蹂躙
王城の遥か外。
レイクとミリアが戦っていた広大な大地に、異質な魔力が広がっていた。
ズズズズズズズズ……。
空気が震え、大地が軋む。
その魔力は、禍々しく重いものだった。
「……レイクくん?」
ミリアの声にレイクは何も答えずヴァルガンを見つめていた。
◇
王城の中庭――。
「……なんだ、この魔力は?」
息を整えていたゼノンが鋭く周囲を見渡す。
隣のリゼットも立ちすくんでいた。
◇
王座の間――。
「……城の外からか……!?」
父王を介抱していたエギルが、異常な波動に息を呑んだ。
◇
そして、中層回廊――。
ラルクが、一人立っていた。
「……何が起きている」
ダッ!!
ラルクは発生源へ走り出した。
◇
王城の遥か外、広大な大地。
ヴァルガンは、引きちぎられて地面に転がる己の左腕を見下ろしていた。
肩をかざすと、黒い魔力が触手のように伸び、落ちた腕を引き寄せる。
グググ……ズズズッ!
黒い魔力が、引きちぎられた箇所を繋ぎ合わせる。
失われた腕が完全に繋がった。
ヴァルガンはゆっくりと指を動かす。
グッ。
「……問題ありませんね」
冷ややかに息を吐き、レイクを見る。
ミリアを地面へ下ろし、静かに佇むレイク。
全身を覆う漆黒の魔力。
表情は一切なく、ただヴァルガンを射抜いている。
「では……」
ヴァルガンがレイピアを構え、踏み出そうとした。
その瞬間。
ズンッ!!
凄まじい威圧が大地を叩きつけた。
「……っ!?」
スタッ!
ヴァルガンは無意識に一歩後退していた。
「……私が……?」
ヴァルガンが前方へ視線を戻す。
――レイクが消えていた。
「――っ!?」
ヴァルガンの背後。
既に、レイクが立っていた。
「……!」
ヴァルガンが振り返った瞬間――。
ドォン!!
「ぐっ……!」
拳が叩き込まれ、ヴァルガンの身体が大きく吹き飛ぶ。
地面を何度も跳ね、土煙を巻き上げながら転がっていく。
「…………」
感情のない瞳のまま、レイクが歩み寄る。
ヴァルガンは立ち上がった。
「……なるほど」
ヴァルガンはレイピアを構え直した。
「今度はこちらから行きます」
シュンッ!!
姿が消える。
次の瞬間。
レイピアの切っ先が、レイクの眼前へ迫った。
ガシッ。
レイクは片手で掴んだ。
「……なに!」
ヴァルガンが目を見開く。
ドゴォン!!
「ぐぁっ!!」
がら空きの顔面に拳がめり込み、ヴァルガンが吹き飛ぶ。
シュンッ!!
体勢を立て直すより早く、レイクが追いついた。
ドォン!!
「ぐはっ!」
強烈な蹴りが脇腹を抉る。
シュン!
レイクはさらに追いつき、ヴァルガンの腕を掴んだ。
ブォン!!
ズガァァン!!
ヴァルガンは地面へ叩きつけられた。
「……くっ!」
ヴァルガンはよろめきながら立ち上がり、傷口に黒い魔力を巡らせて急速修復した。
そして――
ズズズズズズズズ……。
大地が震え、空気が歪む。
ヴァルガンの身体から、これまでとは桁違いの漆黒の魔力が膨れ上がった。
「……少々遊びすぎましたか」
ヴァルガンが顔を上げる。
その瞳に、初めて強烈な殺意が宿った。
ゴォォォォォ……!!
レイピアへ、凄まじい魔力が集まっていく。
「……後悔させてあげましょう」
ヴァルガンは構えた。
「私を本気にさせたことを」
ドンッ!!
大地が爆ぜ、ヴァルガンの姿が消える。
次の瞬間――。
全力の突きが、レイクへ迫った。
レイクは動かず、ただ、片手を前へ出す。
ガキィィィン!!
「……なに!?」
レイピアは、レイクの掌の前で完全に停止していた。
「バカな……!」
ヴァルガンの目が見開かれる。
レイクは右手の親指と中指を合わせた。
ピンッ。
レイクが指先で、ヴァルガンの額を弾いた。
ドォォォォン!!
「ぐあああああっ!!」
ヴァルガンの身体が吹き飛んだ。
地面を何度も跳ねる。
それでも、ヴァルガンは立ち上がる。
修復。
だが、顔を上げた瞬間には、すでに目の前にレイクがいた。
「……!」
ヴァルガンがレイピアを振り抜く。
ガシッ。
レイクが片手で受け止めた。
「――!?」
ヴァルガンが力を込める。
黒い魔力が爆発的に膨れ上がる。
ゴォォォォォ!!
それでも、レイクは押されない。
そのまま真正面から踏み込んだ。
ドンッ!!
黒い魔力を突き破る。
「な……!」
後退し、背後へ回り込むヴァルガン。
だが、レイクは振り返りもせず、背後へ裏拳を突き出した。
ドゴォン!!
「ぐっ!!」
直撃、ヴァルガンの身体が吹き飛ぶ。
それでもヴァルガンは空中で体勢を整える。
レイピアを構え、再び突っ込む。
シュンッ!!
レイクが避ける。
ガシッ。
ヴァルガンの腕を掴む。
「――!」
グイッ!!
そのまま身体ごと持ち上げ、足を宙へ浮かせる。
ドゴォン!!
拳が腹に叩き込まれる。
「がは……!」
口から血が飛び出す。
ドゴォン!!
さらに、もう一撃。
そして、レイクの拳に漆黒の魔力が集まる。
ズボォッッ!!!!
