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巨人の王  

 アトラス。


 雲の上に広がる巨大な大地を、レイクたちはバルドルに案内されながら歩いていた。


「こっちだよ!」


 バルドルが振り返り、楽しそうに手を振る。


「おう!」


 レイクも大きく手を振り返す。


 巨大な街並みを抜け、しばらく進んだ先。


 そこには、雲の彼方までそびえ立つ巨大な城があった。


「……でけぇ」


 レイクが思わず呟く。


 城門だけでも学園の校舎ほどの大きさがある。


 内部へ入ると、さらにその規模に圧倒された。


 巨大な回廊。


 巨大な柱。


 何人もの巨人が並んで座れそうなほど大きなテーブル。


 壁には見たこともない紋章や武具が飾られている。


「うわぁ……」


 ミリアが目を丸くする。


「全部が大きい……」


「ふふっ。そうでしょう?」


 バルドルが嬉しそうに笑う。


「ここが僕たちの城なんだ」


 レイクが辺りを見回す。


「すげぇな!こんな城、地上にはねぇぞ!」


「本当?」


 レイクがニッと笑いながら答える。


「ああ!お前達の城すごいとこだよ!」


 バルドルは嬉しそうに頷いた。


「父上は厳格な人だけど、とても民思いの立派な王なんだよ」


「へぇ〜。会うのが楽しみだな!」


 レイクが笑った。


 やがてレイク達は、巨大な扉の前へと辿り着いた。


「ここが玉座の間だよ。開けるね」


 ギィィィィ……。


 重厚な扉がゆっくりと開いていく。


 その先には、巨大な玉座。


 そして、その玉座に腰掛ける一人の男がいた。


 人間とは比べ物にならないほど巨大な身体。


 ただそこに座っているだけなのに、空間そのものが押し潰されるような威圧感がある。


「……」


 レイクたちは思わず足を止めた。


 ミリアが息を呑む。


「……すごい……」


 玉座に腰掛けている男が口を開く。


「よく来た、人間族よ」


 低く重い声が響く。


「我が名はウドガル。巨人族の王である」


 リゼットは息を止め、目の前の男の名を聞いた途端、動けずにいた。


「っ……な……!?……まさか」


 その声は、僅かに震えていた。


「リゼット?」


 レイクが振り返る。


 リゼットは信じられないものを見るように、男を見つめている。


「……実在したのか」


 リゼットはゆっくりと口を開いた。


「巨人族の王にして――六大覇王が一人……」


「『化神ウドガル』」


 レイクが首を傾げる。


「ろくだいはおう?」


 リゼットはウドガルから目を離さないまま答えた。


「その気になれば、世界を滅ぼせる最強の六人だ」


「……世界を?」


 リゼットは真剣な表情で続ける。


「六大覇王は、互いが互いを抑止している。この世界の均衡を保つ――まさに神話の領域にいる者たち」


「…………」


 レイクは目の前の巨人を見上げる。


 その時、ジークが声を震わせながら言う。


「じゃ、じゃあおいら……ちょっとトイレ。漏れそうなんだ……」


 レイクが振り返る。


「え?おい、ジーク?」


「いやぁ、ちょっと急ぎなんだ」


 ジークは笑顔を浮かべながら、そそくさとその場を離れていく。


 レイクは首を傾げた。


「……?変なやつだな」


 ミリアも少し不思議そうにジークの背中を見送った。


 だが、ウドガルは何も言わず、レイクたちを見下ろしていた。


「……人間族が、なぜこの地へ来た」


 低く重い声。それだけで空気が震える。


 ミリアが息を呑む。


 リゼットも警戒するように身構えた。


 だが、レイクはいつもの調子で答えた。


「なぜってな〜。すげぇ豆の木が生えたからさ!おもしろそうだし登ってきた!」


「…………」


 玉座の間が静まり返る。


 ミリアがレイクに近寄り耳打ちをする。


「レイクくん……もう少し言い方があると思う……」


「ん?だって本当のことだろ?」


 レイクは首を傾げる。


 玉座の男はしばらくレイクを見つめていた。


「……ふむ」


 低い声が響く。


