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いばらの王国

 翌日。


 長い旅を経て――三人はついに、エストレア王国へと足を踏み入れていた。


「……ここが、エストレア王国か」


 エギルが周囲を見渡す。


 王都へ続く街道はよく整備され、石造りの建物が立ち並んでいる。


 市場には多くの人が行き交い、店先には色とりどりの商品が並んでいた。


 子供たちの笑い声。


 商人たちの呼び声。


 一見すれば――平和で豊かな国。


「なんだ。思ってたより普通じゃねぇか」


 レイクが辺りを見回す。


「そう見えるだけかもしれないぞ」


 ゼノンが静かに答えた。


「ミリアを連れ戻すために、わざわざ軍を動かした国だ。何か裏があると考えた方がいい」


「……ああ」


 エギルも頷く。


 その時だった。


「おい!」


 少し離れた市場から、怒鳴り声が響いた。


「何やってんだ!」


 三人が振り向く。


 そこでは、一人の老人が店主に頭を下げていた。


「頼む……これだけでも売ってくれ。孫に食わせたいんだ」


「駄目だ」


 店主は冷たく言い放った。


「お前、何級だ?」


「……D級だが」


「だったら売れねぇよ」


「そんな……」


 老人が悲しそうに俯く。


「D級なんかに売る商品はねぇ。さっさと失せろ!」


「……!」


 レイクの眉が動く。


 店主は老人を追い払うと、何事もなかったかのように商売へ戻っていった。


「……なんだよ、あれ」


 レイクが呟く。


 しかし、さらに異様な光景が目に入った。


「うわっ!」


 別の場所で、一人の男が足を滑らせた。


 買い物袋を地面に落とし、転倒する。


「お、おい! 大丈夫か?」


 レイクが駆け寄る。


 そして、すぐに手を差し出した。


「ほら、掴まれ」


「……!」


 男が驚いたようにレイクを見る。


 だが――。


「お、おい! 何してる!」


 周囲から慌てた声が飛んできた。


「こいつD級だぞ!」


「助けたら処罰されるぞ!!」


「旅の人か!?見なかったことにしてやるから、早くここから逃げな!」


「……は?」


 レイクが目を丸くする。


 転んだ男も慌てて手を引っ込めた。


「す、すまねぇ……! あんたまで巻き込むわけには……」


「何言ってんだよ」


 レイクは構わず、もう一度手を差し出す。


「転んだ奴がいたから起こす。それだけだろ?」


「だが……」


「いいから掴めって」


 レイクは男の手を取り、そのまま引き起こした。


「ほら。怪我してねぇか?」


「あ、ああ……」


 男は呆然とレイクを見る。


 周囲の人々も、息を呑んでいた。


 やがて、一人の商人が恐る恐る口を開く。


「……旅の方か?」


「ん?」


「あんたら、この国の人間じゃねぇんだろ?」


「ああ。そうだけど」


 商人は周囲を気にしながら、声を潜めた。


「だったら知らねぇんだな」


「何がだ?」


「この国じゃ……A級、B級、C級、D級って、人間を魔力や身分で分けてるんだ」


 レイクの表情が険しくなる。


「そしてな……D級なんて人間扱いされねぇ」


「……!」


「だから余計なことをするな。旅の人なら、見なかったことにしてやる。早く行きな」


 商人はそう言って、怯えるようにその場を離れていった。


 レイクは、黙って周囲を見渡す。


 華やかな市場。


 整った街並み。


 笑顔で歩く人々。


 その一方で――大通りから外れた路地には、粗末な建物が密集していた。


 痩せ細った人々。


 薄汚れた服を着た子供たち。


 道端に座り込み、誰からも見向きもされない人々。


「……同じ国なのかよ、これ」


 レイクが呟く。


 エギルは険しい顔でその光景を見つめていた。


「身分によって人間の価値そのものを決めている……」


「おかしいな」


 ゼノンが淡々と呟く。


「だが、国民の多くはそれを当然のこととして受け入れているように見える」


「……」


 三人の視線が、王都の中心へ向く。


 遥か先。


 巨大な王宮が、街を見下ろすようにそびえ立っていた。


 その頂には、エストレア王家の紋章が掲げられている。


「……行こう」


 レイクが歩き出した。


「ああ」


 三人は王宮へ向かって歩き始めた。


 その頃――。

◇

 エストレア王国王宮。


「……ん」


 柔らかな寝台の上で、ミリアがゆっくりと目を開けた。


「ここ……は……?」


 見覚えのある天井。


 見覚えのある広い部屋。


 窓から差し込む陽光。


 ミリアはゆっくりと身体を起こした。


「王宮……私……どうして……」


 ぼんやりとした頭で、記憶を辿る。


 ヴェエスト砦。


 突然現れた王国軍。


 自分を連れていこうとする兵士たち。


 そして――。


『ミリア!!』


「……レイクくん……」


 あの時、伸ばされたレイクの手が脳裏に蘇る。


 ミリアは胸元に手を当てた。


「みんな……大丈夫かな……」


 すると――。


「静寂の森以来ですね、ミリア王女」


「……!」


 聞き覚えのある声。ミリアが顔を上げた。


 そこに立っていたのは――黒いローブを纏った女。


 静寂の森で出会った、あの魔女。


「あなたは……茨の魔女……」


ミリアの顔から血の気が引いていく。


「……いいえ、マルフィア!」


 マルフィアは微笑み、


「ふふ……名前を覚えていてくれたのですね」


 ミリアは警戒しながら、ゆっくりと問いかけた。


「どうして……私はここに……?」


 マルフィアは答えず、穏やかな笑みを浮かべる。


「それは、これからゆっくりお話ししましょう」


 その時――。


 重厚な扉が開いた。


 ミリアが振り返る。


 部屋の外から、ゆっくりと一人の男が入ってくる。


 王冠を戴き、豪奢な衣を纏った男。王は部屋の奥へ進み、玉座へ腰を下ろした。


「……お父様」


 ミリアの声が震える。


 王は玉座からミリアを見下ろし、静かに口を開いた。


「よくぞ戻ってきた」


 その声が、広い王の間へ響き渡る。


「我が国の第二王女――ミリアよ」


 ミリアはただ、呆然と父を見つめていた。

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