木彫りの少年と嘘の町
学園の正門を出てから、数時間が経過していた。
「うーん……一本道とは聞いてたけど、思ったより遠いなー!」
背中に背負った木箱をゆさゆさと揺らしながら、レイクが退屈そうに天を仰ぐ。西の空はすっかり濃い朱色に染まり、街道に沿って並ぶ木々の影が長く伸び始めていた。
「ああ。地図で見るより起伏が多い。このペースだと砦に着く前に完全に夜になるな」
ゼノンが静かに空を見上げ、冷静に呟く。
「おいレイク!貴様、歩きながら体を揺らすなと言っているだろう!背中の魔結晶に不必要な衝撃を与えるな!」
すぐ後ろを歩くエギルが、額に青筋を立てて詰め寄った。
「割れ物だと何度も念を押したはずだ。万が一にも傷がつけば、おれが責任を持って学園長の前で正座させるからな!」
「わかってるって!壊してねぇだろー!」
ヘラヘラと笑うレイクに、エギルはやれやれと重い溜め息をつく。
「ふふっ、二人とも仲良しだね」
並んで歩くミリアが笑みを浮かべた。すかさずエギルがミリアへ切り返す。
「どこが仲良しだ!こいつといると心労で寿命が縮みそうだ!!」
青筋を立てるエギルにレイクがまた飄々と言う。
「まぁそうカッカすんなって、エギル」
「誰のせいだと思ってるんだ!!」
ギャーギャーと騒がしく言い争う二人を、ゼノンが呆れ顔で見つめていた。
ーーその時だった。
「あ……おい、あれ村じゃないか?」
ゼノンが指差した先——深い森の入り口付近に、ぽつぽつと温かな明かりが灯る小さな集落が見えた。
「おお!村だ!」
パッと顔を輝かせるレイク。
「日没後の山道は危険だ。暗い山道を無理に進むのは得策ではないな。今日はあの村で一宿を借りるとしよう」
エギルが慎重に判断を下す。
「そうだな。」
ゼノンも短く頷いた。
「よし!サクッと美味ぇもん食って、ふかふかの布団で寝ようぜ!」
◇
四人が足を踏み入れたのは、『リグナ村』と呼ばれる静かな村だった。
村の中に入ると、どこか甘く香ばしい木工の香りが漂ってくる。そして何より異彩を放っていたのは、村の至る所に飾られた無数の「人形」だった。まるで人形がこちらを見ているような錯覚を覚える。
民家の軒先、店先、さらには街頭の柱の根元にまで、精巧に削り出された木彫りの人形が立ち並んでいる。
「へぇ……すごいな。この人形、全部木でできてるのか?」
レイクが物珍しそうに路傍の人形を覗き込む。
「『リグナ村』か。上質な木材と、腕のいい木工細工で有名な村だと聞いたことがある。なるほど、どれも生きているかのように精巧だな」
エギルが感心したように腕を組んで頷いた。
やがて、一行の姿に気づいた村長らしき初老の男性が、穏やかな笑顔を浮かべて歩み寄ってきた。
「おやおや、旅のお方たちですか。こんな山奥へようこそ。わしはこのリグナ村の村長です」
「すみません、夜露を凌ぎたくて。宿屋は空いていますか?」
ミリアが丁寧に尋ねると、村長は破顔して手を叩いた。
「ええ、ええ!もちろんですとも!当村はいつでも大歓迎ですよ。事件なんてひとつも起きない、世界一平和で幸せな村ですからね!」
ハハハ、と朗らかに笑う村長。
だが——その笑顔を見た瞬間、ゼノンとエギルがわずかに眉をひそめた。
(……目が、笑っていないな)
ゼノンは口に出さず、冷徹に観察する。村長の表情は貼り付いたように固く、言葉にはまるで作られた台本を読み上げているかのような不自然さがあった。
「あの……村長さん、村の子供たちはもう寝てしまったんですか?通りでまったく見かけないもので……」
何気なくミリアが尋ねると、村長は一瞬だけピクッと頬をひくつかせた。
「ええ!子供たちはみーんな自分の家で元気いっぱいに遊んでいますよ!悩みも病気も何ひとつなく、子供たちは皆幸せです!」
まばたきもせず、ぬけぬけと言い切る村長。
(……なんだあいつ?あからさまに嘘ついてねぇか?)
