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自分のために

 玉座の間。


 黒いいばらに覆われた空間の中で、レイクはミリアを包み込む繭を見つめていた。


「……ミリア!待ってろ」


 レイクは、拳を握り締め、繭へ向かって駆け出した。


 ブォン!!


 巨大ないばらが、レイク目掛けて襲いかかる。


「っ!!」


 レイクは身体を捻ってかわした。


 しかし、いばらは一本ではない。左右、そして頭上から次々と襲いかかってくる。


「ミリア!!」


 レイクは構わず前へ進む。


 繭へ近づくほど、いばらの数は増えていった。


 まるで、ミリアを守ろうとしているかのように。


 迫り来るいばらを、必死にかわしていく。


 しかし――。


 ズドン!!


「ぐあっ!!」


 巨大ないばらがレイクを弾き飛ばした。


 ドォン!!


 レイクの身体が壁へ叩きつけられる。


「ぐっ……!」


 それでも、レイクは立ち上がろうとする。


「……まだだ」


 レイクは繭を睨む。


「まだ……終わってねぇ……!」


 その姿を見ていた王子や衛兵達が、次々と言葉を漏らす。


「……あれが、ミリアの力なのか」


「恐ろしい……」


「やはり……化け物なんだ」


「……!」


 レイクの眉がピクリと動いた。


「いばら姫は……化け物だ!」


 レイクが叫ぶ。


「……黙ってろ!!!」


 玉座の間に怒号が響き渡った。


「気が散って仕方ねぇんだよ!!」


「ただ見てるだけで、何もやらねぇ……!」


「あいつが苦しんでる時も、立ち向かってる時も、何もしなかったくせに!!」


 玉座の間が静まり返った。


 レイクは王子や衛兵達を睨みつけた。


「てめぇらなんぞに……あいつを語って欲しくねぇんだよ!!!」


 レイクは、ゆっくりとマルフィアへ視線を向ける。


「……あと、マルフィアつったか」


「……?」


「お前、ミリアが魔族になるだのなんだの、勝手に抜かしてんじゃねーよ」


 マルフィアは呆れたように笑う。


「……大層なことを言うのは勝手だけどねぇ。お前に何ができるっていうんだい?」


 マルフィアは杖を掲げる。


「呪いは止まらない、抗うこともできない」


「ミリアは魔族になる以外、ないんだよ」


 レイクは鼻で笑った。


「……わかんねーやつだな。知らねーようだから、教えてやるよ」


 レイクは繭を見上げた。


「何になるかなんてのは、他人には決められねぇんだよ」


「……!」


「どんだけ操ろうが、どんだけ道作ろうが、選ぶのは、結局そいつだ」


 レイクの手のひらに魔力が練り上げられる。


「自分がどうなるかは――」


 レイクの瞳に、強い光が宿る。


「自分にしか決められねぇんだよ!!」


 ゴォォォォ……!!


 レイクの周囲を、凄まじい魔力が包み込む。


「……!」


 マルフィアの表情が変わった。


 レイクが手のひらを天に掲げる。


「『地獄の轟炎(インフェルノ・バースト)』!!」


 ドーーーーーーーーン!!!!


 レイクの手のひらの巨大な轟炎が現れ、その熱で周囲の黒いいばらを焼き払う。


「なっ……!?」


 マルフィアが目を見開く。


 その炎を見た瞬間、マルフィアの脳裏に、かつて自分たちを圧倒した者たちの姿が蘇った。


「あのお方……賢者マーリン……そして、メドロード……」


「なぜ……あんなガキが……」


 マルフィアの表情が歪む。


「まさか……メドロードの差金か……!」


「いけぇーーーー!!!」


 レイクはいばらに向けて放つ。


 ドカーーーーーーーン!!!


 黒いいばらが次々と焼き払われていく。


 しかし


 ズズズズズ……。


 いばらが再生していく。


 レイクはそれを見てニッと笑った。


「……十分だ!」


 レイクは再び繭へ向かって駆け出した。


 襲い来るいばらをかわし、時には腕で弾きながら、体に傷がつこうと、ただ前へ進む。


 しかし――。


 ズドン!!


「ぐあっ!!」


 巨大ないばらがレイクを弾き飛ばした。


 ドォン!!


 壁へ叩きつけられたレイクへ、さらにいばらが襲いかかる。


 ズドン!!


「がぁぁぁ……!!」


 一本が腕を貫き、もう一本が足を貫いた。


 いばらはレイクの腕と足を貫いたまま壁へ押さえつける。


「ハッ!」


 マルフィアが嘲笑する。


「大層なことを言っておいて……こんなものかい?」


 レイクはゆっくりと顔を上げる。


「……?」


 マルフィアが目を細める。


 レイクはニッと笑っていた。


「まぁ、見とけよ。コノヤロー」


「……!」


「ご期待に沿って見せてやるよ」


 レイクの身体から、淡い光が溢れ始め、やがて光が全身を包み込む。


「おれは、腕貫かれようが、足が刺されようが、関係ねぇ」


 さらに魔力が膨れ上がり、レイクの瞳に、決して消えない闘志が宿る。


「なっ……!」


 マルフィアが目を見開く。


「あの力は……!」


 刺さったいばらを、レイクは力任せに引きちぎった。


「まだ動ける限り、おれは終わっちゃいねぇーー!!」


 バキッ!!


 レイクの身体が自由になる。


「なっ……!」


 マルフィアが息を呑む。


 レイクは再び飛び出した。


「ミリアーーーー!!」


 迫り来るいばらを、かわす。避ける。


 時には身体を捻り、時には腕で弾きながら。


 そして、繭の中心。


 そこへ向かって、レイクは拳を突き出した。


「うおおおおお!!」


 ドォン!!


