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エストレアの夜明け

 玉座の間。


 光が視界を覆い尽くし、禍々しい茨が消え去っていく。


「ミリアの中の光が……呪いを……凌駕して……消した……!?」


 マルフィアが、信じられないものを見る目で顔を歪めた。


 ミリアを抱きかかえていたレイクは床へ降り立つ。


 ミリアが、ふとレイクの身体へ視線を落とす。


「……!」


 血に濡れたレイクの全身を見てミリアの表情が変わる。


「レイクくん……そのケガ……」


「え?あー……」


 レイクは、あっけらかんとした態度で頭を掻いた。


「気にすんな!さっき、そこの階段で転げ落ちただけだ」


「…………」


 ミリアは呆然とレイクを見る。


「レイクくん……」


 レイクはニッと笑った。


「遅くなって悪かったな!誘拐されっぱなしじゃ後味悪いからな、誘拐仕返しに来てやった!」


 その言葉に、ミリアの胸がぎゅっと締め付けられる。

 ミリアは頬を赤らめ、愛おしそうに目を細めた。


「もうっ……!」


 レイクは抱きかかえていたミリアをゆっくりと床へ下ろす。


「さて……」


 レイクは表情を一変させ、マルフィアへ鋭い視線を向ける。


「おい、ババア。てめぇには、借り返さねぇとな」


「ババ……!!」


 マルフィアの顔が引きつる。


「フン!そのケガで調子に乗ってられるのも――」


「調子に乗ってられるのも?」


 その言葉を遮るように、凛とした声が響いた。


「誰が言っているのかしら?」


 開かれた扉の先から姿を現したのは――エストレア王国の国王と王妃だった。


「お父様……」


「お母様……」


 ミリアの目が大きく見開かれる。


 国王はミリアを真っ直ぐ見つめた。


「すまなかったな、ミリア」


 その声には、深い後悔が滲んでいた。


「無事でよかった」


 王妃も静かに歩み寄る。


「ミリア……」


 王妃の瞳には涙が浮かんでいた。


「辛い思いばかりさせて……ごめんなさい」


「お母様……」


 ミリアが二人を見つめる。


 その時――。


「レイク!ミリア!」


 廊下から声が響く。


 エギルが駆け込んできた。


「無事か!」


 レイクは笑顔で手を上げる。


「おう!」こっちは大丈夫だ!エギル坊ちゃん!」


「坊ちゃんをつけるな!!」


 いつものようにエギルが怒鳴る。


 続いて――。


「お前ら!」


 ゼノンも合流し、レイクの凄まじい全身の傷に目を見張る。


「すげー怪我だな。お前、本当に大丈夫か?」


「え、全然だいじょばない。超痛い」


 ヘラヘラと笑いながら言うレイクに、ミリアが苦笑いを漏らした。


「レイクくん、表情と言動が全く合ってないよ……」


 その時――。


「お前ら、無事か!!」


 さらにラルクが駆け込んできた。


 その隣には、ガルディオの姿もある。


 ラルクはレイクたちを見るなり、目を見開いた。


「……レイク……その怪我……」


 ラルクは言葉を失う。


 だが言葉を呑み込み。すぐに口元を緩めた。


「……お前ら、よくやった」


 レイク、エギル、ゼノンの三人は、顔を見合わせてニッと笑い合った。


「ミリア様、ご無事で何よりです」


「お力になれず、申し訳ございません」


 黒薔薇六傑たちも集まり、膝をつく。


 ミリアは首を横に振る。


「そんな……皆さんが無事でよかったです」


 その時――。


「ミリア様ーー!!」


 廊下から、凄まじい勢いでリゼットが駆け込んできた。


「リゼット!」


 ミリアが嬉しそうに笑う。


「リゼット、久し――」


「お怪我はありませんか!? お召し物に汚れは!? 体調は!?」


「え……あの……」


 勢いに押され困惑するミリアを余所に、リゼットは猛然とレイクへ振り向いた。


「おい、レイク!ちゃんとお守りしないか!」


 突然振られたレイクが目を丸くし自分の身体を指差す。


「え!? おれ!?てか、だいぶお守りした方だろ!?」


「あの……リゼット……」


 ミリアが苦笑いを浮かべリゼットに声をかける。


「見ろ!ミリア様が戸惑っておられるぞ! お前がしっかりしないか!」


「いや、お前のせいで戸惑ってんだよ!」

 レイクが語気を強めて言い返す。


 その様子を見ていたゼノンが、ぽつりと呟く。


「意外だな。リゼットのやつ、ミリアの前ではあぁなのか」


 エギルが呆れたように息を吐く。


「緊張感のないやつらだ……」


 ミリアは思わず笑った。


「ふふ……」


 その笑顔には、もう、以前のような怯えた様子はなかった。


 やがて、大広間には国中の兵、そして周辺各国からの援軍が雪崩れ込んできた。


 圧倒的な包囲網に、マルフィアの顔が醜く歪む。


「揃いも揃って……ゾロゾロと……!!」


 国王が毅然とした態度で威厳ある声を張り上げた。


「観念するんだな――いばらの魔女、マルフィアよ」


