崩れゆく天空
城の地下深く。
冷たい石造りの回廊を抜けた先に、巨大な地下神殿があった。
その中央へ続く階段を、バルドルは胸を高鳴らせながら歩いていた。
「シンクさん、本当に……『天穹の核』の光があれば、地上の人たちと仲直りできるの?」
「ええ、もちろんですとも」
シンクは振り返り、慈愛に満ちた穏やかな笑みを浮かべた。
「これは古くから伝わる、人間族と巨人族の友好の儀式なのです。『天穹の核』の清らかな光を地上へ届ければ、他種族は再び手を取り合えるでしょう」
バルドルの顔が輝く。
「すごい……!父上も、きっと喜んでくれるよね!」
「ええ。あなたの勇気が、両種族の未来を救うのです」
「うん!」
二人は、神殿の奥にある封印扉の前へ辿り着いた。
「父上からは『絶対に開けてはならない』って言われていたけれど……みんなが仲良くなれるなら!」
バルドルが手をかざす。
青い魔法陣が展開し、重厚な石扉がゆっくりと開いていく。
その奥にあったのは、神秘的な蒼光を放つ巨大な結晶――『天穹の核』だった。
「これが……」
「開いたよ、シンクさ――」
「へへっ、ありがとよ王子様ァ!」
「え……?」
突然、背後から声が響いた。
物陰からジークが飛び出す。
「ジークさん!?」
ジークはバルドルの横をすり抜け、天穹の核を力任せに引き抜く。
「ジ、ジークさん……!?何を……!」
バルドルが困惑する。
「友好の儀式は……!?」
その瞬間、シンクがフッと、冷たい笑みを浮かべる。
「儀式?ククッ……本当におめでたい王子様ですね」
「……え?」
「そんなもの、最初からありませんよ」
ジークが核を小脇に抱え、笑う。
「おれたちはただの盗っ人だ。こんな秘宝を地上へ持ち帰れば、一生遊んで暮らせる大金になる!」
「僕を……騙したの……?」
その瞬間ーー
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
「……!?」
神殿が激しく揺れ、天井から石片が落ちてくる。
天穹の核を失ったことで、アトラスを天空に留めていた力が失われていく。
ズズズズズズズズッ!!
天空の大地が、大きく傾いた。
「きゃあああああっ!!」
城下町では悲鳴が響き渡る。青空は暗雲に覆われ、猛烈な突風と紫電が吹き荒れた。
「アトラスが……落ちていく……!?」
バルドルはその場に崩れ落ちる。
「僕が……僕のせいで……国が……」
そして、涙を浮かべながら呟いた。
「地上のみんなが……!」
◇
その頃、アトラス城下町。
人通りの少ない路地裏では、ガルドたちがジークから渡された黒豆を見つめていた。
ガルドは、その一粒を巨大な手のひらに乗せる。
「この力があれば……」
その横で、一人の巨人族が不安そうに口を開いた。
「本当に……王に逆らうつもりなのか?」
ガルドは黒豆を見つめたまま答える。
「逆らうのではない」
ゆっくりと拳を握る。
「我々の誇りを取り戻すのだ」
その時、大地が大きく揺れた。
ゴゴゴゴゴゴゴ!!
