天へと続く豆の木
「な、なんだぁぁぁぁぁ!?」
騎士学園中に、けたたましい叫び声が響き渡った。
「木……!?」
「なんだこの大きさは!?」
「昨日までこんなものなかったぞ!」
生徒たちが一斉に裏庭へ駆け出していく。
そこにあったのは――天へ向かってどこまでも伸びる、巨大な豆の木だった。
太い幹には無数のツルが絡みつき、校舎を遥かに越えて雲を突き抜けている。
先端は、もはや誰にも見えない。
その前で、腕を組んだエギルがレイクへ詰め寄った。
「レイク。これは一体どういうことだ」
レイクは頭を掻きながら、あっけらかんと答える。
「いや、昨日街の露店でもらったそら豆を植えただけだけど?」
「植えただけだと!?一夜で雲を突き抜ける豆の木が生えるわけがあるか!!」
「で、でもエギルさん……私も一緒にいたけど、もらった時は普通のそら豆に見えたよ?」
ミリアがそう言うと、レイクは木を見上げた。
「店の兄ちゃんが『植えて育てるのもおもしれぇ』って言ってたんだよな」
「これの何がおもしろいんだ……」
エギルが額を押さえる。
するとレイクが、ふと顔を上げた。
「そうだ!あの兄ちゃんに聞けば何かわかるかもな!」
レイクは豆の木を指差す。
「街へ行ってみようぜ!」
レイク、ミリア、リゼット、そしてエギルは学園の門へ向かった。
◇
四人が学園の門へ向かうと、門の外には、すでに大勢の人々が集まっていた。
「なんだあれは!?」
「学園から生えてるぞ!」
「一体、何が起きてるんだ!」
ラルクや他の教師たちが必死に人々を抑えている。
「押すな!学園内には入るな!」
「危険です!下がってください!」
「こりゃ大変だな……」
レイクが呟いた、その時――。
「……あ!」
人混みの中に、昨日の露店商を見つけた。
「おーい!昨日の兄ちゃん!」
レイクが駆け寄る。
「昨日のそら豆なんだけどさ!」
商人は巨大な豆の木を見上げる。
「あぁ……こりゃあ、また派手に育ったもんだ」
エギルが尋ねる。
「この豆を植えれば、こうなると知っていたのか?」
「まさか」
商人は首を横に振る。
「おれはただの商人だ。昨日、そこの兄ちゃんがたくさん買ってくれたから、おまけで何粒か渡しただけだよ」
「でも、そら豆って植えて育てるのもおもしろいって」
「ああ、そう言ったな」
商人は苦笑する。
「だが、まさかこんな代物になるとは思ってなかった」
ラルクが商人を見つめる。
「……あんた名前は?」
「ああ、そういや名乗ってなかったな」
商人は軽く笑った。
「おれはジークだ」
「ジーク……」
レイクが名前を繰り返す。
「おれはレイク!覚えたぜ」
「おう、そりゃどうも」
そこへ学園長が歩み寄る。
「ジークさん。少し詳しくお話を伺いたい」
「おれに?」
「ええ。あの豆の木についてです」
学園長は巨大な豆の木へ視線を向ける。
「学園長室まで来ていただけますか?」
「……ああ。構わねぇよ」
◇
学園長室。
学園長、ラルク、そしてジークが向かい合っていた。
「つまり、あなたはこの豆が何なのか知らなかったと?」
「ああ。本当に知らなかった。ただのそら豆だと思ってたんだがな」
ラルクが窓の外を見る。
「……ただの豆が、あんなものになるか?」
「おれに聞かれても困るって」
ジークは苦笑した。
「昨日、レイクくんに渡した時だって、そんなものになるとは思ってなかったよ」
学園長はしばらくジークを見つめた後、ため息をついた。
