優しき老技師と狐の囁き
翌朝。爽やかな朝光が差し込む『リグナ村』の街道を、レイクたちは歩いていた。
「あ、旅のお方!おはようございます!」
路地から駆け寄ってきたのは、小さな妖精ジミルだった。その横には、相変わらずぎこちない足取りでカチ、カチと歩く木彫りの少年ピノの姿もある。
「おう、ジミル!ピノ!早いな!」
ニッと笑って手を振るレイク。
「昨日はすみませんでした……あ、そういえば、まだお名前を聞いていませんでしたね」
「あ!そういえば名乗ってなかったな!おれはレイク!」
「私はミリアです」
「ゼノンだ」
「……エギルだ。王立騎士学園の生徒でな、公務の途中でこの村に立ち寄った」
四人が順に名乗ると、ピノはくりくりのガラス玉の瞳を瞬かせ、どこか嬉しそうに呟いた。
「レイク、ミリア、ゼノン、エギル……うん!覚えたよ!」
「それでですね、みなさん。もしよろしければ、出発前にあちらの工房へ寄っていかれませんか?ピノを作ってくれたお父さん……ゼフェルさんが、お礼にお茶を淹れたいと言っていまして」
「へぇ、ピノを作った職人さんか!出発前にお茶ごちそうになろうぜ!」
レイクの二つ返事で、四人は村の奥深くにある静かな工房へと向かった。
◇
木の甘い香りが心地よく漂う工房。
棚には精巧な木工細工が並び、飾棚の一角には一枚の古い肖像画が飾られていた。そこに描かれているのは、今のピノと瓜二つの生身の少年の姿だ。そして工房の最奥には、頑丈な鍵と分厚い布で厳重に覆われた謎の部屋が存在していた。
「ようこそ、王立騎士学園の生徒さん方。わしはゼフェルです」
奥から現れたのは、柔和な笑みをたたえた初老の男性——ゼフェルだった。手際よく淹れられた温かいハーブティーと焼き菓子が、テーブルに並べられる。
「あの……この肖像画……ピノくんとそっくりですね」
ミリアが飾棚の写真に気づくと、ゼフェルは切なさそうに目を細めた。
「ええ……病で亡くなった、わしの実の息子です。ピノはその子の面影を残して作ったのですよ。奥の部屋も、あの子の思い出が詰まった部屋でしてね……」
「そうだったんですね……」
しんみりとする一同。ゼフェルは気を取り直すように穏やかに微笑むと、お茶を勧めながら言った。
「いやいや、暗い話をしてしまいましたね。しかし、ピノが他所の方とあんなに賑やかに話すのを見たのは初めてでしてね……わしはとても嬉しいのですよ」
愛おしそうにピノの頭を撫でるゼフェル。
だが——その言葉を聞いた瞬間、カップを口に運んでいたレイクの手がぴたりと止まった。
隣でピノが元気に声を張り上げた。「お父さん!ボク、やっぱり本物の人間になりたいよ!血が通った、温かい人間になりたいんだ!」
「ああ、分かっているとも。焦らなくてもいいんだよ、ピノ。……お前がどんな姿であろうと、わしにとってはかけがえのない自慢の息子なんだからね」
「お父さん……!」
親愛に満ちた親子の会話。ゼフェルは温かいハーブティーを注ぎ足しながら、どこか深く遠い目をして呟いた。
「人間の心というのは不思議なものですね。誰もが持っているのに、その価値に気付いていない者も多い。本当に必要としている者のもとへ届けばいいのですが……」
「……あたたかい、素敵なお考えですね」
ミリアが感心したように微笑む。
「……子を思う気持ちは本物のようだな」
エギルがピノへ優しく声をかける。
「ああ。悪い人には見えねぇな。」
ゼノンも小さく頷いた。
ピノは照れくさそうにえへへと鼻を擦る。 レイクは何も言わず、ただ静かにお茶を一気に飲み干した。
◇
工房を後にした一行が村の広場へ差し掛かると、そこには不自然な人集りができていた。
「さあさあ!お立ち会い!悩み多き村人の皆々様!」
広場の中央で、派手な紫のスーツに身を包んだキザな男が、大袈裟な身振りに手振りを交えて大声を張り上げていた。その顔立ちはどこか狐を思わせる、ズル賢そうな男——ファルクスだ。
「生きるのに疲れた?心が重い?結構、結構!そんなアナタにこの『夢のカラクリ』!これさえあれば、嫌な感情も悩みも一瞬で消えて、永遠の幸福が手に入りますよ~!」
腕を組んだエギルが、不快そうに額に青筋を立てた。
「胡散臭い……明らかに詐欺師の類だな」
「ああ。関わらん方が吉だな」
ゼノンも冷徹な視線を向ける。
だが、その集団の中にいたピノが、ファルクスの言葉に目を輝かせて身を乗り出してしまった。
