歓迎会とそら豆
リゼットが入学してから数週間。
別授業にも慣れ、最初は食堂で机に突っ伏していた彼女も、少しずつ体力をつけていった。
ある日の昼休み、ミリアがレイクへ声をかけた。
「ねぇ、レイクくん。リゼットの歓迎会……まだしてないよね?」
レイクが目を丸くする。
「……あ〜そういやそうだな」
ミリアが呟く。
「せっかく来てくれたんだし、何かしてあげたいな」
「お、いいじゃん!」
レイクが笑う。
レイクはエギルとゼノンにも声を掛ける。
エギルが微笑みながら言う。
「悪くないな……エストレアではあいつに世話になったことだしな」
ゼノンも頷く。
「あぁ。それに別授業で参ってる頃だろ。いい息抜きの機会になるかもな」
「じゃあ決まり!今度のお休みに街に買い出しに行こ!」
ミリアが楽しそうに笑った。
「でも、リゼットには内緒ね」
「おう!」
◇
休日。
四人は街へ出ていた。
ゼノンがミリアへ尋ねる。
「古い仲なんだろ?リゼットの好きなものや喜びそうなものはなんだ?」
「うーん……」
ミリアは少し考える。
「なんでも喜ぶと思うけど」
レイクが腕を頭の後ろで組む。
「リゼットって、ミリア様、ミリア様って口癖みてぇに言ってるだろ?」
冗談混じりにニヤリと笑ってレイクは続ける。
「じゃあ、ミリアでいいんじゃねーの?プレゼントは私、みたいな」
ミリアが呆れたように笑う。
「も〜う。ちゃんと考えてよ〜」
エギルが眉をひそめる。
「まったくだ。下品なやつめ。こんな時に下ネタとは」
レイクがピタッと止まり振り返る。
「え?下ネタ?なんで?」
ヘラヘラしながら首をかしげるレイクに、エギルの顔が引きつり顔を赤くした。
「……くっ!なんの話だ」
レイクがニヤリと悪魔のように口角をあげる。
「え?だって今のどこが下ネタ?君以外普通に会話してたんだけど……何を想像しちゃったの?ねぇ〜?エギル坊ちゃんってもしかしてそういう趣味?意外とムッツリなんだな〜」
「貴様ぁぁぁ!!そこに直れ!!叩き切ってくれる!!」
エギルが顔を真っ赤にし腰の剣に手をかけ怒鳴る。
ミリアが慌てる。
「エギルさん!落ち着いて!い、色んな趣味があると思うし!私はその……すごくいいと思うよ!」
「いや、ミリア。それ、なんのフォローにもなってねぇぞ」
レイクが苦笑いし呟いた。
ゼノンが首を傾げる。
「なんだ?いまいち付いていけてねーんだか」
レイクがゼノンの肩へ手を置く。
「あ〜、要はさゼノン、そういうあれがあるんだよ。なにがなんだか、立ち上がるあれがさ〜」
ゼノンが首を傾げる
「……なんだ?」
レイクが何かを思いついたように顔を輝かせる。
「そうだ!せっかく街だしな!後でそういうシュチュエーションの本が売ってるとこ探そうぜ!」
「目的が変わっているではないか!!」
エギルが絶叫する。
「断じて違う!おれは騎士だ!そんな趣味はない!!」
ゼノンは頷く。
「そうか。まぁいい。後でゆっくり聞かせてくれ」
「何を聞かせろというのだ!!」
ゼノンが怒鳴り散らした。
ミリアが頭を抱える。
「もう!みんな、リゼットの歓迎会の準備だよ!このままじゃ日が暮れちゃう!」
言い合うレイク達をミリアが静止した。
◇
しばらくして。
買い物を続けているうちに、エギルとゼノンは別の店へ向かうことになった。
「じゃあ、おれたちはあっちを見てくる」
ゼノンが言う。
エギルも頷く。
「レイク、ミリア。そちらは頼んだぞ」
「おう、任せろ!」
こうして、レイクとミリアはエギル、ゼノンと二手に別れ、買い出しを進めた。
「次で最後かな」
ミリアが買い物リストを確認し言った。
レイクは買ったものを袋に詰め、肩にかけながら言う。
「よし!そんじゃサクッと終わらそうぜ!」
二人が歩いていくと、通りの一角に野菜や肉、果物などを並べた露店があった。
「いらっしゃい!」
若い店主の男が声をかける。
「おっ、ちょうどいいじゃん!肉あるぞ!」
レイクが足を止める。
「本当だ!歓迎会のお料理にピッタリだね」
二人は店先に並んだ商品を眺める。
「兄ちゃん、これとこれ!」
「はいよ!」
レイクが次々と商品を指差していく。
「あと、この肉も!」
「毎度あり!」
店主は笑いながら商品を包んでいく。
「結構買ったね」
ミリアが袋を覗き込む。
「これだけあれば、リゼットも喜ぶだろ」
「うん!」
店主が商品をまとめ終える。
「はい、全部でこれくらいだ」
「おう!」
レイクが代金を支払う。
「毎度あり!」
店主は商品を渡す。
「あ、そうだ」
店主が何かを思い出したように、店の隅に置いてあった小さな袋へ手を伸ばした。
「これ、持ってきな」
「ん?」
レイクが受け取る。
「豆?」
手のひらには、小さな豆が数粒。
「そら豆だよ」
「そら豆?」
「ああ。たくさん買ってくれたおまけだ」
店主は笑う。
「おっ!ありがとな!」
レイクは嬉しそうに豆を眺めると――
「……これ、食えるのか?」
「もちろんだ」
「じゃあ……」
レイクは一粒をつまみ、そのまま口へ放り込んだ。
「ポリッ」
レイクはしばらく噛んでから、うん、と頷く。
「普通にうめぇな」
ミリアも覗き込む。
「普通の豆に見えるけど……」
「お嬢ちゃんわかってねーな〜」
店主がやれやれという顔をした後、ニヤリと笑って言う。
「そら豆ってのは、植えて育てるのもおもしれぇのよ!」
店主が楽しげに言った。
「へぇ〜そういうものなんだ」
ミリアが感心し呟いた。
レイクの目が輝く。
「おー!なんかすげー!よし!じゃあ、植えてみるか!」
レイクは豆を大切そうにしまった。
「そんじゃ、兄ちゃんありがとな!」
「おう!また来てくれ!」
二人は店を後にする。
「思ったより早く片付いたな!リゼット喜んでくれるといいな!」
二人は楽しげに並んで歩いていた。
ふと、ミリアが露店の前で足を止めた。
「……あ」
そこには、様々なアクセサリーが並んでいた。
「……どうした?
