リュミエール王国と星空の魔法
今回からレイク達は世界を巡ります!
今回の舞台は舞踏会を夢見る少女。
灰をかぶり、召使いのように働かせられてる少女の運命は?
お楽しみいたけると幸いです!
「ルベル! まだ床の雑巾がけが終わっていないの!? このどんくさい子ね!」
「お姉様のドレスのアイロンがけもまだでしょ! 早くしなさいよ!」
冷たい怒声と、バシッという鞭のような音が屋敷に響き渡る。
リュミエール王国の片隅にある豪華な屋敷。そこでは、ボロボロの服を着た一人の少女——ルベルが、冷たい石畳の床に膝をつき、必死に雑巾がけをしていた。
「申し訳ありません、お母様、お姉様……すぐ終わらせますから……」
実の父が亡くなって以来、継母と二人の義姉たちはルベルを召使いのように扱い、虐げ続けていた。どれほど尽くしても罵倒され、冷遇される毎日。
(いつか……いつか、この暗闇から抜け出せる日が来るのかな……)
破れた袖で頬の汚れを拭い、ルベルは届かない光を求めるように、遠くに見えるお城の塔を見つめていた。
◇
「——というわけで、明日から数日間、課外演習として遠征を行ってもらう」
夕暮れ時の最下位クラスの教室。黒板にドカンと『課外演習』と書きつけたラルクが、教壇から生徒たちを見下ろしていた。
「えぇぇーっ!? 遠征ですかぁ!?」
ミリアが思わず声を上げる。レイクはといえば、目を輝かせて身を乗り出していた。
「学園の外かよ、最高じゃねぇか!! どんな所なんだろうな!うまいもんも食えたりすんのか!?」
「結局そこかよ、レイク……。行き先は『リュミエール王国』だ。近々、セシル王子の披露宴を兼ねた大舞踏会が催される。我々の主な任務は、その舞踏会の警護と——王国周辺で感知された怪しい魔力反応の調査だ」
ラルクはそう言って、少しだけ目を細めた。
「いいか、今回はおれがお前たちの引率として同行する。他クラスからの参加者はいない。お前たち二人とおれだけで行くぞ」
「はいっ!」
◇
翌日。ガタゴトと揺れる馬車に揺られ、一行はリュミエール王国へと到着した。
白壁の美しい建物が立ち並び、街中がお祭りのような華やかな熱気に包まれている。
広場では使者が「明日、セシル王子の披露宴を兼ねた舞踏会を開催する! 王国中の女性を集めよ!」とお札を読み上げており、色鮮やかなドレスを着た街の女性たちが嬉しそうにはしゃいでいた。
通りを行き交う人々を物珍しそうに見回しながら歩く二人。
——と、その時だった。
「わっ!?」
「きゃあっ!」
路地から慌ただしく走ってきた人物と、レイクが正面からガシャンとぶつかってしまった。
相手が抱えていた籠が落ち、中の割れやすい瓶や卵が地面に散らばってしまう。
「……すまん! 大丈夫か!?」
「ご、ごめんなさい! 私、前をよく見ていなくて……あ……っ!?」
ぶつかった相手は、華やかな街の中で一人だけ質素な服を着た美しい少女——ルベルだった。
割れてしまった商品を見た瞬間、ルベルの顔から血の気が引いていく。
「ど、どうしよう……! お母様に頼まれたお買い物なのに……割れちゃった……っ。怒られる……またお部屋に閉じ込められちゃう……っ」
ガタガタと恐怖に震えるルベル。ミリアは慌ててしゃがみ込み、彼女の手を取った。
「だ、大丈夫ですか! お怪我はないですか!? 私たちもちゃんと前を見てなかったから……弁償させてください! ね! レイクくん!」
「おう! おれ達が代金払うし、買い直すの付き合うから泣くなよ!」
二人でルベルをなだめ、買い出しを手伝って無事に荷物を揃えた頃には、すっかり三人は打ち解けていた。
