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漆黒の繭

 玉座の間。


「あぁぁぁぁぁ……!!」


 ミリアの悲鳴が、広い玉座の間に響き渡っていた。


 その身体からは、黒い魔力が絶え間なく溢れ出している。


 ズズズズズ……。


 床を這うようにして、無数の黒いいばらが伸びていく。


「ふふふ……」


 その様子を、マルフィアは恍惚とした表情で見つめていた。


「そう……そのままだよ」


 ミリアは苦しみに身体を震わせる。


「もっと……もっと負の感情を抱きなさい」


 マルフィアは杖を手にしたまま、楽しそうに笑った。


「憎しみも……悲しみも……絶望も……」


 その時、マルフィアがふと顔を上げた。


「……?」


 遠くから、何かが聞こえる。


 王宮中を駆け巡るような、騒がしい音。


「外が騒がしいね」


 マルフィアは小さく首を傾げた。


「どれ……」


 杖を軽く振る。


 すると――。


 玉座の間の上空に、黒い魔力で作られた巨大な水晶が浮かび上がった。


 そこに、王宮各所の光景が映し出されていく。


「……なに?」


 マルフィアの表情が僅かに曇る。


 映し出されたのは――。


 武器を捨て、リゼットへ従う衛兵たち。


 次々と解放されていく人質。


「人質が……」


 別の場所へ視線を移す。


 王宮の外へ向かう王族たち。


「王族まで逃げている……?」


 そして――。


 王の部屋。


 そこには、王妃と共に立つ国王の姿があった。


「……!」


 マルフィアの目が見開かれる。


「国王……!」


 さらに視線を移す。


 広場では、ラルクがガルディオに肩に手を回し言葉を交わしている。


 そして、その先には――。


 倒れた三魔将。


「……三魔将まで……」


 マルフィアの表情から、初めて余裕が消え、水晶を睨みつける。


「まさか……ここまで……!」


 だが――。


 次の瞬間。


「……フッ」


 マルフィアの口元に、再び笑みが浮かんだ。


「まぁいい」


 杖を下ろす。


「ミリアの呪いが完成して、完全な魔族となれば……こんなの、へでもないね」


「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ミリアが再び悲鳴を上げた。


 ズズズズズ……!!


 黒いいばらがさらに伸びていく。


「おぉ!」


 マルフィアは嬉しそうに目を輝かせる。


「その調子だ!」


「そのまま身を委ねるんだよ!」


 ミリアの身体が大きく震える


 マルフィアが歓喜に身体を震わせた、その時だった。


 ドーーーーン!!!!!


 玉座の間の扉が、勢いよく吹き飛んだ。


「ミリアーーーーーー!!!!!」


 大声が響き渡る。


「……!」


 マルフィアが振り返る。


「……ハァ……ハァ……」


 そこに立っていたのは、レイクだった。


「フン……来たね、お邪魔虫が」


 マルフィアは傷だらけで血にまみれたレイクの惨状を見て、嘲笑した。


「おやおや……本当にここまで辿り着くとはねぇ」


 レイクはすぐにミリアへ視線を向ける。


 その姿を見た瞬間、レイクの表情が強張った。


「なんだ……これ……」


 ミリアの周囲を覆う黒い魔力。そして、身体から伸び続ける無数のいばら。


 レイクがマルフィアを睨みつける。


「てめぇ……!ミリアに何しやがった!!!」


 マルフィアはほくそ笑みながら言う。

「あ〜あ、なんてお可哀想に……そんなに傷だらけになって」


「は?なんだ急に……っ」

 白々しく悲しそうな顔を作るマルフィアに、レイクは怪訝そうな顔をする。


 マルフィアは冷酷な笑みを浮かべたまま言葉を続けた。

「ここで様子を見させてもらったよ。随分と激しい戦いだったようだね


 レイクは眉をひそめる。


「あ??」


 マルフィアは笑を浮かべながら続ける。


「みんな傷ついて、ボロボロになっている」


 その声に、苦しみの中にいたミリアの身体がピクりと反応した。


「え……?」


 マルフィアはミリアへ視線を向ける。

「この国の忠臣も……」

「みんな誰かのせいで、また傷ついてしまったねぇ」

「……あのリゼットも」


 ミリアの瞳が揺れる。


「リゼット……も……」


「お前、さっきから何言って——」


「あぁ、可哀想に」


 マルフィアはレイクの言葉を遮った。


「リゼットも血まみれ」


「そして――」


 マルフィアの視線が、レイクへ向く。


「ミリア様を助けに来た、大切なお友達も……」


「……!」


 ミリアがハッと顔を上げる。


 そして――。


 レイクの姿を見つめた。


「…………」


 ボロボロになった身体。


 傷だらけの服。


 荒い呼吸。


 それでも、ミリアを助けるためにここまで来たレイク。


「レイク……くん……」


 その瞬間――。


 グワァァァァァ……!!


 ミリアの身体から、凄まじい黒い魔力が噴き出した。


「……!?」


 レイクが目を見開く。


「なんだ……!?」


 ドドドドドド……!!


 空気そのものが震える。


 レイクは嫌な予感を感じ取った。


「ミリア!」


 ダダダダダ!!


 レイクはミリアへ向かって走り出す。


 マルフィアが追撃の言葉を叩きつける。


「誰のせいなんだろうねぇ……こうなったのは?」


「やめて……」


 ミリアの身体が震える。


「大切な忠臣を傷つけ……」


「やめて……っ!」


「あなたを救おうとする健気な少年までも傷つけ……!」


「いやだ……っ!!」


 レイクは必死に走る。もうすぐ手が届くその瞬間。


「ミリア……また、お前が原因だよ」


 ミリアの瞳が大きく見開かれる。


「やめてーーーーーーっ!!!!!!」


 ブワァァァァァァァァァ!!!!


