に出なくちゃならないし…歩いて何日かかるかな…未成年でも雇ってもらえるのかな…
「はぁ…。」
「あらら、何ダークになってんの。責めてるワケじゃないんだから。いいじゃない、家出してたって。そんな事もあるって、それが青春よ。青~春~♪…あ、ちょっと、あんまりきつく巻くとかえって良くないわよ。あんた力加減ってもんを覚えなきゃ。」
その声に横を見ると、男が右腕の包帯を交換してくれていた。いつの間に手当てしてくれていたんだろう?右腕にまかれていく白い布…なんか、上書きされていくみたい、色々なことが…。
「ソレ終わったら気分転換に面白い物を見せてあげるわ。多分一生で一度しか味わえないものだと思うわよ~。ね、つれてってもいいよね?オーヤージ?」
身体に似合わずきっちり包帯巻きを仕上げると、男は立ち上がってため息をついた。そうして、オレの肩をトントンと合図するようにたたいて、玄関の方へ歩き出す。
「え?」
「さ、行きましょっ。ここも大概森の奥なんだけど、もーっと奥にすごい物あるから。早くこないと、また迷っちゃうわよ。」