「な、なんだ!?」
遠くの建物が傾く。
「アトラスが……落ちている……!」
巨人族たちが空を見上げる。
ガルドは黒豆を握り締めた。
「……始まったか。今こそ、我々の時代を取り戻す時だ」
◇
激しい揺れが続く中、レイクたちは巨人兵たちに囲まれていた。
「お前たち、王宮へ来てもらう!」
「えぇ!?なんでだよ!」
レイクが声を上げる。
「この異変が起きた直後に現れたのは、お前たち人間族だ!」
「だからって、おれたちのせいじゃねぇぞ!」
巨人兵が槍を向ける。
「黙れ!王の前で話を聞けば分かる!」
レイクたちは抵抗する間もなく、王宮へ連行されていった。
◇
その頃、地上の騎士学園。
「……なんだ、あれは?」
エギルが空を見上げる。
暗雲の向こうで、巨大な大地が落下していた。
「空で何が起こっている……?」
ゼノンも目を細める。
「そういや、さっきからレイク達を見かけねぇな」
「……まさか、あいつら」
エギルの視線が、巨大な豆の木へ向く。
「行くぞ!」
「ああ!」
◇
玉座の間へ連行されたレイク達の前には、ウドガルが立っていた。
「何が起きている」
ウドガルが尋ねる。
「知らねぇよ!おれたちだって、何がなんだか……!」
レイクはガルドへ目を向けた。
「……なぁお前なんか変じゃねぇか?」
レイクが眉をひそめる。
「……何?」
ガルドの身体から、僅かに黒い魔力が滲み出ている。
レイクは目を細めた。
「その黒い力……なんだ?」
「……!」
ガルドの顔が僅かに強張る。
ウドガルも黒い魔力を感じ取った。
「ガルド……その力は何だ」
「今さら隠す必要もあるまい!」
ガルドが叫んだ。
「王よ!あなたが地上の者を信じるからこうなったのだ!」
「何……?」
「人間族を受け入れ、地上との融和を進める。その結果がこれだ!」
ガルドが拳を握る。
「天空の大地は落ち始めている!」
「……!」
レイクたちも息を呑む。
「だが、これは俺たちの仕業ではない!ジークたちが金のために王子を騙し『天穹の核』を奪った!」
「バルドルを……?」
レイクの顔が変わる。
「そしておれは、それを知りながら黙っていた!」
「どういうことだ、ガルド?」
ガルドはウドガルを睨む。
「この黒豆の力を得たところで、おれがあなたに勝つのは難しい!」
ガルドは黒い魔力を纏った拳を握る。
「だからこそ、この混乱を黙認し利用した!」
「……何?」
「『天穹の核』が失われれば、あなたはアトラスを支えるしかない!」
ウドガルは目を閉じ、静かに言った。
「……愚かな」
「何とでも言え!」
ガルドが叫ぶ。
「我々は地上の者を信用してはならない!あの者たちを受け入れたからこそ、こうなったのだ!」
しかし、ガルドの仲間たちの表情は次第に曇っていく。
「そんな……」
「王子が騙されたのか……?」
「おれたちまで地上へ落ちるかもしれないんだぞ……!」
一人の巨人族がガルドを睨む。
「貴様こそ他種族にそそのかされ、そして同族を危険に晒しているではないか!」
「……!」
ガルドの顔が歪んだ。
その時。
「もうよい」
ウドガルが立ち上がり、一歩、前へ出た。
ブォン!!
それだけで、凄まじい威圧が玉座の間を覆った。
「うおおおおっ!?」
巨人族たちが一斉に吹き飛ばされる。
ウドガルは玉座の間を出ると、落下を続ける天空の大地へ手を向けた。
「このまま地上へ落とすわけにはいかぬ」
凄まじい魔力が放たれる。
天空の大地と地上の間に、巨大な魔力の大地が生み出された。
「ぬぅぅぅぅ……!」
ウドガルが両手を押し上げる。
落下していた大地が、その魔力の大地によって受け止められていく。
「すげぇ……!」
レイクが息を呑む。
そして、バルドルの姿を思い浮かべた。
「バルドル……!」
レイクも王座の間の出口へ駆け出す。
「あいつが危ねぇ!」
しかし、その前にガルドが立ちはだかった。
「王子のところへ行かせると思うか!」
「くっ……!」
レイクがガルドを睨み拳を握る。
「ミリア!リゼット!バルドルのところへ行け!あいつが危ねぇ!」
ミリアがレイクに目を向ける。
「レイクくん……でも」
「ここはおれが引き受ける!」
レイクがガルドへ向かって走り出す。
「行くぞ!」
巨人族たちもレイクに続いた。
◇
一方、豆の木を登り続けていたエギルとゼノンは、ついに雲を抜けた。
その先に広がっていたのは、巨大な天空の大地。
しかし、そこは激しい嵐に包まれていた。