 国王は手を掲げ、鋭い眼差しで、マルフィアを見据える。


「エストレア王の名のもとに、この国を乗っ取り、我が愛する娘を呪った忌まわしき魔女、マルフィアを捕らえよ!!」


「「「はっ!!!」」」


 兵たちが一斉に動き出す。


 その中から、セレナードが一歩前へ出た。


「年貢の納め時よ!マルフィア!」


「……ッ!」


 マルフィアは爪を噛み、身体を震わせる。


「忌々しい……!クソ……クソクソクソクソクソ……!!」


 マルフィアは憎悪に満ちた瞳で、レイクたちを睨みつけた。


「覚えておくといいよ……!この私が……」


 口元を歪める。


「あのお方が――このままで終わらせると思わないことね!!」


 ドロリ……!


 激しい黒い靄がマルフィアを覆い尽くす!


「なっ!?逃げる気か!」


 ラルクが叫ぶ。


「待て!!」


 ラルクとガルディオが同時に飛び出す。


 シャギィィィン!!


 二人の鋭い一閃が黒靄を切り裂く――だが、そこにすでにマルフィアの姿はなかった。


 ガルディオが舌打ちする。


「クソ……!逃したか!」


 拳を握り締める。


「やつだけは……!」


 その肩へ、ラルクが手を置いた。


「まだ機会はある。それまで、牙を磨こう」


「……ああ」


 ガルディオは頷いた。


 こうして、エストレア王国は長きにわたるマルフィアの暗雲から、ついに晴れて解放されたのだった。


 国王がミリアへ歩み寄り、深く頭を下げた。

「ミリア……今まで本当にすまなかった。」


 その声が震える。


「愛する娘を……私は守ることができなかった」


「お父様……」


 ミリアは静かに父を見つめた。


 そこへ、ラルクが問いかける。


「一体、いつからマルフィアに操られていたのですか?」


 国王はゆっくりと口を開いた。


「やつが城へ来て、わずか数年ほど経った頃だ」


「数年……」


「ああ」


 国王は苦しげに目を伏せる。


「やつが多くの者から信頼を得るには、十分な年月だった」


「そして……ミリアの呪いに気づいた私を、やつは放っておかなかった」


「周辺国へ助けを求められれば、やつの計画は頓挫する。そう考えたのだろう」


 エギルが口を開く。


「では……ここ十年ほどは、やつの思うがまだったというわけか」


王妃が切なそうに言葉を重ねた


「ミリアは、生まれた時から聖女級の魔力を秘めていると言われていました」


「マルフィアは……それに目をつけたのでしょう」


 王妃はミリアを見る。


「そして、それにいち早く気づいた国王を操り、私たちに悟られぬよう、長い年月をかけて動いていたのです」


「私たちが気づいた時には……もう遅かった」


 王妃は胸元に手を当てる。


「せめて、呪いを制御できれば……そして、マルフィアから逃がすことができれば」


 王妃はレイクたちへ視線を向ける。


「そう判断し、私たちはあなたたち騎士学園に娘を託したのです」


「なるほど……そういうご事情がおありでしたか」


 ラルクが納得したように頷いた。


 ゼノンがミリアへ尋ねる。


「それで……呪いってのは結局どうなったんだ?」


 ミリアは少しだけ俯いた。


「多分……もう、ないと思う。マルフィアがそう言ってたの」


 そして、レイクを見る。


「レイクくんが来てくれなかったら……私は魔族にされてた」


 ミリアは微笑む。


「ありがとう」


「おう!よかったな!」


 レイクは嬉しそうに答え、続ける。


「でも、ちょっと違うぞミリア」


「え?」


 ミリアが首を傾げた。


「だってほら。マルフィアが言ってたろ。ミリアの光が上回ったとかなんとか」


「お前の力で消したんだ。」


 レイクはニッと笑い言った。


「……うん!」


 ミリアは微笑み頷いた。


 そして、国王がレイクたちへ向き直った。


「ミリアの学友たち。そして、その教諭よ」


 王と王妃が並ぶ。


「此度は、このエストレア王国を救ってくれたこと。国を代表して、礼を言わせてくれ」


 国王と王妃は深く頭を下げた。


「ありがとう」


「……」


 レイクたちは顔を見合わせた。


 やがて、レイクが口を開く。


「いや、別に、おれらこの国を救いに来たわけじゃねーよ」


「……?」


 国王と王妃が目を丸くする。


 レイクはニッと笑った。


「仲間が困ってんの、助けに来ただけだ!」


「……!」


 ミリアの瞳が大きく開く。


「フフフ……」


 王妃は思わず口元に手を当てて微笑んだ。


 国王もまた、穏やかな笑みを浮かべる。


「そうか」


 そして、娘を見る。


「ミリア、良き友を持ったな」


 ミリアは笑顔で頷いた。


「はいっ!」


 その笑顔を見て、レイクも、エギルも、ゼノンも笑った。


 こうして、無事にミリアの呪いは解き放たれ、王国に本当の平和が戻った


 王宮の外では、朝日がゆっくりと昇り始めていた。

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