白銀の春
翌朝。
スノウ公国を覆っていた吹雪は止み、空からは淡い日差しが差し込んでいた。
白銀に染まった街道を、一台の馬車がゆっくりと進んでいく。
その中には、セレナと七人の妖精族、レイクたちの姿があった。
セレナは窓から外を眺める。
「……帰ってきたんだ」
継母は捕らえられ、セレナはもう森の奥に身を隠して暮らす必要もなくなった。
城下町へ入ると、馬車に気づいた人々が次々と集まってくる。
「……あれは?」
「まさか……!」
「セレナ様だ!」
「姫様がお帰りになったぞ!」
人々が笑顔で手を振る。
セレナは目を見開いた。
「みんな……」
セレナは馬車を降り、集まった国民たちを見つめる。
「……ただいま」
その声は少し震えていた。
「お帰りなさいませ、姫様!」
大きな歓声が上がる。
セレナは涙を浮かべながら微笑んだ。
その隣では、七人の妖精族も嬉しそうに笑っている。
「姫様……本当に良かったですね」
「はい……!」
セレナは空を見上げる。
長い間閉ざされていた彼女の物語は、ようやく終わりを迎えた。
◇
それからしばらくして、城下町の外に広がる雪原。
「雪だぁぁぁ!!」
レイクが雪原を駆け回っていた。
「……子供みたい」
ミリアが苦笑する。
「ほら、ミリア!雪合戦しようぜ!」
「えっ?」
「それっ!」
「きゃっ!もう、レイクくん!」
ミリアも雪玉を投げ返す。
「えいっ!」
「うおっ!」
今度はレイクの顔に直撃した。
「やりやがったな!」
レイクが笑いながら雪玉を作る。
リゼットも二人を眺める。
「……私も参加するのですか?」
「もちろん!」
ミリアに促され、リゼットも雪玉を作り始めた。
いつの間にか、三人の雪合戦が始まっていた。
少し離れた場所では、エギルが腕を組んでその様子を眺めている。
「まったく……何をしているんだ、あいつらは」
その隣で、セレナも楽しそうに二人を眺めていた。
「……ふっ」
エギルが、ほんの少しだけ笑った。
セレナがその横顔を見る。
ドクン。
胸が、小さく高鳴った。
「……エギル」
「なんだ?」
「ううん……」
セレナは慌てて視線を逸らした。
「なんでもない」
「……?」
エギルは首を傾げる。
セレナは自分の胸に手を当てた。
(どうして……こんなにドキドキするんだろう)
昔見ていたエギルとは違い、彼は少しだけ優しくなっていた。
そして、その変化にレイクが関わっているとセレナは感じていた。
◇
「エギル」
「……なんだ?」
セレナが静かに尋ねる。
「エギルは……レイク様のこと、どう思ってるの?」
「……レイクか」
エギルは雪原を駆け回るレイクを見る。
「あいつに会って、自分が何も知らなかったことを思い知らされた。強さも、人との向き合い方も……あいつから学んだ」
「レイク様に?」
「ああ」
エギルは頷く。
「おれは、あいつに何度も鼻を折られた。だからこそ、認めている」
セレナはエギルを見る。
「……エギル変わったね」
エギルは首を傾げた。
「そうか?」
セレナは微笑んで続ける。
「うん。昔はもっと無愛想でお説教ばっかりだった」
「な……!?それは王族としての威厳をだな……」
「ハハハ」
セレナは笑った。
「やっぱり変わってない!でも変わった!」
エギルは不服そうに言う。
「どういうことだ……」
「素直になったってこと!」
エギルは納得いかない表情を浮かべた。
セレナは微笑みながら言った。
「エギルに会えてよかった」
「あぁ。おれもだ」
「……えっ?」
エギルはセレナを見る。
「……おれも会いたかった」
「……」
セレナの頬が、みるみる赤くなる。
「……エギル」
「なんだ?」
「あのね……ずっとあなたに……その……」
「……?」
セレナは恥ずかしそうに俯く。
「会い――」
その瞬間。
ベチャッ!!
エギルの顔面に雪玉が直撃した。
「……」
エギルの顔から雪がゆっくりと落ちていく。
レイクが遠くで苦笑する。
「あ……めんご」
「……貴様」
エギルの額に青筋が浮かぶ。
「待てぇぇぇぇぇ!!」
「うわぁぁぁぁ!!」
レイクが逃げる。
「だから落ち着きを持てと言っているんだ!!」
「だから謝っただろ!?」
「反省が見えんから言っているのだ!!」
二人が雪原を駆け回る。
「ふふ……」
セレナは思わず笑った。
◇
そんな二人を眺めながら、ミリアがセレナへ近づく。
「……もしかしてですけど」
「?」
「セレナさん……エギルさんのこと」
「……え?」
セレナの顔が一瞬で赤くなる。
「え!?ち、違います!!」
ミリアが笑う。
「レイクくんのことを好きって言う時より、動揺してますよ」
「…………」
セレナは言葉を失う。
そして――。
「……でも」
「ん?」
「ミリア様だって、レイク様の話になったらすぐ動揺して顔を赤くします」
「え!?」
ミリアの顔も赤くなる。
「いや、そ、それは……!」
「ふふっ」
「ふふふっ」
二人は顔を見合わせて笑った。
少しして、ミリアが口を開く。
「……ねえ、セレナさん」
「うん?」
「セレナって呼んでもいい?」
「もちろん!」
セレナが嬉しそうに笑う。
「私もミリアって呼ぶね!」
「うん!」
二人は笑顔で頷き合う。
「お互い、頑張ろうね!」
「そうだね!」
その様子を見ていたリゼットが微笑む。
「……素敵ですね」
「何言ってるの!」
セレナが振り返る。
「リゼットもだよ!」
「そうそう!」
ミリアも笑う。
「リゼットはずっとこんな感じなんだから!」
「……こんな感じ?」
「そう!もっと普通に話していいんだよ」
リゼットは少し戸惑う。
「ですが……」
「もうお友達でしょ?」
セレナが笑う。
「……!」
リゼットの瞳が少し揺れる。
「……ミリア様以外に、そんなことを言われたことがありません」
「え~またそんなこと言うの?」
「……では」
リゼットは少し照れながら言った。
「ミリア、セレナ……と呼ぶ……ます」
「敬語抜けてないじゃん!」
セレナが笑う。
「ふふっ」
三人の笑い声が雪原に響いた。
◇
「おーい!」
遠くからレイクの声が聞こえる。
三人が振り返る。
レイクがエギルと並んで歩いてきた。
「見ろ!」
レイクは誇らしげに胸を張る。
その後ろには巨大な雪だるまがあった。
「すごくね!?こんなでかいの作った!!」
エギルは肩で息をしている。
「ハァ……ハァ……なぜこんなくだらんものを……」
レイクが眉を寄せる。
「なんだよ。こんなでけぇの、なかなかねーだろ?」
二人の様子を見て三人が思わず笑う。
レイクは雪だるまを見上げる。
「いや~、立派だ!」
そして、雪だるまをポンポンと叩く。
「もっと他の人にも見てもらいてぇな!」
パン!