「何が起こっているんだ……」
二人は大地を支えるウドガルを見つける。
「お主らは……?」
ゼノンが駆け寄る。
「あんた、そこで何してる!レイクたちは何に巻き込まれてんだ!?」
「レイク……そうか」
ウドガルは二人を見つめる。
「訳は後だ。王宮へ向かってくれ!」
「……何やら急を要するようだな」
エギルが頷く。
「わかった!」
二人は王宮へ向かって走り出した。
◇
その頃、ミリアとリゼットは神殿へ向かっていた。
しかし、二人の前に、二つの人影が現れた。
「誰……?」
ミリアが足を止める。
一人は穏やかな笑みを浮かべた女性。
もう一人は、鋭い目つきの大柄な男。
「ここから先へは行かせません」
女性が黒い魔力を纏う。
リゼットが短剣を構える。
「邪魔をするなら容赦はしない!」
男も拳を握り締める。
「なら、力ずくで止める」
「ミリア様!」
「うん!」
二人は同時に駆け出した。
◇
地下神殿。
ジークは天穹の核を抱え、笑っていた。
「すまねぇな、王子様」
バルドルは涙を流したまま、ジークを見上げている。
「これで俺たちは億万長者だ」
「僕……地上の人たちと仲良くできると思って……」
バルドルの声が震える。
「悪いなお前の純粋さを利用させてもらったぜ」
「……ひどいよ」
バルドルの頬を涙が伝う。
ジークの身体から、黒い魔力が噴き出した。
「それじゃあ、俺はそろそろトンズラするぜ」
懐から奇妙な道具を取り出す。
「あの魔女にもらった、こいつでな」
道具が黒く輝く。
「口封じだ」
次の瞬間。魔法陣が展開され、二体の異形が姿を現した。
「グオオオオオッ!!」
「……!」
バルドルが後ずさる。
魔物がゆっくりと近づいてくる。
「いや……」
バルドルは震えながら、両手を握り締めた。
涙が止まらない。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
◇
王宮。
「人間族だ!こいつらも王を狙っているのか!?」
巨人族がエギルとゼノンを見つけ、槍を構える。
「待て!おれたちは――」
エギルが声を上げた瞬間だった。
「グオオオオオオオオッ!!」
王宮の奥から、大量の魔物が押し寄せてきた。
「な、なんだこいつらは!?」
「迎え撃て!」
巨人族たちが応戦するが数が多すぎる。
ゼノンが手を地面へ向ける。
「『地裂大津波』!!」
大地が轟音を立てて隆起し、津波のように押し寄せ、魔物の群れを一気に吹き飛ばした。
「グオオオオッ!!」
魔物たちが次々と宙へ舞う。
「まだだ!」
エギルが剣を構える。
白い魔力が刀身へ収束していく。
「『白皇一閃』!!」
眩い斬撃が王宮を駆け抜け、残っていた魔物たちを次々と薙ぎ払う。
巨人族たちは呆然と二人を見つめる。
「人間族が……我々を助けた……?」
ゼノンは巨人族へ目線を向ける。
「困った時はお互い様だろ」
エギルが周囲を見渡す。
「このままではお前たちの国も、地上も危険だ」
巨人族たちは顔を見合わせる。
そして、一人が叫んだ。
「人間族よ、王子を助けてくれ!あの神殿に王子はいる!ここは我らで引き受ける!」
「……わかった!」
エギルとゼノンが頷く。
「行くぞ!」
◇
地下神殿。
ジークが魔物へ指を向ける。
「そいつを始末しろ」
「グオオオオオッ!!」
二体の魔物がバルドルへ襲いかかる。
「いや……!」
バルドルはその場に座り込み、頭を抱えた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
――ガキィィィン!!
「……え?」
バルドルが恐る恐る顔を上げる。
目の前に、巨大な魔力障壁が展開されていた。
「……間に合ったみてぇだな」
ゼノンだった。
その隣では、エギルがもう一体の魔物の攻撃を剣で受け止めている。
「ゼノン。あの男……魔族ではなさそうだな」
「ああ」
ゼノンが頷く。
「だが、おそらくやつが出した二体の魔物……この前の魔族にも引けを取らなそうだ」
バルドルは呆然と二人を見つめていた。
ゼノンが振り返る。
「おい、こいつ巨人族だろ?」
「ああ」
エギルが頷く。
ゼノンはバルドルへ視線を向ける。
「……悪かったな、人間族が」
エギルも静かに頷く。
「……あぁまったくだ」
二人が並び立つ。
「ここは任せろ」
そして、魔物へ向き直った。
「人間族同士――おれらが懲らしめてやる!」