「……現状では原因が分かりません。幸い、木そのものに危険な反応は見られていない」
「では、どうします?」
「外には、学園の魔法実験によって発生したものと説明しましょう」
「魔法実験?」
「ええ。これ以上騒ぎが大きくなるより、その方がいいでしょう」
ラルクがジークを見る。
「何か思い出したことがあれば、すぐに知らせろ」
「ああ。わかったよ」
ジークは笑顔で答えた。
◇
学園の裏庭。
騒ぎが一段落した後も、レイクたちは巨大な豆の木を眺めていた。
「……すげぇ」
レイクの視線は、雲の向こうへ伸びる木に釘付けになっている。
「なぁ、ミリア」
「なに?」
「あの先に、何があるんかな」
「雲の上?」
「おう。行ったことねぇよな?」
「確かに……」
その時、背後から声がした
「そうだろ?」
振り返ると、ジークが豆の木を見上げていた。
「気になるよなぁ。あの先に何があるのか」
「だよな!」
レイクの目が輝く。
「やっぱ登ってみるか!」
「えっ!?」
ミリアが目を丸くする。
「レイクくん、本気?」
「もちろん!」
レイクはさっそく木へ手をかけた。
「こんな面白そうなもん、登らない方がもったいねぇだろ!」
「私も行きます!」
リゼットも続く。
「ミリア様のお供をするのが私の役目です!」
「えぇ……」
ミリアは困ったように笑った。
「じゃあ……私も行く」
ジークも木へ手をかける。
「俺も付き合うぜ」
「よっしゃ!」
こうして、レイク、ミリア、リゼット、ジークの四人は、巨大な豆の木を登り始めた。
◇
豆の木のツルは幾重にも絡み合い、巨大な螺旋階段のように空へ伸びていた。
家ほどもある葉が足場となり、まるで巨大な緑の回廊だ。
「うおぉぉぉー! すっげぇ! 枝が道になってんぞ!」
レイクはツルを軽々と跳び越え、ぐんぐん高度を上げていく。
「きゃっ……! た、高い……!」
一方、ミリアは眼下の学園や街並みを見て足をすくませていた。
「ミリア様、ご安心ください!」
リゼットがミリアを支える。
「ありがとう、リゼット……」
その後ろでは、ジークが息を切らしながらも周囲へ視線を巡らせていた。
「はぁ……はぁ……こいつは……思ったよりキツいな……」
「ジーク、大丈夫か?」
レイクが上から声をかける。
「ああ!問題ねぇ!」
ジークは笑って答えた。
「それより、もっと上だ!」
「おう!」
どれほど登っただろう。
やがて、前方に白い雲が迫ってきた。
「雲だ!」
レイクが勢いよく登っていく。
四人の身体が、真っ白な雲の中へ入った。
「わっ……!」
視界が一瞬で白く染まる。
それでも豆の木は、さらに上へと伸びていた。
「ミリア様、足元にお気をつけください!」
「う、うん……!」
そして――。
「……!」
突然、目の前が開けた。
四人が雲を抜ける。
そこに広がっていたのは――。
遥か彼方まで続く、巨大な天空の大地。
山々がそびえ、森が広がり、巨大な建造物が立ち並んでいる。
まるで、空そのものに一つの国が浮かんでいるようだった。
「す……すげぇ……」
レイクが目を輝かせる。
「これ……全部、空の上なの……?」
ミリアも呆然と呟いた。
豆の木の最後のツルは、そのまま天空の大地へと伸びている。
「ここが……頂上か」
ジークが呟く。
「よし!」
レイクが勢いよく飛び降りる。
ドンッ!
天空の大地へ着地した。
「……本当に、雲の上なんだ」
ミリアも恐る恐るツルを降りる。
リゼット、そして最後にジークも大地へ降り立った。
その時――。
ドシィィィン!!