「して、あの豆の木の豆を地上へ植えたのはどの者だ?」


 レイクが自分を指差す。


「おれだけど?」


「ほぉ……」


 男の目が細くなる。


「どこで手に入れた」


「どこって……」


 レイクは首を傾げる。


「さっきトイレに行ったジークって商人に貰ったそら豆だよ。なんかわかんねーけど、あんなでかい木になったんで登って来てみたんだ」


「……!?」


 ウドガルの目がわずかに見開かれ、隣のバルドルも驚愕の声を上げた。


「……そら豆!?」


「そうそう。なんてことない普通のそら豆だったけどな」


 あっけらかんと笑うレイクに、ウドガルは深く息を吐き出した。


「そちらの言う『そら豆』と、我らの言う『天空豆』は違うものだ」


「……え?」


 その時。


 ズシーン……。


 一人の巨人兵が前へ進み出る。


「これを見よ」


 巨人兵が一枚の紙を差し出した。


 レイクが受け取る。


「なんだこれ?」


 ミリアとリゼットも横から覗き込む。


 紙には、豆の絵と文章が記されていた。


 ミリアが絵を見る。


「あ、この絵……昨日もらった豆とそっくりだよね。えーと……」


 ミリアが読み上げる。


「『巨人族が栽培する特殊な豆。地上を行き来する際に利用される。名前は――』」


 レイクが続きを読む。


「『天空豆』。へぇ〜、『てんくうまめ』なんてのがあるのか」


 ウドガルが重々しく告げた。


「それは『そらまめ』と読む」


「あ〜……そう、これでそらまめ……」


 レイクは適当に頷き――。


「…………」


 三人の目が、同時に点になった。


 レイクが紙を見つめる。


「これで……『天空豆(そらまめ)』……?」


「そうだ」


 レイク、ミリア、リゼットの三人が顔を見合わせる。


「えぇぇぇぇぇぇ!?」


 玉座の間に三人の声が響き渡った。


「ってことは、あれ、ただのそら豆じゃなくて『天空豆』!?」


 レイクが頭を抱える。


「なんだこのわかりにくい名前!?だいたい、なんでそんなものジークが持ってたんだ!」


「ジークさんも気づいてなかったみたいだったけど……」


 ミリアも困惑する。


 リゼットは感心したように豆の絵を見る。


「こんな代物が存在していたとはな……」


 バルドルが説明する。


「天空豆は地上で用がある時に使われるんだよ。世界会議とか、他種族との交流の時なんかにね」


「へぇ〜、そうなのか……」


 レイクが頷く。


「……あっ」


 その瞬間、レイクの脳裏に、昨日の出来事が蘇った。


 ――ポリッ。


 ――普通にうまいな。


 レイクの顔から、みるみる血の気が引いていく。


「あの〜……」


「どうした?」


 ウドガルが尋ねる。


「これ……もし食べてたら……どうなる?」


「口から生える」


 ウドガルは即答した。


 レイクの顔が引きつる。


「……はっ……はは……」


 引きつった笑いを浮かべ、ガタガタと震え出すレイク。


 リゼットが首を傾げる。


「? どうした、レイク」


 ミリアがハッとする。


「確かレイクくん、昨日……!」


 レイクは涙目で顔を引き攣らせ、呟いた。


「飢えた一粒以外……全部食っちゃった」


「…………」


 謁見の間が、完全に凍りついた。


 次の瞬間。


「おぇーーーーーーっ!!!!」


 次の瞬間、レイクは両手の指を喉の奥へ突っ込み、激しい嗚咽を上げた。


「吐いて!早く吐いてレイクくん!!」


 ミリアが慌てて駆け寄る。


 リゼットまで慌て始める。


「巨人族の皆様、離れてください!こいつの口から豆の木が飛び出します!!」


「おぇぇぇぇぇ!!」


 レイクは涙目でウドガルを見る。


「バルドルーーー!!王様ーーー!!誰でもいい!おれの腹を思いっきり殴ってくれーーー!!そして吐かせろーーーー!!!」


「え!?どうしましょう!?父上!」


 バルドルまで慌てふためく。


「しょーがない……」


 ミリアが覚悟を決める。


「ごめんね、レイクくん!」


「え?」


 ミリアが手をかざす。


「はぁぁぁぁ!!」


 魔力が収束する。


「ちょ、待――」


 ドーーーーン!!