ミリアは答えず、露店に並んだアクセサリーを見つめていた。
「……」
レイクはミリアの視線を追う。
そして何かに気づいたように小さく笑った。
「よし!ちょっと寄り道すっか!」
「……え?」
ミリアが呆気に取られてる間にレイクは露店の前で座り込んだ。
「せっかくだしな!ちょっとくらいいいだろ」
「……うん」
ミリアは微笑みレイクの隣りに座り込んだ。
ミリアの目に、一つのネックレスが留まる。
白い花を模した、小さな飾り。
「これ……可愛い」
「どれどれ?」
レイクが覗き込む。
「これか?」
「うん」
ミリアがネックレスを手に取る。
「綺麗だね」
「そうだな」
レイクはそれを受け取ると、何気なくミリアへ向き直った。
「ちょっとじっとしてろ」
「え?」
レイクはネックレスをミリアの首元へ回す。
「……ふぇっ!」
ミリアの身体が固まった。胸の鼓動が早くなる。
カチッ。
留め具が閉じる。
レイクは少し離れて眺めた。
「お!」
ニッと笑う。
「いいじゃん!似合ってる!」
「……!」
ミリアの頬が赤くなり、つい前髪をいじる。
「そ、そう……?」
「ああ!」
レイクは満足そうに頷く。
「これにしようぜ」
「え?」
レイクは店主のおばさんへ向き直った。
「おばちゃん、これいくら?」
「えっとね――」
「じゃ、これで」
「ちょ、ちょっと待って!」
ミリアが慌てる。
「レイクくん、私――」
「ん?」
「これ……」
レイクは笑う。
「いいって!似合ってんだからさ」
「……!」
ミリアは言葉を失った。
そして、小さく笑う。
「……ありがとう!大切にするね」
「おう!」
レイクはいつもの笑顔だった。
ミリアは胸元のネックレスへ、そっと触れた。
「……えへへ」
「どうした?」
「ううん。なんでもない」
二人は再び歩き始めた。
◇
――その日の夜。
「ほら!リゼットこっち」
ミリアがリゼットの手を引いて部屋へ入ってくる。
「ミリア様、一体何用で――」
「……!」
リゼットの目に入ったのはテーブルにたくさん並べられた料理だった。
「……ミリア様……これは?」
ミリアが微笑みながら言う。
「リゼットの歓迎会!これからもよろしくね」
「えっ……私のために……?」
リゼットは驚いていた。
「もちろん!」
ミリアが笑う。
「ミリア様……!ありがとうございます!」
「そんじゃ!乾杯!」
「「「乾杯!」」」
リゼットは嬉しそうに料理を頬張る。
「ミリア様!私のために……これからもずっとお側にいさせてください」
ミリアが笑う。
「うん!喜んでもらえてよかった。みんなも手伝ってくれたんだよ」
エギルが口を開く。
「エストレアでは世話になったからな。その礼だ」
ゼノンが続ける。
「特訓ばかりできついだろ。たまにはこういうのもな」
レイクがニカっと笑いリゼットへ言った、
「リゼット!改めてよろしくな!」
リゼットが小さく笑った。
「ふふ……お前らにもこのような粋なことができたとはな」
「ありがとう。感謝する」
その夜。
騎士学園には、久しぶりに穏やかな笑い声が響いていた。
◇
学園の裏庭。
歓迎会を終えてレイクは学園の裏庭で夜空を見ていた。
「さて……」
レイクは露店でもらった小さな豆を手のひらで転がしていた。
「せっかくだし、植えてみるか」
レイクは地面に小さな穴を掘り豆を入れて土をかぶせる。
「よし」
パンパン、と手を叩く。
「ちゃんと植えたぞ!」
そのまま寮へ戻っていった。
――そして。
◇
翌朝。
ドォォォォォォォォン!!!
「な、なんだぁぁぁぁぁ!?」
学園中に叫び声が響き渡った。
生徒たちが一斉に外へ飛び出す。
「なんだこれ!?」
「木……!?」
「でかすぎるだろ!!」
学園の裏庭。
そこには天へ向かって、どこまでも伸び続ける巨大な豆の木があった。
「なんだこれ……」
ゼノンが呆然と見上げる。
エギルは絶句している。
「……」
その隣で、レイクは頭を掻いた。
「……おれ、ちゃんと植えたぞ?」
「誰がこんなものを植えろと言った!!」
エギルの怒号が、朝の学園に響き渡った。
空へ伸びる巨大な豆の木の先は、雲の彼方へと消えていた。




