天空に燻る火種
レイクたちはバルドルの案内で、巨大な回廊を歩いていた。
壁も扉も天井も、すべてが巨人族の大きさに合わせて造られている。
レイクは物珍しそうに辺りを見回し、終始目を輝かせていた。
「なぁ、バルドル!この国って、いつからあるんだ?」
「ずっと昔からだよ」
「じゃあ巨人族って、ずっと空に住んでんのか?」
「……うん」
バルドルは少し表情を曇らせた。
「昔の巨人族は、地上で暮らしていたんだって」
「地上に?」
ミリアが驚いたように聞き返す。
バルドルはゆっくりと頷いた。
「うん。でも……僕たちは大きすぎたんだ」
「身体も大きいし、力も強い。普通に暮らしているだけでも、他の種族から怖がられていたんだって」
レイクは少し考える。
「まぁ……確かにデカいもんな」
「うん」
バルドルは苦笑した。
「やがて争いも起きて、僕たち巨人族も、地上の種族を警戒するようになって……」
バルドルは窓の外へ目を向けた。
そこから見えるのは、雲海と、その遥か下に広がる地上だった。
「……お互いに傷つけ合った末に、先祖はこの天空へ移り住んだんだよ」
「そうだったんだ……」
ミリアが呟く。
バルドルは少し寂しそうに笑った。
「でもさ、お前の父ちゃんは、地上の人たちを嫌ってないんだろ?」
レイクが口を挟む。
「うん」
バルドルは嬉しそうに頷いた。
「父上は、昔のことを理由に他種族を憎み続ける必要はないって言ってる」
「へぇ〜!いい王様じゃん」
レイクは感心したように頷く。
「うん。僕もそう思う」
バルドルは嬉しそうに笑った。
だが、その笑顔はすぐに少しだけ遠くを見るものへ変わった。
「……僕、いつか地上へ行ってみたいんだ」
「おう!行けばいいじゃん!」
レイクは即答した。
「……え?」
「だって、行きたいんだろ?」
「う、うん……」
バルドルは少し困ったように笑う。
「でも……父上は許してくれるかな」
「どうして?」
ミリアが尋ねる。
「巨人族は、地上の人たちからまだ怖がられてるから……」
バルドルが俯く。
「僕が地上へ行ったら、みんな怖がるかもしれない」
「でも、おれはバルドルのこと怖くねぇぞ?」
「……!」
バルドルが顔を上げる。
レイクは何でもないことのように笑っていた。
「バルドル、いいやつじゃん」
「……うん」
バルドルは嬉しそうに笑う。
「レイクは怖がらなかったね」
「当たり前だろ!おれだって巨人族を見るの初めてだったけど、すげぇなって思っただけだぞ!」
「あははっ!やっぱり、レイクっておもしろいね」
バルドルが笑う。
「そうか?」
「うん!」
二人は顔を見合わせ、笑った。
その様子を見ていたミリアも、思わず微笑む。
「ふふ……」
リゼットも静かに二人を見守っていた。
◇
その頃、アトラス城下町。
人通りの少ない路地裏に、数人の巨人族が集まっていた。
「……また人間族を城へ招いたらしいぞ」
「王は何を考えている」
「我々が地上を追われたことを、忘れたのか?」
巨人族たちの顔には、不満が滲んでいる。
その中でも、一際険しい顔をしている男がいた。
ガルド。
「忘れるものか……」
ガルドが低く呟く。
「奴らは我々を化け物と呼んだ。恐ろしいと言って、地上から追い出したのだ」
別の巨人達が吐き捨てるように言った。
「それなのに王は、人間族を城へ招き入れ、他種族と手を取り合えと言う」
「化神と呼ばれるほどの力を持つ王が、なぜ地上の奴らに歩み寄る?」
「我々は恐れられるほど強い。それこそが巨人族だ」
ガルドは静かに頷いた。
「我々は過去を忘れてはならない」
他の巨人族達も呼応するように頷く
「そうだ」
「地上の種族を信用してはならない」
その時だった。
「……随分と、王様にご不満みたいだな」
「誰だ!?」
巨人族たちが一斉に振り返る。
ガルドが見下ろすと、そこにはジークが立っていた。
「人間族か……そこで何をしている!」
ガルドが睨みつける。
「まあ落ち着けよ。おれはただの商人さ。たまたまあんたらの話を聞いただけだ」
ジークは肩をすくめ、薄ら笑いを浮かべる。
「ただ……お前たちの気持ちは分かるぜ」
ガルドが眉をひそめる。
「……何?」
ジークはゆっくりと歩み寄る。
「自分たちをここに追いやった連中と仲良くしろって言われたら、納得できねぇのも当然だろ」
巨人族たちが顔を見合わせる。
「貴様に何が分かる!」
「分かるさ。だから、あんたらにいいものを持ってきてやった」
ジークは懐から、黒い豆を取り出した。
「……豆?」
ガルドが怪訝そうに見る。
「ただの豆じゃねぇ」
ジークが黒豆を指先で砕く。
パキッ。
次の瞬間、砕かれた豆から黒い魔力が噴き出した。
「……!」
黒い魔力がジークの腕へ絡みつく。
禍々しい力が、蛇のように身体を這っていく。
「な……なんだ、この力は……!」
巨人族たちが息を呑む。
ジークは笑った。
「黒豆の力があれば、王にだって対抗できる」
ガルドが尋ねる。
「我々にも使えるのか?」
ジークは頷く。