「ねぇ!そのカラクリを使えば、ボクも本物の人間になれるの!?」
「おやぁ?これは珍しい木彫りの坊やだ」
ファルクスはニヤリと下衆な笑みを浮かべ、ピノの肩に手を置いた。
「なれるともさ!人間の『心』なんてものはね、重くて邪魔なだけなんだ!俺の言う通りにすれば、一瞬で本物の人間にしてやるぜ……?」
「本当!?ボク、人間になりたい!」
「騙されるなピノ!こいつは有名な詐欺師だ!!」
ジミルが必死に飛び回り、ピノの鼻先で叫ぶ。
「おいおい、邪魔しないでくれよ妖精さん。俺は親切で言ってるんだぜ?」
ファルクスがピノを言葉巧みに連れ去ろうとした、その時だった。
「——そこまでにしなさい、ファルクス殿」
静かだが重みのある声が響いた。振り返ると、いつの間にか追ってきたゼフェルが立っていた。
ゼフェルは毅然とした態度でファルクスの前に立ち塞がり、ピノを自分の背後へと庇った。
「これ以上、言葉巧みに村人やこの子を惑わすのはやめなさい。あなたのような歪んだ品がなくても、この村は十分に満ち足りている」
「チッ……!!頭の固いジジイめ……!おれは人助けしてるだけなんだけどなぁ!夢もへったくれもねぇや!行こうぜ、みんな!」
ファルクスは嫌みな捨て台詞を吐くと、これ見よがしに不機嫌な態度でその場を去っていった。
「ありがとう、ゼフェルさん!」「いつもすみませんねぇ……」
集まっていた村人たちが、口々にゼフェルへ感謝の言葉をかける。ゼフェルは困ったように微笑みながら、「いいんですよ。みなさん、嫌な思いをさせてしまいましたね」と一人一人に優しく声をかけていた。
その光景を離れた場所から見つめながら、ミリアがぽつりと呟く。
「……不自然な『嘘』ばかりの村だけど、ゼフェルさんだけはすごく誠実で温かい人に見えるな……」
「ああ。あのような男がうろついているとなれば、村の異変にも一枚噛んでいるのかもしれんな」
エギルが苦々しく吐き捨て、ゼノンも冷酷な瞳でファルクスの去った方角を睨みつけた。
完全にファルクスへ疑いの目を向ける仲間たちのかたわらで、レイクは腕を組み、静かに広場を見つめていた。
◇
ゼフェルに挨拶をし、ピノとジミルに別れを告げ、四人は村を経とうとしていた。
背中の木箱を背負い直し、歩いていたレイクが、ふと立ち止まった。
「あー……やっぱもう一泊しね??」
「……何?なぜだ?」
急に立ち止まったレイクに、エギルが不審そうに目を細める。
「いや~、あの宿のベッドが心地良すぎてな~!このまま行くのが惜しくてよ~。まだ疲れも抜けてねーしなー」
頭の後ろで手を組み、ヘラヘラとあからさまな理由を並べるレイク。
「レイクくん、急にどうしたの……?」
ミリアが不思議そうに首を傾げながら問いかけるが、その横でゼノンが静かに溜め息を吐いた。
「……確かに。歩き疲れているし、もう一日休んでもいいかもな」
視線をわずかに細め、淡々とレイクに便乗するゼノン。
「……フン、仕方ない。おれもちょうど足に来ていたところだ」
エギルもまた、苦笑混じりに息を吐くと腕を組んだ。
そう言って、男三人は当然のように宿屋の方へと足を取り返し始める
その背中を見送りながら、ミリアはハッと気づいたように表情を緩めた。
「……クスッ、みんな嘘が下手だね」
言葉には出さずとも、全員がこの村の歪さに気づいている。
ミリアが微笑みを浮かべ、みんなの後を追おうとした——まさに、その時だった。
「きゃあぁぁぁぁぁっ!た、助けてぇっ!!」
建物の影になった薄暗い路地から、凄まじい悲鳴が響き渡った!
「なに!?」「事件か!?」
四人は瞬時に武器を取り、路地裏へ駆け込んだ。
日光の届かない建物の影。そこには、数人の村人たちがバタリと倒れていた
駆け寄ったミリアが息を呑む。
「そんな……!息はあるのに、目が……目がうつろで、まるで人形みたいに何も映していない……!?」
倒れた村人たちは、感情も記憶も失ったかのように、ただ虚空を見つめてピクリとも動かない。
そして——その惨状のすぐ奥で、暗がりへ逃げ込もうとする怪しい影があった。
派手な紫のスーツ。狐のような細い目。——ファルクスだ!
「あっ!てめぇ!!」
レイクの叫び声に、ファルクスがハッと振り返り、青ざめた顔で脱兎のごとく走り出した。
「待て!村人に何をしやがった!!」
「逃がすか!追うぞ!!」
不穏な予感は現実となり、四人は暗がりへと消えるファルクスを追って走り出した——。




