闇の器
「……終わりです」
ヴァルガンの静かな声が、戦いの跡に響いた。
「さて……」
倒れたレイクとミリアを見下ろし、淡々と続ける。
「どちらから消しましょうか」
「……はぁ……はぁ……」
レイクは震える両腕で、ひび割れた地面を押し上げた。
腕を動かすだけでも、全身が軋んだ。
それでも、ヴァルガンを睨みつけた。
「……ミリアには……手ぇ出すな……」
掠れた声だった。
ヴァルガンの目が、レイクへ向く。
「……仲間思いですね」
その表情に、僅かな笑みが浮かんだ。
「では、貴方からにしましょう」
瞬間――。
ヴァルガンの姿が消えた。
「――っ!」
レイクが顔を上げる。
だが、間に合わない。
ドゴォッ!!
「ぐっ……!」
腹部へ強烈な衝撃。
レイクの身体が吹き飛んだ。
地面を転がり、何度も身体を打ちつける。
「レイクくん!」
ミリアの声が響く。
「動いて……お願い……」
ミリアは必死に立ち上がろうとした。
レイクは腕をついて身体を起こした。
「……まだ……だ……」
ヴァルガンを睨みつける。
「随分と頑固ですね」
「うるせぇ……!」
ビュン!
レイクが地面を蹴った。
一直線にヴァルガンへ迫る。
「うおおおおおッ!!」
右拳を振り抜く。
しかし、ヴァルガンは僅かに身体を傾けただけだった。
拳が頬の横を通り過ぎる。
そのままレイクの懐へ入り込んだ。
「――っ!?」
ドゴォン!!
「がっ……!」
至近距離からの一撃。
レイクが再び吹き飛ばされる。
だが、レイクはすぐに身体を起こした。
「……っ、まだ……!」
息を整える暇もなく、再び地面を蹴る。
「『火拳』!!」
轟炎が拳を包む。
炎を纏った拳が、ヴァルガンへ迫った。
だが、ヴァルガンは軽々とそれを躱した。
炎が空を切る。
「……!」
レイクが振り返る。
その背後。
ドゴォンッ!!
「ぐあっ!!」
黒い魔力を纏った一撃がレイクを吹き飛ばす。
身体が宙を舞い、そのまま地面へ叩きつけられた。
「レイクくん……!」
ミリアが声を上げる。
レイクはまた起き上がる。
ドゴッ!!
「ぐっ!」
ヴァルガンの攻撃によって身体が宙を舞い、そのまま地面へ叩きつけられた。
「……まだ……だ……」
「まったく貴方は諦めが悪い」
「うるせぇ……!」
レイクは再び飛び出す。
その度。
ドォンッ!!
「ごほっ……!」
スガァン!!
「がはっ……!」
ヴァルガンの反撃を喰らう。
「クッソ……」
レイクはまた立ちあがろうとする。
しかし、力が入らない。
それでも、拳を握った。
ヴァルガンがゆっくりと歩いてくる。
「これ以上は無意味でしょう」
レイクは顔を上げた。
目の前に立つヴァルガンを睨む。
そして、身体を起こそうとした。
その瞬間――。
ズズズズズ……。
「……な!」
黒い魔力が腕へ。
脚へ。
胴体へ。
次々と巻きついていく。
「ぐっ……!離せ……!」
レイクが必死に身体を動かす。
黒い魔力は微動だにしない。
「もう十分でしょう」
「……ふざけんな……!」
レイクが睨みつける。
「おれは……まだ……!」
その声を遮るように、魔力がさらに強くレイクの身体を締めつける。
「ぐっ……!」
レイクは歯を食いしばるが完全に身動きが取れなくなる。
その姿を見たミリアが、ゆっくりと立ち上がる。
「……レイクくんから……離れて……!」
ミリアが杖を構える。
残された魔力をかき集める。
「『氷槍』!」
無数の氷槍がヴァルガンへ飛んだ。
ヴァルガンは一歩横へ移動する。
氷槍が次々と地面へ突き刺さる。
「まだ……!」
ミリアが杖を振る。
今度は氷の障壁がヴァルガンの周囲を包み込んだ。
しかし――。
パキィン!!
黒い魔力が障壁を砕いた。
「――きゃあ!」
衝撃でミリアの身体が吹き飛ぶ。
ドサッ。
地面へ倒れる。
「ミリア!」
レイクが叫ぶ。
ミリアはゆっくりと顔を上げた。
「……大丈夫……」
震える腕で身体を起こす。
そして、レイクを見る。
「……レイクくんを……助けないと……」
杖を拾い、再び構えた。
だが、魔力が集まらない。
指先に、小さな氷が生まれる。
それも、すぐに消えた。
ヴァルガンはその様子を見て、静かに告げる。
「もう限界ですね」
「……っ」
ミリアが唇を噛む。
次の瞬間。
ヴァルガンが消えた。
「――え?」
ミリアの目の前に現れる。
黒い魔力が伸びた。
「きゃっ……!」
首元を掴まれ、そのまま高く引き上げられていく。
「カハッ……っ、あ……」
ミリアの足が虚しく宙を掻く。
「……っ!」
手から杖が落ちた。
カラン……。
「ミリア!!」
レイクが叫ぶ。
身体を激しく動かす。
「クソ!離せ……!」
しかし、黒い魔力はびくともしない。
レイクの視線の先で、ミリアが苦しそうに顔を歪めている。
ヴァルガンは冷静な声で告げた。
「貴女の力は危険です。これ以上、その力を成長させるわけにはいかない」
黒い魔力が、さらに強くなる。
「このまま生かしておく理由はありません」
ヴァルガンはレイピアの切っ先をミリアへ向けた。
「……!」
ミリアの表情が強張る。
レイクの目が見開かれた。
「……やめろ」
小さな声だった。
ヴァルガンは止まらない。
「……やめろ……」
レイクが身体を捻る。
拘束が軋む。
ミリアが苦しそうにレイクを見る。
「……レイク……くん……」
「……やめろ……!」
声が大きくなる。
ヴァルガンの魔力が、ミリアをさらに締め上げる。
「やめろ……!」
レイクの目に、焦りが滲む。
そして――。
「やめろーーーーーー!!」
――ドクンッ。
レイクの胸の奥の何かが、脈打った。
次の瞬間――。
ズドォォォォン!!
レイクの身体から、漆黒の魔力が噴き出した。
「……っ!」
黒い魔力が地面を走り、空間そのものを歪ませるように広がっていく。
レイクを縛っていた魔力が、激しく震える。
「……なんだ?」
ヴァルガンの瞳に、初めて警戒の色が浮かんだ。
ミリアの心臓へ向け、レイピアを一気に突き出そうとした――その刹那。
ブチッ!!
ミリアを掴んでいたヴァルガンの腕が、引きちぎられた。
「――っ!?」
拘束を失ったミリアの身体が、宙へ投げ出される。
だが、その身体が地面に触れることはなかった。
誰かが、ミリアを受け止めていた。
ミリアはかすむ視界の中で、自分を抱き留めてくれた存在を見上げた。
「……レイク……くん……?」
返事はない。
レイクは、ただミリアを抱えたまま立っていた。
その全身から、漆黒の魔力が溢れている。
ゆっくりと、ヴァルガンへ顔を向ける。
――その瞳に、いつもの光はない。
「……レイクくん……?」
ミリアの声にも答えない。
黒い魔力が、なおもゆらゆらと身体の周囲を漂っていた。




