憎しみを超えて
王座の間。
父王が消えた場所を前に、床に両手をつき、エギルは蹲っていた。
握り締めた拳が、微かに震えている。
その姿を見つめるセレナとエギルの兄達も、表情を凍らせている。
そこへリゼットが王座の間へ駆け込んできた。
「……エギル……?」
変わり果てた玉座と、床に崩れ落ちるエギルの姿。
リゼットは息を呑み、暗い表情で深く俯いた。
◇
王城の中庭。
「はぁぁぁぁッ!!」
ゼノンが魔物を吹き飛ばす。
援軍の兵士達も、それぞれの場所で魔物を迎え撃っていた。
しかし、突然、魔物達の動きが止まった。
「……グルル」
魔物達は、まるで何かに導かれるように、次々と空を見上げ始めた。
「なんだ?」
ゼノンが眉をひそめた瞬間。
ズズズズズ……ッ!
魔物たちの足元に黒い転移陣が展開した。
シュンッ!
一体の魔物が、空間へ溶けるように消えた。
「……っ!どうなってる!」
続いて――
シュンッ!
シュンッ!
シュンッ!
次々と魔物達が転移していく。
「逃がすかよ!」
ゼノンが叫び、魔法を放つ。
だが――
シュンッ!
シュンッ!
魔物が、次々と消えていく。
「くそっ!」
ゼノンが魔法で拘束を計るが間に合わない。
最後の魔物が消えた。
「…………」
中庭から、魔物の姿が完全に消え静寂が訪れる。
ゼノンは周囲を見渡す。
「……なんなんだ?」
その時だった。
「ゼノン!」
ゼノンが振り返るとそこには、ラルクとミリアがいた。
そして――
「……レイク?」
ラルクの背中には、意識を失ったレイクが背負われていた。
「おい、レイク……どうしたんだ?」
ゼノンが心配そうに近づく。
「後で話すね」
ミリアは暗い表情で答えた。
「……わかった」
ゼノンはそれ以上問い詰めるのを呑み込んだ。
「……王座の間へ行くぞ」
ラルクの低い声に促され、一行は王座の間へ向かった。
◇
王座の間の重い扉が開く。
ラルク達が中へ入る。
そこに、蹲るエギル。
その側に寄り添うセレナ。
そして、暗い表情で俯くリゼット。
エギルの兄達も、その場に残っていた。
「何があった」
ラルクが問う。
「……私から説明します」
セレナは、ラルク達にこれまでに起きたことを話した。
ヴァルガンが父王を器として奪い、姿を消したこと。
「…………」
話を聞いたミリア達は、重苦しい表情を浮かべた。
エギルは蹲ったまま、顔を上げない。
その瞳の奥には、ドス黒い憎悪と怒りが渦巻いていた。
「…………」
ラルクは、そんなエギルを静かに見つめていた。
そんな中、レイクは静かに眠っていた。
「一旦、状況はわかった」
ラルクが口を開く。
「ミリア、レイクを頼む」
ラルクは背負っていたレイクを下ろした。
「わかりました」
ミリアが受け止める。
ラルクはセレナへ向き直る。
「セレナ姫はエギルの側にいていただきたい。頼めますか?」
「ええ。言われずとも」
「感謝します」
ラルクはゼノンとリゼットに目を向けた。
「ゼノン、リゼット。お前らはおれと来い。まだ王国内で異常がないか確認する必要がある」
「わかりました」
「了解です」
ラルクはセレナへ向き直る。
「セレナ姫。御国の軍もお借りしてもよろしいでしょうか?」
「ええ。お願いします、ラルク先生」
背後に控えていたエギルの兄達も前へ出た。
「我々も協力させてください」
「ありがとうございます」
ラルクが頷く。
「いくぞ」
「「はい!」」
ラルク達は王座の間を駆けていった。
ミリアは、腕の中で眠るレイクを見つめた。
「……レイクくん」
ミリアの表情が曇る。
その視線の先で、セレナがエギルへ近づいた。
「……エギル」
「許さない……」
「……え?」
エギルは蹲ったまま、拳を握り締めている。
握られた拳からは、微かに血が滲んでいる。
「……おれはやつらを絶対に許さない」
