離郷
深い、深い闇の底。
音もなく、光もない、漆黒の空間に、レイクは一人立っていた。
「……なんだ、これ……?」
目の前には、渦を巻く巨大な闇の魔力。
闇の中心には一人の少年が立っていた。
「…………」
見慣れた顔と見慣れた身体。
「……おれ?」
闇の中心に立つ少年は、何も答えず、レイクをじっと見つめている。
「……お前、一体?」
――ハッ!
レイクの目が開いた。
視界には見慣れない天井と、背中にはふかふかとしたベッドの感触があった。
「……ここは?」
ゆっくりと身体を起こす。
視線を横に落とすと、ミリアが椅子に腰掛け、こくりと小さく頭を揺らし眠っていた。
「……ミリア?」
その時。
ガチャッ。
扉が開いた。
「目が覚めたみたいだな」
「先生……」
入ってきたラルクを見た瞬間、レイクの表情が変わる。
「……そうだ!確か、おれヴァルガンと戦って……!」
そして、ラルクへ問いかける。
「ヴァルガンは!?みんなどうなった!?」
身を起こそうとするレイクを手で制し、ラルクは小さくため息をついた。
「落ち着け。詳しく説明してやる」
ラルクは静かな口調で、決戦の結末を語った。
ヴァルガンは肉体を捨て、父王を新たな器として奪った。
その後、魔物達と転移して姿を消したこと。
「……エギルの、父ちゃんが……」
レイクはシーツを握り締め、悔しそうに俯いた。
ラルクはじっとレイクを見下ろす。
「お前、三日も寝てたぞ」
「え……そんなに……?」
「あぁ」
ラルクはミリアへ目を向ける。
「ミリアが常に側にいた。心配だったんだろう」
そして、レイクへ視線を戻す。
「後で礼を言えよ」
「……ミリアが?」
レイクがミリアに視線を移す。
その瞬間。
「……ん……」
ミリアが目を開けた。
「……レイクくん!」
ミリアが立ち上がる。
「よっ!」
レイクはいつものように笑った。
「ありがとうな!ずっと近くにいてくれたんだってな」
「……よかった!」
ミリアの表情がぱっと明るくなる。
その様子を見ていたラルクが、レイクへ視線を戻した。
「やはり、覚えてないようだな」
「え?」
「ヴァルガンとの戦闘だ」
ラルクは腕を組む。
「ミリアから聞いたが、お前がやつを圧倒した。その結果やつは肉体を捨てた」
レイクの表情が固まる。
「……おれが?」
「あぁ」
ラルクは頷いた。
「おれも駆けつけて見たが……異様な力に目覚めていた」
ラルクの目が鋭くなる。
「心当たりは無いのか?」
「……わかんねぇ」
レイクは自分の手を見る。
「何も覚えてない」
「そうか……」
ラルクが静かに答える。
「…………」
ミリアは静かに俯いていた。
その時だった。
ガチャッ!
「レイク、起きたのか。体調は大丈夫か?」
ゼノンが部屋へ入ってきた。
「おうよ!めっちゃスッキリ!」
レイクは拳を握る。
続いて入ってきたリゼットが、呆れたように息を漏らした。
「ミリア様に手間をかけさせるとは。そろそろ叩き起こそうかと思っていたところだ」
「お前、本当に心配してくれてた?」
レイクが苦笑いを浮かべる。
セレナも部屋へ入ってきた。
「レイク様!目を覚されたのですね!よかったです!」
レイクが手を上げる。
「よっ、セレナ!絶好調だぜ!」
そして、最後に、一人。
「寝起きから騒がしいやつだな」
エギルが姿を現した。
「……エギル」
レイクの表情が少しだけ変わる。
エギルはその眼差しを真っ向から受け止め、ふっと口元を緩めた。
「そんな顔するな」
そして、まっすぐレイクを見る。
「おれはやつらに借りを返すため、研鑽を積むのみだ」
「……そっか!」
レイクは、ニッと笑った。
「あ〜〜っ!なんか腹減ったなー!飯食うぞ、飯!」
レイクがベッドから勢いよく飛び起きる。
「レイクくん、もう動いても大丈夫なの!?」
ミリアが慌てる。
「わからん!」
「えぇ!?」
「けど腹減ったし」
「……また、そんなこと言って」
ミリアが呆れたように息を吐く。
レイクはエギルを見る。
「エギル、豪華なの頼むわ!」
「遠慮というものを知らんのか、貴様!」
「お前に遠慮してどうすんだよ?」
「……貴様、やはりおれのことをなめてないか?」
「ケチなこと言うなよ〜、ケチル」
「誰がケチルだ!!」
いつもの光景。
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる二人の姿に、部屋の中には明るい空気が広がった。
◇
大広間。
「うめぇぇぇぇ!!」
レイクは食卓に並んだ料理を、ものすごい勢いで口へ運んでいた。
「おい、貴様!少しは落ち着いて食べろ!」
エギルがレイクに注意した。
「無理!三日も寝てたんだぞ!」
「それは食欲も出るか……」
ゼノンが呟く。
そこへ、エギルの兄達が料理を運んできた。
「これも食べるといい」
「こっちもだ」
次々と料理が並べられていく。
「おおっ!まだ出てくんの!?」
レイクの目が輝いた。
「遠慮はいらない。改めて礼を言わせてくれ」
兄達は、レイクへ向けて頭を下げた。
「父上を救うことはできなかったが……」
レイクの手が止まった。
「悪いな、力が足らなかった」
兄達は慌てて、手を横に振る。