 光を纏った一撃が、黒い繭へ叩き込まれる。


 パキッ……。


 黒い繭に亀裂が走った。


 バキィィィン!!


 黒い繭が一瞬だけ崩れた。


 その隙間から――。


「……ミリア!」


 レイクの目に、ミリアの姿が映った。


 ミリアは目を閉じたまま、静かに浮かんでいる。


「ミリア!!」


 レイクが手を伸ばす。


 その声に、ミリアがゆっくりと目を開く。


(……レイク……くん?)


 その瞬間――。


 ミリアの脳裏に、遠い日の記憶が蘇った。

◇

 ――王宮。


 幼いミリアへ向けられる、冷たい視線。


『化け物だ』


『あんなものが、なぜ王女なんだ』


『いなくなればいいのに』


 ミリアはただ俯いていた。


 ある日王妃から告げられる。


 「ミリア。国外の騎士学園に行きなさい。この国ではなくこれからはそこで暮らすのよ。」


 ミリアは王宮から追放された。

◇

 悲しみに暮れながら、辿り着いた場所。


 騎士学園の入学試験会場。


 ミリアの手は震えていた。


(ここでも……受け入れてもらえなかったら、どうしよう……)


「はい、次の方。願書か推薦状を出してください」


「えっ!?あ、はい!ええと……あれ!?」


 ミリアが慌てて鞄の中を探す。


「ない……ないないない!? どこに行ったの私の願書ー!?」


 カバンの中を必死にかき回し、半泣きで大慌てするミリア。


 その時、優しく肩を叩かれた。


「おい、落としてたのってこれだろ?」


 少年がミリアの願書を拾ってくれていた。


「ふぇ……?あっ!!わたしの願書!!」


 ミリアは涙目で頭を下げた。


「ありがとうございます……っ!」


「ふぅ……すみません。私、緊張するとすぐ周りが見えなくなっちゃって……」


「まあ気にすんなって」


 少年はニッと笑っていた。


「実を言うとさ……おれもめちゃくちゃ緊張してる」


 そう言って、少年はカタカタと震える自分の手を見せてくれた。


「本当だ……」


 ミリアは不安が少しだけ消えたような気がした。


 少年が明るい笑顔を向けてくれる。


「お互い頑張ろうな!」

◇

 ――あの日。


 王宮を追われた自分を、恐れることなく、ただ一人の少女として見てくれた少年。


 初めて自分へ差し伸べられた手。


 その手が――レイクの手が。

 

 今も目の前にある。


「……!」


 ミリアは、ゆっくりと手を伸ばした。


 ギュッ。


 レイクがミリアの手を掴んだ。


「ミリア!」


 そのまま、レイクはミリアを抱き寄せる。


「お前は一人じゃねーぞ!」


 ミリアの瞳から、涙がこぼれる。


「抱え込むな!おれがいる!!」


 レイクは力強く叫ぶ。


「みんながいる!!」


 レイクはミリアを真っ直ぐ見つめ、いつもの優しい笑顔を向ける。


「だから責めるな、自分を!」


「お前は恐ろしい化け物でも、いばら姫でもねぇよ」


 レイクの声が、ミリアの心へ届く。


「おれの……」


 レイクは少しだけ笑った。


「おれらの大事な仲間――」


「『ミリア・エストレア』だ!」


「……!」


 ミリアの瞳が揺れる。


 その言葉に、封じ込めていた記憶が次々と蘇っていく。


『化け物だ』


『あいつは恐ろしい』


『どうしてあんな奴が王女なんだ』


『いなくなればいいのに』


 ――もっと頑張らないと


『聞いた?この間も暴走したって』


『いやね。関わらないようにしないと』


 ――もっとみんなのために、いい子にならないと


『聞いたか?ミリア王女が庶民を助けたって』


 ――そうすれば、みんな私を見てくれる


『あぁでも呪いがな』


 ――もっともっと頑張らないと


『ぎゃー!化け物だー!』


 ――私がいなければ。


 ――私が悪いんだから。


 ――もっといい子にならないと。


 ――みんなに嫌われないように。


 ――みんなが望む私にならないと。


 ――そうすれば、誰も傷つかない。


 ――これでいい。


 ――みんなの望むとおりに……


「自分のために生きろ!!」


 レイクの声が、すべてを打ち消した。


「……!」


 ミリアの瞳から、大粒の涙がこぼれる。


「…………うん!」


 ミリアはレイクを強く抱きしめた。


「……うん……!」


 その瞬間――。


 パァァァァァ……!!


 二人を包み込むように、眩い光が広がった。


「なっ……!?」


 マルフィアが目を見開く。


 光が玉座の間を満たしていく。


 ズズズズズ……。


 ミリアを包んでいた黒いいばらが、次々と崩れ始める。


 バキィィィン!!


 巨大な黒いいばらの繭が、光の中で消滅した。


「バ、バカな……!」


 マルフィアは後ずさる。


「呪いが……消えた……?」


 信じられないものを見るように、ミリアを見つめる。


「なぜ……!?」


 マルフィアの声が震える。


「いや……違う……!ミリアの中の光が……呪いを……凌駕して……消した……!?」


 静まり返った玉座の間。


 そこにはもう、黒いいばらはなかった。


「待たせて、悪かったな」


 レイクがにこやかに言う。


 レイクの腕の中には涙を流しながら、それでも確かな笑顔を浮かべるミリアがいた。

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