漆黒の魔力を纏った拳が、ヴァルガンの腹部を背中まで真正面から貫通した。
「が……ッ、あ……!?」
口から大量の血が噴き出す。
レイクは腹に腕を突き刺した状態のまま、容赦のない前蹴りを放った。
ドガァァァァンッ!!
ヴァルガンが吹き飛び、背後の岩山へ激突する。
黒い魔力で必死に風穴を塞ぎ、立ち上がった瞬間――目の前にレイク。
ドゴォン!!
また吹き飛ぶ。
殴る、蹴る、投げる。
ヴァルガンは必死に再生し、立ち上がり、そしてまた倒される。
戦いではない。
それはもはや、一方的な蹂躙だった。
ヴァルガンが、最後の力を振り絞って突っ込む。
「うおおおおおおおおっ!!」
ガシッ。
レイクはその攻撃を受け止めた。
そして。
ドォン!!
「ぐあああああっ!!」
ヴァルガンの身体が一直線に飛んでいく。
ドカン!!
ヴァルガンの背中が、岩山へと深々とめり込んだ。
「……ぐっ……!」
顔を上げる。
その目の前に――
シュンッ!
レイクが現れた。
「……!」
ヴァルガンの顔が引きつる。
「ま、待って――」
ドドドドドドドドドドドド!!
レイクの拳が、凄まじい速度で叩き込まれる。
拳がめり込み、岩山ごとヴァルガンの肉体を粉砕していく。
ドカァァン!!
再びヴァルガンは吹き飛ばされた。
地面を大きく転がる。
ズズズ……。
ヴァルガンは黒い魔力を集め、再び身体を修復する。
だが――。
シュン!
レイクが目の前へ現れた。
ガシッ。
レイクはヴァルガンの頭を無造作に掴み上げた。
「や、やめ――」
ドカァァン!
レイクはヴァルガンを空へと蹴り上げた。
シュン!!
レイクが空中で掻き消えた。
次の瞬間。
ドドドドドドドドドドドド!!
空中を縦横無尽に駆け巡り、四方八方から、凄まじい連撃が叩き込まれる。
最後の一撃。
ドカァァン!!
ヴァルガンが地面へ叩き落とされた。
大地が大きく陥没する。
「……っ……」
その底で、ヴァルガンは這いつくばる。
「た、助け――」
トゴォン!!
空から落ちてきた一撃が、ヴァルガンを地面へ深々とめり込ませる。
ヴァルガンは、動かない。
レイクはヴァルガンの首元を片手で掴み上げ、無造作に放り投げる。
ドカァァンッ!
転がるヴァルガンには、もはや指一本動かす力すら残されていなかった。
◇
少し離れた場所で、ミリアはその光景を見つめていた。
「……あれが……レイクくん?」
目の前で起きていることが、信じられなかった。
あれほど圧倒的だったヴァルガンが、何度立ち上がっても倒され続けている。
しかし、ミリアの胸に浮かんだのは、安堵ではなかった。
「……違う……」
ミリアはネックレスを握り呟く。
「……いつものレイクくんと違う……」
漆黒の魔力に覆われた身体。
光のない瞳。
感情のない表情。
ミリアが知っているレイクとは、あまりにも違っていた。
「ミリア!無事か!?」
砂煙を切り裂き、ラルクが駆け込んできた。
ラルクは、広がる戦場を見渡す。
倒れたヴァルガン。
そして、漆黒の魔力を纏うレイク。
「……あれは……レイクなのか?」
ラルクは息を呑んで絶句した。
「…………」
レイクは倒れ伏すヴァルガンへと歩み寄り手を伸ばした。
ガシッ。
ヴァルガンの首元を掴み、宙へと持ち上げる。
「ぐ……っ!」
レイクの拳に、漆黒の魔力が集まる。
その光景を見たミリアが叫んだ。
「ダメッ!!」
ミリアは、駆け出した。
「待て!ミリア、危険だ!」
ラルクの制止も聞かず、ミリアは傷ついた身体で走り続けた。
「レイクくん!!ダメッ!!」
ガシッ……ぎゅっ!!
ミリアは振り上げられたレイクの右腕に抱きついた。
「ダメ!レイクくん!!目を覚まして!!」
持ち上げられていたヴァルガンが、掠れた声で喘ぐ。
「……あ……なん……の真似……です」
「あなたのためじゃない!」
ミリアは叫んだ。
「レイクくんはこんなことしない!私がさせない!」
レイクの腕を強く抱きしめる。
「レイクくんはいつも素直で、ちょっと危なっかしくて、不器用だけど……」
涙を拭い、声を張り上げる。
「人のために一生懸命になれる、本当に優しい人なの!」
ミリアの瞳に、強い意志が宿った。
「あなたなんかのために、レイクくんの手を汚させない!!」
「…………」
レイクの首が動き、光のない瞳がミリアへと向けられた。
それでも、ミリアは離れなかった。
「……レイクくん」
優しく微笑みかける。
「私はここにいるよ」
ズズズズズ……。
漆黒の魔力が揺らぎ、レイクの瞳にほんの微かな光が戻った。
「……ミ……リア?」
黒い魔力が少しずつレイクの内へと消えていく。
ズズズズズ……。
やがて、完全に消えた。
ボトッ。
レイクの手からヴァルガンが地面へ落ちた。
同時に、レイクの全身から力が抜け、膝が崩れる。
「レイクくん!」
倒れ込んできた身体を、ミリアはしっかりと両腕で受け止めた。
地面に転がったヴァルガンが、自らの体を見る。
「クソッ……」
苦しげに息を吐く。
「この器も……もう限界か」