「いや、違うんだ!君達がいなければ、我々もどうなっていたかわからない」
レイクは笑った。
「友達の国だしな!できる限りのことやっただけだ」
兄達は顔を見合わせ、静かに頷いた。
「……ああ。ありがとう」
◇
食事を終えた後、レイク達は王座の間にいた。
エギルは、妃の前に立っている。
「母上」
「どうしたの?」
「今回の戦いで、国は大きな被害を受けました。再興のために、おれは国に残ろうと思います」
妃は、しばらくエギルを見つめていた。
「……本当の気持ちはどうなの?」
「……え?」
「お友達と、まだ学園で学びたいんじゃないの?」
「ですが……」
エギルは言葉を詰まらせる。
妃は優しく微笑んだ。
そこへ、エギルの長兄が、力強くエギルの肩に手を置いた。
「お前は強くなった。良い友を持ち、おれ達も目を覚ましてもらえた」
兄はエギルをまっすぐ見つめる。
「この国をお前一人だけに背負わせる気はない。奴らへの借りは、おれ達も返す」
そして、穏やかに笑った。
「お前も研鑽を積んでこい」
エギルは目を見開いた。
「兄上……」
妃も笑みを浮かべ、頷いた。
「国は私達に任せなさい」
「……ありがとうございます」
エギルは深く頭を下げた。
妃はラルクへ向き直る。
「ラルク先生」
「はい」
「遠慮なく鍛えてやってください!ビシバシお願いします」
妃は笑顔で告げた。
「もちろんです」
ラルクが苦笑交じりに頷く。
妃は満足そうに微笑むと、レイク達へ向き直る。
「みなさん」
「はい?」
レイクが返事をする。
「この子、頑固で聞き分け悪くて、素直じゃないけど、よろしくね!」
「母上!何を言うのです!」
エギルが慌てる。
「もちろんっす!エギル坊ちゃんは任しといてください!」
レイクが胸を張った。
「誰が坊ちゃんだ!!」
「フフフ」
妃が楽しそうに笑う。
その横で、仲間達も笑っていた。
◇
やがて、バルカーン王国を発つ時が来た。
王城の前。
妃とエギルの兄達、そしてセレナが、レイク達を見送っていた。
セレナが一歩前へ出た。
「エギル」
セレナが少し照れくさそうにエギルに声をかける。
「手紙書くね」
「あぁ」
エギルは少しだけ視線を逸らした。
「時間があったら目を通しておく」
そして、照れくさそうに付け加える。
「読む時間はないかもしれんがな」
「……あれ?」
レイクの口元がニヤリと歪んだ。
「あれあれあれ?」
エギルの肩を叩く。
「なになに、エギルくん?」
ニヤニヤしながら顔を覗き込む。
「照れてんの、ねぇ〜?嬉しいんだろ?いつ来るかなぁってウキウキしてるんだろ?」
「……うるさい!」
エギルの顔が赤くなる。
「ウキウキなどしていない!」
そして、真剣な顔で続けた。
「ただ、いつ届くか、その際の返事は何を書こうか、どの程度の頻度がいいか、返事が早すぎると待ってたと思われるかもしれない等、悩んでいただけだ!」
「いや、めちゃくちゃウキウキしてんじゃん。先々の想定まで完璧じゃん」
ゼノンが首を傾げ、口を挟む。
「エギル、手紙読めねーほど忙しいのか?おれで手伝えることがあれば何でも言ってくれ」
「……お前は黙ってくれ」
エギルは肩を落としゼノンへ言う。
リゼットが鼻で笑う。
「ふっ……青いな、エギル」
「やかましい!」
その隣で、ミリアが恋バナの気配を敏感に察知し、瞳をキラキラ輝かせていた。
「エギルさん!お手紙のお返事悩んでるなら、いつでも相談乗るよ!!」
「……なぜお前がワクワクしているのだ。頼むからそっとしておいてくれ……!」
エギルは頭を抱えミリアを見る。
妃達から、笑い声がこぼれる。
その光景を見つめながら、妃が静かに口を開いた。
「みんな」
全員が振り返る。
「エギルの友達になってくれてありがとうね」
妃が温かい眼差しで告げる。
レイクはニッと笑った。
「こちらこそっす!」
仲間達も、それぞれ微笑む。
妃はエギルへ向き直った。
「エギル」
「はい」
「ちゃんとご飯は食べること。しっかり30回噛みなさい。歯は食後に磨くこと。夜更かしもダメ。お友達にも優しく。特にセレナちゃんには素直になりなさい。いつ愛想尽かされちゃうか、あたしもぉ〜心配で!あんたね、セレナちゃんみたいな可愛い子なかなかいないわよ!それから……」
高速ミシンのように、ペラペラと止まらない妃の言葉。
「母上……もうおれはそれなりの歳なのですが……」
エギルは冷や汗を浮かべる。
ミリアも苦笑する。
「すごい勢い……」
レイクは腕を頭の後ろに組み大きく笑った。
「エギルの母ちゃん、めっちゃ母ちゃんだな!」
エギルは咳払いをし、仕切り直すように真っ直ぐな目を妃達へ向けた。
「では、いってまいります!」
妃はエギルを真っ直ぐ見つめる。
「えぇ。いってらっしゃい!」
レイク達は歩きながら妃達へ大きく手を振る。
こうして一行は、バルカーン王国を後にした。
虚飾の騎士王国編、完結です!
エギルの故郷を舞台にした物語、最後まで読んでいただきありがとうございました。
そして次回からは、新章「騎士学園対抗戦編」へ。
レイクたちを待つ新たな戦いを、ぜひ楽しみにしていただけたら嬉しいです!