その瞬間、雪だるまが揺れた。
グガガガガ……
「ん?」
ドーーーン!!
雪だるまが、エギルへ倒れ込んだ。
「…………」
雪が舞い、しばしの沈黙。
そして、雪だるまの中から、ゆっくりとエギルが立ち上がった。
全身雪まみれだった。
「…………」
レイクが固まる。
「あ……これ、滅法sorry」
「…………貴様」
「うわっ!」
レイクが走り出す。
「待てぇぇぇぇぇ!!」
再び雪原を駆け回る二人。
「何度言えば分かる!!」
「だから謝ってんだろ!!」
「反省が見えん!!」
三人はまた笑った。
白銀の雪原に、笑い声が響いていた。
◇
やがて、スノウ公国を離れる時が来た。
セレナは城門の前で、レイクたちを見送っていた。
「……皆さん、本当にありがとうございました」
ミリアが笑う。
「こちらこそ!セレナに会えてよかった」
「私も!」
セレナが微笑み、エギルを見つめる。
「……エギル」
「……ああ」
「また……会える?」
「あぁ。必ず会いに来る」
「……約束よ?」
「ああ。約束だ」
セレナは嬉しそうに微笑む。
「楽しみにしてるね」
「おれもだ」
セレナの頬が、ほんのり赤くなる。
「……またね、エギル」
「ああ……またな、セレナ」
馬車が動き始める。
セレナは見えなくなるまで手を振り続けた。
エギルもまた、静かに手を上げていた。
◇
雪原を抜けた頃。
「……遠いな。今日は途中の村で宿を取るか」
「そうだね」
一行は近くの村へ入り、宿を取ることにした。
そこで――。
「あれ、ゼノンじゃん」
レイクが声を上げる。
ゼノンが振り返る。
「おう。お前らなんでここに?」
「……こっちの台詞だ」
エギルが眉を寄せる。
ゼノンは淡々と答えた。
「この辺りで、妙な魔力反応が確認されてな。調査に来てた」
レイクが笑う。
「へぇ~!じゃあ一緒に飯行こうぜ!」
「ああ」
こうして、レイク、ミリア、リゼット、エギル、ゼノンの五人が揃った。
◇
その夜。
五人は食事をしながら、スノウ公国で起きた出来事をゼノンに話していた。
「……また、厄介なことに巻き込まれたな」
ゼノンは静かに言った。
「まあな!」
レイクが笑う。
その時――。
ピィィィィィ……
外から、美しい笛の音が響いた。
「……笛?」
ミリアが立ち上がる。
「外からですね」
リゼットが窓を見る。
エギルが席を立つ。
「行くぞ」
「おう!」
五人は宿を飛び出した。
◇
村の広場。
「またネズミが増えたぞ!」
「畑まで荒らされている!」
村人たちが騒いでいる。
大量のネズミが、村中を走り回っていた。
「なんだこれ……」
レイクが目を丸くする。
ピィィィィィ……
笛の音が響く。
村人たちが振り返るとそこには、一人の男が立っていた。
男は何も言わず、ただ笛を吹いている。
「……?」
すると――。
ザザザザザッ!!
大量のネズミが、一斉に男の後を追い始めた。
「な、なんだ!?」
「ネズミが……あの男についていってるぞ!」
男は笛を吹きながら村の外の川へ向かう。
ザバァァァン!!
ネズミたちが次々と川へ飛び込んでいく。
「やったぞ!」
「これで畑も荒らされずに済む!」
村人たちが歓声を上げる。
「あの人がネズミを追い払ってくれたんだ!」
「ありがたい!」
ピィィィィィ……
男はそのまま、村を離れていく。
レイクは目を細めた。
「……なんだあいつ」
ゼノンが男を見つめる。
「……妙だな」
ミリアやリゼットも頷く。
エギルが静かに呟く。
「やつが異変に絡んでいそうだな」
「……ああ」
レイクが男を見据えた。
男が一瞬だけ振り返り、五人と視線が交わった。
「…………」
男は再び笛を口元へ運ぶ。
ピィィィィィ……
その笛の音を残し、男は闇の中へ消えていった。
白雪の姫編完結です!
次は、少し不気味な笛吹き男の物語。
お楽しみいただけると幸いです。