レイクも思わず首を傾げた。
◇
村長に案内された宿屋の部屋に大事な木箱を置き、夕食までの間、四人は軽く村の様子を見るために外へ出た。
月明かりが照らす静まり返った広場。そこで四人は、一人の少年に目が止まった。
少年は、カチ、カチ……とぎこちない足音を立てて歩いていた。
「……?」
レイクが近づくとその肌は木だった。
「……ん?なんだ、木彫りの人形か?」
レイクが声をかけると、少年はハッと顔を上げ、ガラス玉のようなくりくりの瞳をこちらへ向けた。
「やあ!ボクはピノ!旅の人間さ!」
胸を張り、堂々と胸を叩いて言い切るピノ。だが、その肘や膝にははっきりと球体関節の継ぎ目が見えている。
「うぇ!!??人形が喋った!!すげー!!」
レイクは興味津々にピノの腕へ触れた。
「すげー!木なのに!」
ピノは慌てて腕を引っ込めた。
その表情は怒っているというより、触れられたくない秘密を見られた子どものようだった。
「人形じゃないよ!僕は人間だ!!」
「いや……どこからどう見ても人間じゃないだろ」
ゼノンが呆れたように即座にツッコミを入れた。
「そんなことないよ!ボクは完璧な人間だもん!お腹だって、全然空いてないんだから!」
そう言い切った直後——ピノのお腹のあたりから、*グゥゥ~……*と木が擦れ合うような妙な音が盛大に鳴り響いた。
「なんだ、お前腹減ってんじゃねぇか!」
レイクが大笑いする。
「う……ううん!これは風の音だよ!ボクは嘘なんてついてないもん!」
必死に顔を赤くして弁解するピノ。すると、彼の隣の草むらから、呆れたような甲高い声が響いた。
「やれやれ……相変わらず下手くそな嘘だねぇ、ピノ」
ひょっこりと姿を現したのは、大きな帽子をかぶった手のひらサイズの小さな妖精——ジミルだった。
「ジミル!ボクは嘘なんてついてないよ!」
「はいはい。お前が嘘をつく時のクセ、僕は全部知ってるんだからね」
ジミルは小さく溜め息をつくと、レイクたちを見上げて深々と一礼した。
「私はジミルと申します。旅のお方、お目汚しを失礼しました。この子は……ちょっと訳ありの木彫り人形でして」
レイクの視線は、ジミルの背中で小さく羽ばたく透き通った羽へ向いていた。
「あんた妖精族か!?そうだよな!?」
「あ、えぇ……まぁ」
「うぉー!初めて見た!!みんな小さいのか!?その羽、生まれつき??」
好奇心全開でグイグイ行くレイクを、ミリアが慌てて制止する。
「ちょっと……レイクくん。ジミルさん困ってるよ……」
ミリアはそれから、落ち込んだように視線を落とすピノの目線に合わせて優しく腰を落とした。
「ピノくん……『本物の人間になりたい』って、どういうことなのかな?」
ミリアの柔らかい問いかけに、ピノはぎゅっと木の手を握りしめ、胸の内を絞り出すように語り始めた。
「だって……ボクは木でできているんだ。ご飯を食べても味がしないし、怪我をしても血が出ない。みんなみたいに温かくもないし、本当の『心』だって持っていない……お父さんは『人間を知れば人間になれる』って言ってくれたけど、ボクは……血の通った本物の人間になりたいんだ!」
自分の不完全さに悩み、切実に「人間」に憧れるピノの吐露。
だが——それを聞いたレイクは、ポカンと口を開けて首をかしげた。
「え?なんで?」
「……え?」
目を丸くするピノに、レイクは屈託のない笑顔を向けた。
「お前、こんなにおもしろいのに!喋る人形なんて初めて見たぞ!今のままでいいじゃん!」
「えぇっ!?おもしろいってなにさ!ボクは真剣に悩んでるんだよ!?」
驚くピノにレイクはニッと笑いながら続ける。
「だってそうだろ?人間なんてそこら中にいくらでもいるけどさ、お前みたいな奴は世界中探してもそうはいねぇよ!すげぇかっこいいじゃん!」
「か、かっこいい……!?」
思いも寄らない言葉に、ピノはぽかんと口を開けた。
ミリアは隣でレイクをそっと見つめると、優しく微笑み、ピノの目線に合わせて優しく語りかけた。
「うん、私もレイクくんに賛成かな。一生懸命悩めるって、それだけで素敵なことだと思うな。今のピノくんもかっこいいと思うよ。」
腕を組んでいたエギルが、苦笑混じりに言う。
「ふん……まあ、無神経な言い草だが、一理あるな。貴様は貴様のままでいれば良い。」
「……人間になったところで、別にいいことばかりでもないしな」
ゼノンも淡々と呟きつつ、視線をピノに向けた。
「みんな変だよ……っ!ボクは、絶対に本物の人間になって見せるんだから!」
ピノはプイッと横を向く。
「あ、待って、ピノくん!」
ピノが振り返る。
ミリアは優しく微笑んだ。
「えいっ。子どものいたずらを叱る時によく使う魔法だよ。」
ミリアはピノの鼻先をちょん、と杖で触れる。
「え?」
淡い光がふわりと鼻へ宿る。
「嘘をつくと鼻が伸びちゃう魔法」
「えぇっ!?……へ、へへーん!そんなの効いてないもんね!」
ポンっ!
ピノの鼻先が、勢いよく数センチひょろりと伸びた。
レイクは大きく笑った。
「なんだそれ!おもしれぇ!」
エギルは微笑みながら言う。
「自業自得だ」
ゼノンも口元を緩める。
「……いい薬だな。」
ピノは伸びた鼻を両手で押さえた。
「うぅ~!!みんないじわる!もういいもんね!!」
ポンっ!
鼻を伸ばしながらピノは走り去ってしまった。
「あ、待ちなよピノ!……ハァ、すみませんね旅のお方。あの子、すぐ意地になっちゃって」
ジミルは申し訳なさそうに深々と頭を下げると、急いでピノの後を追いかけて行った。
小さくなっていく二人の背中を見送りながら、ミリアがぽつりと呟く。
「あはは……やりすぎちゃったかな……でも、ピノくん……どうしてあんなに無理をしてまで、自分を偽っていたのかな……」
「……あいつなりの、必死な『嘘』なのだろうな」
エギルは腕を組み、去っていくピノの背中を見つめながら静かに息を吐いた。
「だが……あの村長の貼り付いたような笑顔といい、あいつの悲痛な強がりと言い、どうにもこの村は『嘘』が多すぎる。……あまりに不自然だ」
ゼノンもエギルの言葉に静かに頷き、瞳を深める。
「あぁ。村人も、あの人形も、何かから目を背けるように嘘をついている気がするな。……どうもきなくせぇ。警戒しとこう」
レイクは去っていったピノの背中を見つめたまま、珍しく何も言わなかった。
その時、誰もいないはずの路地の奥で――
カチ……
月明かりに照らされた木彫りの人形が、一瞬こちらを見ていたような気がした。