エギルの目には、涙と共に、激しい怒りが浮かんでいた。
「…………」
セレナは何も言わず、そっと膝をついた。
そして、そっとエギルを抱き抱えた。
「……?」
エギルが顔を上げる。
「……私も父と母を失い、ヴァルガンに唆された継母様に国を追い出されたわ」
セレナは静かに続ける。
「国に戻った時には国は荒れ果てていたわ」
「……なんだ、突然?」
「苦しかったわ……憎かった」
セレナはエギルを見つめる。
「今の貴方と同じよ」
「……!」
エギルの目が見開く。
セレナは俯きながら続けた。
「……それでも楽しいフリをした」
セレナの声は静かだった。
「小さな小屋で歌を歌って……少なかったけど支えてくれる人に心配をかけたくないから」
「…………」
「でも、そんな時に、助けてくれたのがあなた達よ」
エギルの瞳が揺れた。
「……あなたも私と同じ」
セレナは、エギルをまっすぐ見つめる。
「きっと周りの人に心配をかけまいと、また、一人で抱え込もうとする」
その言葉に、エギルの脳裏へ、レイクの言葉が蘇った。
『おれ達はお前の横に立つことはできるぜ』
「…………」
エギルは、黙ってセレナの言葉を聞いていた。
「すぐにとは言わない。時間がかかってもいい」
セレナが優しく言う。
「せめて、私にもその悲しみをわけさせて」
「……セレナ」
「……だからどうか、憎しみに囚われないで」
セレナの瞳に、悲しみが浮かぶ。
「そんなエギル見たくないの」
「…………」
エギルの瞳に光が宿った。
(そうか……またおれは……)
その瞬間、父王の言葉が、脳裏に浮かぶ。
『支配されていたのは、私だったのだな』
(力、欲、憎しみ……)
エギルは、ゆっくりと顔を上げる。
(囚われれば囚われるほど支配され、それこそ奴らの思う壺だ)
エギルは、前を向き、セレナに微笑む。
「……ありがとう。セレナ」
「……うん」
セレナも、微笑み返した。
その二人を見守っていたミリアは、ホッとしたように胸を撫で下ろす。
そして、隣で眠るレイクに視線を戻す。
「…………」
レイクは、未だ目を覚まさない。
「……レイクくん」
ミリアはレイクを見つめ、表情を曇らせた。
◇
やがて、城内を見回っていたラルク、ゼノン、リゼットが王座の間へと戻ってきた。
「王国内、隅々見たが他に異常は無さそうだ」
ラルクが息を吐く。
「どうやら完全に逃げられたらしい」
ラルクは横たわるレイクへ視線を落とした。
「色々、整理しないといけないことが多いが……」
その言葉を遮るように、エギルが凛と立ち上がった。
「先生、一度我が国で戦いの傷を癒やしましょう」
エギルは、まっすぐ前を見る。
「私と兄上達で扇動します」
ラルクは僅かに目を見張り、口元を緩めた。
「……エギル。もう大丈夫なようだな」
「……はい!見苦しい姿を見せました」
「……そうか。では、頼んでいいか?」
「はい!」
エギルはセレナを見る。
「セレナ、母上の元へ案内してくれ……おれから事態を伝えたい」
「わかった」
エギルが前を向き、力強く歩き始める。
すれ違いざま、ゼノンが声をかけた。
「……しんどい時は言えよ」
エギルがゼノンへ向き直る。
「……ああ」
続いて、リゼットが口を開いた。
「……そこで、寝てるバカが起きたら、また何を言い出すかわからんからな。お前がいないと骨が折れる」
エギルは、ふっと小さく笑った。
「わかってる。まったく手のかかるやつだ」
「エギルさん……」
ミリアが声をかける。
エギルがミリアを見る。
「心配するな、もう抱え込まん」
エギルは微笑むと、眠るレイクへ視線を向ける。
「そのバカが目を覚ましたら一番にそう伝えてくれ」
「……うん、わかった」
ミリアは微笑んだ。
エギルは、頷くと歩みを進める。
敗戦の痛みを背負いながらも、エギルは凛と前を見据えていた。




