覚悟
「グワァーーーーーっ!!」
「いこうぜ! ミリア!」
「うん!!!」
巨大なオオカミの魔物に向かって飛び出す二人を、血を流して倒れ込むエギルは呆然と見上げていた。
「貴様らは……っ!」
「? なんだ、さっきの名前長い人じゃん。大丈夫か?」
「なっ……!?」
レイクの呑気な声に、周りの生徒たちがざわつく。
「おい、さっきの魔法……」 「あいつが……でも、あいつ最下位クラスの奴だぞ」 「助けが来たと思ったのに……こりゃもう終わりだ……」
絶望に包まれる空間の中、レイクは平然とあごに手を当てた。
「とりあえず、あいつをどう倒すかだな。でけーし。なぁ、あんた王子様だろ? 動けるなら力貸してくれよ」
「何を言っているんだ……! 勝つ気でいるのか!?」
「? あたりめぇだろ」
「レイクくん!!」
「!? あぶねっ!!」
ドーーーーン!!
振り下ろされた巨大な爪を、咄嗟に跳んで回避する。
「『ファイアーボール』!!」
ミリアがすかさず放った火弾が魔物の顔面に直撃するが——爆炎が晴れても、魔物はびくともしていなかった。
「効いてない……!?」
「こいつならどうだっ!!」
レイクが魔物の巨体を無理やり宙に浮かせ、教会の壁を粉砕しながら外へと叩きつける!
グワァーーーーっ!!!
「ま、これでも大して効いちゃいねぇかもな。今のうちに倒す作戦考えようぜ」
状況を打開するため、レイクは二人を振り返る。
「て、撤退だ……!」
「え!?」
エギルは膝を激しく震わせながら、悲鳴のような声を上げた。
「こんな化け物聞いていない! 第一、これはただの演習だぞ!? 命の危険があるなんて馬鹿げている! 怖いからじゃない、こんなものに付き合ってられないからだ! こんな敵が出るなら事前に教員が言うべきだ!」
「で、でも……っ」
「ええい! 動ける者は撤退するぞ!」
「動ける者……? そりゃお前、どういう意味だ?」
冷ややかなレイクの問いに、エギルは吐き捨てるように言った。
「言葉のままだ! あんな化け物相手に勝てるわけがない!」
「倒れてる奴らはどうすんだよ?」
「知るか! 必要な犠牲だ! 第一、このバルカーン王国第三王子の私のために命を張れるなんて、平民どもにとっては本望——」
ドーーーーン!!!!
レイクの固い拳が、エギルの顔面に容赦なくめり込んだ。 教会の古い木製ベンチを叩き割りながら、エギルの体が豪快に吹っ飛ぶ。
「レイクくん!?」
「てめぇなんかのために命張るのが本望だと……? ふざけんな!!!!!」
レイクの目には、今まで見せたことのない激しい怒りが宿っていた。
「貴様……っ! この私にこんなことをして、ただで済むと——」
「知ったことか! 何が王子だ! 何が騎士の王国だ!」
胸ぐらを掴み、レイクは吐き捨てる。
「仲間の命を見捨てるのがお前の国の『騎士』なら……騎士なんか、やめちまえ!!!!!」
「……っ! し、しかし現実を見ろ! あの化け物には勝てな——」
「勝てる勝てねえじゃねーよ!」
レイクはエギルの胸元を強く突き放した。
「おれの知ってる騎士はな……勝つまで立ち向かうのみだ」
「お前……!」
「答えろよ。ここであいつに立ち向かって仲間を助けるか、全部投げ捨てて逃げるか。お前は……一体どんな騎士なんだ?」
地面に膝をついたエギルは、唇を強く噛み締めた。そして——不敵に口角を上げる。
「……フン、平民が」
ゆっくりと立ち上がり、腰の剣を引き抜く。その瞳から恐怖の色は消えていた。
「なめるな! おれの知る騎士とは……最後まで倒れず立ち向かう者のことだ!」
「へっ! わかってんじゃねーか」
「当然だ」
「二人とも……」
その光景に、ミリアの表情がぱっと華やぐ。
「でも、どうしよう……私の魔法も、レイクくんの攻撃も全然通用してないよ」
「エギルなんとかかんとか、作戦だ」
「エギル・ソルト・マナ・ティウス・ノルタ・アントス・ガルバ・ヤマル・ラク・バルカーンだ!!」
「なげーよ……」
レイクは呆れた表情でツッコむ。
「なぁ、お前ならあいつの『足』だけに集中すれば斬れるんじゃねーのか?」
「どういうことだ?」
エギルが問いかけ、レイクは続ける。
「おれとミリアで注意を引く。その隙を見て足を斬れ。そうすれば動きは止まる」
エギルは目を見開いた。
「貴様……魔物との実戦経験があるのか?」
レイクはクスッと笑いながらエギルに目を向ける。
「さぁな。で、どうなんだ? やれんのか?」
「……無論だ。おれならその程度易々とこなす。貴様らこそ、おれの足を引っ張るなよ」
「任せとけ! いくぞ!!」
「「おぉーーーー!!!!」」
グワァーーー!!!!