「あぁ。だが……使い方を誤れば、その力は自身をも蝕む。それでも使うか?」
ガルドはしばらく黒豆を見つめていた。
「……構わん」
ガルドが黒豆を受け取る。
その瞬間、黒い魔力が、彼の巨大な手にまとわりついた。
「……!」
ガルドの目が見開かれる。
強い。今まで感じたことのないほどの力だった。
ジークは口元を吊り上げる。
「どう使うかは、お前たち次第だ」
そう言い残し、ジークはその場を去っていった。
残されたガルドは、黒い豆を見つめていた。
アトラスの片隅に、小さな火種が生まれた。
◇
城内。
バルドルは一つの大きな扉の前で足を止めた。
「ここが客室だよ!」
ギィィィ……。
扉が開く。
「うおぉぉぉ!?」
中へ入ったレイクが、目を輝かせる。
そこには、巨大なベッドに大きな机、椅子、棚など、どれも巨人族の大きさに合わせて作られている。
「すっげぇ!!ベッドでっけぇ!」
レイクが勢いよくベッドへ駆け寄る。
「これならおれが何人寝ても余裕だな!」
「レイクくん、そんなに寝るの……?」
ミリアが苦笑する。
リゼットも部屋を見回す。
「客室とはいえ、随分と立派ですね……」
「そうでしょう?ここは、お客さんが来た時のための部屋なんだ」
バルドルが嬉しそうに笑う。
「気に入ってくれたみたいでよかった」
「おう!すげぇ気に入った!」
レイクが笑う。
バルドルも満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ、僕は一度戻るね。何かあったら近くの兵士に声をかけて」
「わかった!」
「ありがとう、バルドルくん」
ミリアが礼を言う。
「ううん。僕の方こそ、今日はすごく楽しいよ」
バルドルは嬉しそうに笑った。
「また後でね!」
そう言って、バルドルは客室を後にした。
◇
レイクたちを客室へ案内したバルドルは、一人で廊下を歩いていた。
「ふふ、喜んでくれてよかったな」
一人で静かな回廊を歩くバルドルの足取りは軽い。
「……あれ?」
バルドルの前方から、二人の人間が歩いてくるのが見えた。
一人は穏やかな笑みを浮かべた女性。
その後ろには、鋭い目つきの大柄な男が付き従っている。
二人はバルドルの前で足を止めた。
穏やかな女性が一礼する。
「これは……バルドル王子」
バルドルが目を丸くする。
「君、地上の人間族?」
女性は柔らかく微笑む。
「ええ、私は地上から来た商人シンクです」
バルドルの目が輝く。
「本当に!?君も地上から来たの!?」
「はい」
シンクは頷く。
「先ほどの方々も、地上から来られたのでしょう?」
「うん!レイクたちだよ!」
バルドルは嬉しそうに頷く。
「すごく面白いんだ!」
バルドルは楽しそうに話し始める。
「人間族って、もっと怖いのかと思ってたけど、全然違った!」
「そうですか」
シンクは優しく微笑んだ。
「王子は、地上の種族に興味がおありなのですね」
「うん!僕、もっと地上のことを知りたいんだ!」
バルドルは即答する。
「それなら……私がお力になれるかもしれません」
「本当!?」
シンクは穏やかに語る。
「ええ。私は地上を旅してきました。人間族だけでなく、様々な種族を見てきています」
「すごい……!」
バルドルは目を輝かせる。
シンクはそんなバルドルを静かに見つめていた。
「実は……人間族と巨人族が、二度と争わないための古い誓いの儀式があるのです」
「そんなものがあるの?」
シンクは頷く。
「ええ。それには、この国を支える『天穹の核』の清らかな光が必要なのです」
「……天穹の核?」
「はい」
バルドルは少し考える。
「それがあれば……」
そして、目を輝かせた。
「僕の手で、国のみんなと地上の人たちを仲直りさせられるの……?」
「きっと、力になってくれるでしょう」
シンクは微笑む。
「その天穹の核は、どこにあるのでしょう?」
「地下の神殿だよ」
バルドルは何の疑いもなく答えた。
「父上が大切にしている場所なんだ!王族と一部の兵しか入れないんだよ」
「……なるほど」
シンクは静かに頷いた。
「教えてくれてありがとう、バルドル王子」
バルドルは笑う。
「ううん!僕こそ、地上のことを教えてもらえるなら嬉しいよ!」
「では、またいずれ」
「うん!またね!」
バルドルは笑顔で手を振り、その場を去っていった。
シンクは、その背中を静かに見送る。
やがてバルドルの姿が見えなくなる。
隣にいた男、グリムが口を開いた。
「……随分と簡単だったな」
シンクは答える。
「あぁ。」
ジークが暗がりから現れる。
「おう。どうだった?」
シンクが振り返る。
「天穹の核の場所がわかった。地下の神殿だ」
ジークが笑う。
「なるほどな」
シンクが静かに言う。
「ただ、神殿には強固な結界が張られており、王族と一部の兵しか立ち入れないようだ」
ジークがニヤリと笑う。
「場所は分かった。あとは――」
シンクが静かに続ける。
「手段ですね」
三人の間に、薄い笑みが浮かんだ。