 ミリアの絶叫とともに、爆発的な黒の魔力と凄まじい衝撃波が室内を蹂躙した。


「ぐっ……!?」


 レイクが腕で顔を覆う。


 ズズズズズズ……!!


 突如として白目を剥いたミリアの全身から、巨大な黒いいばらが次々と生え始めた。


「なっ……!」


 ドンドンドンドンドンドン!!


 無数のいばらが床を突き破り、壁を貫き、玉座の間全体へ一気に広がっていく。


 レイクの身体も吹き飛ばされた。


 ドォン!!


「ぐっ……!」


 壁へ叩きつけられる。


「ハーッハハハハハハ!!」


 マルフィアの高笑いが響き渡る。


「素晴らしいよ!見てごらん!」


 マルフィアは両手を広げた。


「なんて魔力!なんて威力!」


 無数の黒いいばらが、玉座の間を埋め尽くしていく。


「最高の――」


 マルフィアは恍惚とした笑みを浮かべた。


「いばらの魔族の姫の誕生だよ!!」


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 ミリアの叫び声が、王宮全体へ響き渡った。

◇

「……なんだ!?」


 王宮の廊下。


 エギルが足を止める。


 遠くから響き渡るミリアの叫び声。


「今の声は……!?」

◇

「なんだ今の叫び声!?」


 ゼノンも顔を上げる。


「まさか……!」

◇

「……!」


 リゼットが目を見開く。


「そんな……!」

◇

 広場。


 ラルクが玉座の間の方向へ振り返る。


「おい……なんだ、今の」


 ガルディオも険しい表情を浮かべる。


「おそらくだが……」


「……!」


 セレナードの表情から、血の気が引いていく。


「そんな……」

◇

 王の部屋。


 国王が拳を握り締める。


「……遅かったか……!」


 王妃も胸元を押さえる。


「ミリア……!」

◇

玉座の間。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ミリアの叫び声は、まだ止まらない。


 フワッ。


 ミリアの身体が、ゆっくりと宙へ浮かび上がった。


「……!」


 レイクが目を見開く。


 ミリアの周囲を、黒いいばらが覆い始める。


 一本。


 二本。


 十本。


 無数のいばらが絡み合い、ミリアの身体を包み込んでいく。


 やがて――。


 巨大な黒い、いばらの繭が完成した。


「……ミリア」


 レイクが呟く。


 繭の中から、ミリアの姿は見えない。


「クッソ……!」


 レイクは立ち上がる。


 そして、繭へ向かって走り出した。


「ミリア!!」


 その瞬間――。


 ブォン!!


 しなった巨大ないばらの太腕が、死角から容赦なくレイクの横腹を叩いた。


 バン!!


「がぁっ!!」


 レイクの身体が弾き飛ばされる。


 ドォン!!


 再び壁へ叩きつけられた。


「ハーッハハハハハハ!!」


 マルフィアが笑う。


「無駄だよ!ミリアはいばらの中で眠りにつき、完全な魔族となる!」


「お前達は手遅れだったのさ!!」


「ハーッハハハハハハ!!」


 その時――。


 玉座の間へ、王子と王女たちが駆け込んできた。


「ミリア……!」


「お姉様……!」


 後方からは、近くにいた王宮の衛兵たちも続々と姿を現す。


 誰もが、目の前の巨大な黒いいばらの繭を見つめていた。


「そんな……」


 王女の顔から血の気が引く。


「あれが……ミリアの……」


 王子も拳を握り締めたまま、言葉を失っていた。


 マルフィアの高笑いだけが、玉座の間に響き続ける。


「ハーッハハハハハハ……!」


 だが、レイクだけは違った。


 壁に手をつきながら、ゆっくりと立ち上がる。


 そして、黒いいばらの繭を、真っ直ぐ見つめた。


(ミリア……お前、そこで何を思ってる)


(怖ぇのか?)


(苦しいのか?)


(それとも……また全部、自分のせいだと思ってんのか?)


「…………」


 レイクはしばらく黙っていた。


「……ふぅ」


 小さく息を吐く。


「へっ……」


 レイクは鼻で笑った。


「考えても仕方ねーか」


 レイクは繭を見上げる。


 その時も、マルフィアの高笑いが響いていた。


「ハーッハハハハハハ――」


 レイクはマルフィアの笑い声を遮るように言う。


「おい!うるせぇぞ、ババア!」


「なっ……!」


 マルフィアの顔が引きつる。


「バ……ババ……!?」


 レイクは声を張り上げる。


「おい!ミリア!聞こえるか!?」


 返事はない。


 それでも、レイクは構わず叫ぶ。


「まぁ、聞こえてなくてもいいんだけどよ!」


 拳を握り締める。


「お前が今そこで何を思ってるか……なんてらしくねぇこと、ちょっと考えてみたけどよ!」


 レイクはニッと笑った。


「やっぱ、おれ、そういうの向いてねーわ!!」


 マルフィアが呆然とする。


「何を言って……」


 レイクは繭を指差す。


「だから、お前の口から、直接聞くことにした!」


 その瞳に、強い光が宿る。


「ちょっと待ってろ!」


 そして、力強く叫ぶ。


「そっから引っ張り出してやる!!」


 玉座の間に、レイクの声が響き渡った。

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