「ぐおおおおおお!!」


 レイクの腹部に魔法が直撃する。


「……っう!」


 レイクが身体を折り曲げる。


「オロロロロロロロ!!」


「きゃあああああ!!」


 ミリアが思わず目を逸らす。


 リゼットも顔を背ける。


 玉座の間が一時、阿鼻叫喚となった。


 しかし。


「はっはっはっはっは!!」


 突然、ウドガルの豪快な笑い声が響いた。


 ウドガルは笑いながら言った。


「冗談だ」


「…………」


 レイクの顔が固まる。


「……先に言ってくんない?」


 ウドガルはさらに笑う。


「はっはっはっは!」


 ミリアがレイクへ駆け寄る。


「レイクくん、ごめん!痛くなかった?ごめんね!」


 ミリアが必死に背中をさすりながら謝り倒す。


 レイクは恨めしそうにミリアを見る。


「……死ぬかと思った」


「ご、ごめん……」


 そんな二人の様子を見ていたバルドルが、思わず吹き出した。


「ふふっ……!」


 ウドガルはレイクたちを見つめる。


 圧倒的な力を持つ王の表情から、先ほどまでの険しさが少しだけ薄れていた。


「まあ、よい。……だが、勝手な行動は許さんぞ」


 レイクが顔を上げる。


「事情は分かった。だが、ここは我ら巨人族の国。何者かも分からぬ者が勝手にうろつくのを許す訳にはいかん」


 ウドガルは静かに告げる。


「しばらくは城の客室で大人しくしておれ」


「えぇ〜……」


 レイクが不満そうな顔をする。


 すると、バルドルが勢いよく手を挙げた。


「じゃあ僕が案内するよ!」


 バルドルは嬉しそうにレイクたちを連れて玉座の間を出ていく。


「こっちだよ!」


「おう!」


 その背中を、ウドガルは静かに見送っていた。

◇

 ――その頃、城の奥深く。


 薄暗い地下回廊を、ジークが歩いていた。


「……ふぅ」


 先ほどまでの軽薄な笑顔はない。周囲を確認しながら、さらに奥へ進む。


「待たせたな」


「遅い」


 暗がりから姿を現したのは二人の男女。


 一人は穏やかな笑みを浮かべた女性だった。


 全身から、僅かに黒い魔力が滲み出ている。


 もう一人は鋭い目つきをした男。


「シンク、グリム」


 ジークが二人の名を呼ぶ。


「豆の木は?」


 シンクが尋ねる。


 ジークは笑う。


「予定通り生やしたぜ。」


「あとは?」


「準備はできている」


 シンクが黒い豆を取り出す。


「黒豆もな」


 グリムが不敵に笑う。


「なら、あとは計画通りだ」


 ジークはそう言って、遠くに見える巨人族の城へ目を向けた。


「天穹の核……必ず手に入れるぞ」


 その言葉に、シンクとグリムが頷いた。


 「だが、そのためには情報が足りない」


 シンクが呟いた。


「な〜に。心配ねぇ」


 ジークは口元を吊り上げる。


「いい案がある」


「……何だ?」


 ジークは先ほどまでいた玉座の間の方へ目を向けた。


 「バルドル王子だ」


 「あの王子がどうした?」


 「あいつは人間族を見た瞬間、目を輝かせてた」


 ジークは笑う。


 「他種族との交流に興味があるんだろう。だったら――利用できる」

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