「――!?」
地面が大きく揺れた。
「な、なんだ!?」
レイクが振り返る。
ドシン。
ドシン。
巨大な足音が近づいてくる。
雲の向こうから姿を現したのは――。
人間の何倍もの巨体を持つ、巨大な種族だった。
「巨人……!?」
ミリアが息を呑む。
巨人は四人を見下ろし、驚いたように目を見開いた。
「人間族……何者だ、小人ども」
雷鳴のような声が響き、空気が震える。
「ミリア様、お下がりを!」
リゼットが瞬時に短剣を抜き、ミリアの前に立ちはだかる。
その緊迫した空気の中——。
「待って! 武器を引いて!」
巨人の背後から、澄んだ声が響いた。
一人の少年が駆けてきた。
巨人と比べれば小さい。だが、人間よりは遥かに大きい。
「バルドル王子、危険です!」
巨人の戦士が制止する。
しかし少年は、レイクたちから目を離さなかった。
「人間族……?本当に人間族なの……?」
少年の瞳が、まるで宝物を見つけた子供のように輝く。
一方、レイクの目も輝く。
「お前たち……巨人族なのか!?」
「う、うん!」
少年は嬉しそうに頷く。
レイクも笑顔を浮かべた。
「おれはレイク!」
「レイク……?」
「そう!お前は?」
少年は嬉しそうに笑う。
「僕はバルドル!」
「バルドルか!よろしくな!」
「うん!」
二人は互いに目を輝かせる。
「人間って、本当に小さいんだね!初めて見たよ!」
「お前がデカすぎるんだよ!おれも初めて見たぜ巨人族!すげーな!」
バルドルが楽しそうに笑う。
レイクも笑った。
そんな二人を、ミリアは微笑ましそうに見つめる。
「ふふ……」
リゼットも驚いたように呟いた。
「まさか、初対面でここまで打ち解けるとは……」
だが、周囲の巨人兵たちは警戒を解かない。
「バルドル王子、油断は禁物です。他種族がこの地に現れるなど、不吉極まりない」
「大丈夫だよ。この人たちから悪意は感じないもの」
バルドルは巨人兵をなだめ、レイクたちに向き直った。
「父上に報告しよう。僕の父は、この国の王なんだ」
「へぇ、お前んちの父ちゃん、王様なのか!」
そして、バルドルはレイクへ笑いかける。
「うん!一緒に行こう!」
「おう!」
レイクは迷うことなく頷いた。
「……って!ちょっと待ってレイクくん!」
ミリアが慌てて声を上げる。
「そんな簡単について行って大丈夫なの?」
レイクが振り返る。
「だって、バルドルはいいやつそうじゃん」
「それは……そうだけど……」
ミリアが困ったようにバルドルを見る。
リゼットも周囲の巨人たちへ視線を走らせる。
「ミリア様。念のため警戒はしておいた方がよろしいかと」
「うん……」
するとバルドルが申し訳なさそうに口を開いた。
「ご、ごめん……。怖がらせるつもりはないんだ。ただ、父上に君達がここにいる理由を聞かせた方がいいと思って」
バルドルの様子を見てミリアは小さく笑った。
「こちらこそ疑ってごめんなさい。案内してもらってもいいかな?」
「もちろん!」
バルドルが嬉しそうに笑う。
「ミリア様……!?」
ミリアはリゼットへ目を向ける。
「大丈夫。レイクくんが言う通り信じていいと思う」
レイクはニッと笑った。
「よし!行くか!」
四人はバルドルたちについて歩き始める。
雲の上に広がる街並み。
建物も木々も、すべてが巨大だった。
そして遠くには、巨大な城がそびえ立っている。
「すげぇな……街も城も、ぜんぶデッカいぞ……!」
「こんな場所が、本当に空の上にあったなんて……」
レイクとミリアが驚く中、リゼットは周囲の建造物に刻まれた古代の紋章へ目を留めた。
「……まさか」
レイクが振り返る。
「ん?どうした、リゼット?」
リゼットは遠くを見つめたまま呟く。
「……伝承で聞いたことがある」
「伝承?」
ミリアが尋ねる。
リゼットはゆっくりと頷いた。
「はい。天を守る巨人たちの国がある、という言い伝えです」
リゼットは天空の大地を見つめた。
「その国の名は――」
「『アトラス』」
――巨人族の国、アトラス。