「『ファイアーボール』!」
ミリアが連射した火弾が魔物の顔面で弾け、視界と注意を奪う。 同時に、レイクが周囲の瓦礫や木製ベンチを何十個も宙に浮かべた。
「くらええええっ!!」
ドカドカドカドカッ!!
無数の飛来物が魔物の巨体を叩きつけ、体勢を崩させる。
「今だっ!!!」
疾風のごとき踏み込みで、エギルが魔物の懐へ飛び込んだ。
「うぉーーーーーっ!!」
シャキーンッ!!
鋭い一閃が魔物の脚の関節を捉え、鮮血が舞う。
ドーーーン!!!
悲鳴を上げ、巨大な魔物がその場に膝をついた。
「よしっ!!! ぶっ放していいよな!」
レイクが不敵に笑い構える
「エギルさん! 魔物から離れて!」
「!? わかった!」
「レイクくん!!」
「おうよ! 任せろ! ……とっておきだ! 制御なんて考えねぇ!!」
レイクの手のひらから、規格外の巨大な火炎球が放たれる。
「『ファイアーボール』!!!!」
「あいつ……あんな威力の攻撃を……!?」
あまりの爆風にエギルが腕で顔を覆う。火炎球に押し出された魔物は、教会の壁ごと外へ吹き飛ばされた。
ドカーーーーーン!!
「ハァ……ハァ……。やったか……?」
レイクは手応えを感じた
「やったのか……? まさか、あんな攻撃を出し合えるとは……」
エギルはレイクを見て唖然とする。
「やった……! レイクくん、やったね——」
その時だった。
「おやおや。まさか、ここまでやられるとはねぇ」
頭上から落ちてきた嘲笑混じりの声に、全員の身体が凍りついた。 空からゆらりと舞い降りてきたのは、黒いローブを纏った謎の魔女だった。
「っ!!??…あ、あなたは……!?」
ミリアの顔から、一瞬で血の気が引いていく。 魔女はうっとりと目を細め、恭しく一礼した。
「これはこれは、お久しぶりです……ミリア王女。……いえ、『いばら姫』」
(!? あいつ……さっき森の中で見えた影……!)
レイクは本能的に身構えた。
「な、なぜ……あなたがここに……!?」
ミリアは冷や汗を流し問いかける。
「なぜ、とおっしゃられましても。姫を心配するのが従者の務め……例えそれが、呪われた不良品だとしてもね」
「……っ」
「呪われた……? ミリア、あいつのこと知ってんのか!?」
「少々事情があるのですよ。ねぇ……いばら姫?」
「……」
唇を噛み締め、黙り込むミリア。魔女は倒れたオオカミの魔物へと視線を向けた。
「しかし、私のかわいい手下がここまでやられるとは、少々想定外でした」
(!? やはり学園の者ではなく、こいつが……! だとしたらこいつは何者なんだ……!?)
エギルが冷や汗を流す中、魔女は妖しく指を鳴らした。
「少し、サービスをして差し上げましょう」
魔女の手から溢れ出た不気味な黒いオーラが、倒れていた魔物の巨体をドロドロと包み込んでいく。
「なにを……!?」
「もう少し楽しませていただきますよ……いばら姫」
グワァーーーー!!!!
黒いオーラを全身に纏い、禍々しく巨大化した魔物が、再び立ち上がった。
「さて、どうされますか?」
ドカーン!!
直後、地響きとともに魔物が襲いかかってきた。激しい衝撃波に吹き飛ばされる三人。
「くっ……! どうする!? 先ほどとは比べものにならない威力だ……!」
煙が巻巻く中、エギルの悲鳴にも似た問いかけが響く。
舞い散る瓦礫の中、レイクの瞳だけは鋭く魔物を見据えていた。