ルベルの屋敷の裏手で、彼女はぽつりぽつりと自分の境遇を話し始めた。
「実は……昔、セシル王子様に助けていただいたことがあって。明日の舞踏会でお礼が言いたいんです。でも……お母様やお姉様たちに『そんな汚い格好で外に出るな』って言われていて……着ていく服もないんです」
「そんな……酷い……!」
ミリアが怒りに拳を握りしめると、レイクも不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「よし! ならおれ達でドレス作ろうぜ!」
「えっ、レイクくん!? 私たちでドレスを!?」
「おう! 買えねぇなら作ればいい! なぁルベル!」
「え……あ、私、お母様たちの古着の布なら少し持っています……!」
「決まりだな!」
笑うレイクを中心に、三人でのドレス作りが始まった。
ミリアが魔法で布のほつれを整えたり色を補い、ルベルが丁寧に針を刺し、レイクが力仕事や型取りを手伝う。
「わあ、ミリア様の魔法すごい……!」
「うふふ、ありがとうございます! あ、この色可愛い! この装飾もつけたら可愛くないですか?」
「本当ですね! 可愛いです! この装飾も素敵じゃないですか?」
ルベルとミリアは楽しそうにアイデアを出し合う。
「ガールズトークだな……おいルベル、このリボンここに付けたらどうだ?」
「ふふ、レイク様、それはリボンじゃなくて帯ですよ!」
「あ、そうなの……」
作業の合間には笑い声が弾け、やがて夜遅く、可愛らしい手作りのドレスが完成した。
「できたーーっ!」
「すごい……! 本当に舞踏会に行けるなんて……! お二人とも、本当にありがとうございます!」
感動で瞳を潤ませるルベルと抱き合い、三人は笑顔で明日の舞踏会での再会を約束したのだった。
◇
そして、舞踏会当日。
警護の仕事の前にルベルの様子を見に向かったレイクとミリアは、屋敷の正面玄関で楽しそうに歓談する人影を目撃する。
「まあまあ、ヴァルガン様! わざわざ我が家にお立ち寄りくださるなんて!」
「ハハハ、お安い御用ですよ。今日はお二人のお嬢様方に、セシル王子を真っ先にご紹介しようと思いましてね」
「まあ! 本当ですかヴァルガン様!」
「王子様、私達を気に入ってくださるかしら!」
豪華な身なりをした継母と二人の義姉たちが、嬉しそうに一人の紳士と談笑していた。
王国の宰相であり、重鎮でもあるヴァルガンだ。ヴァルガンは紳士的な笑みを浮かべながら、継母たちにお茶を勧められている。
「あの人……王国の宰相様だよね? なんであんな性悪そうな家族と親しそうなんだろ……」
ミリアが不審そうに呟く。
そんな華やかな玄関前を通り過ぎ、屋敷の裏手へ回った二人は、一転して絶句した。
「……うそ……」
そこには、ボロボロに引き裂かれたあのドレスを抱きしめ、地面に伏して泣きじゃくるルベルの姿があった。
「ルベル! どうしたんだこれ!?」
「あ……レイク様……ミリア様……っ」
ルベルは涙でぐしゃぐしゃの顔を上げ、破れたドレスを必死にかき集めながら、震える声で言った。
「ごめんなさい……っ! ごめんなさい……! お二人が……お二人が昨日、あんなに一生懸命作ってくれたのに……っ! お母様とお姉様に見つかって……『身の程を知れ』って……ビリビリに破かれちゃって……っ! せっかく作ってくれたのに……守れなくて……本当に、ごめんなさい……っ!」
自分の悔しさよりも、二人が込めてくれた想いを踏みにじられたことに胸を痛め、何度も何度も頭を下げて謝るルベル。
「ルベルさん……そんな、謝らないでください……っ! ルベルさんは何も悪くないのに……!」
ミリアは悔しさに唇を噛み締め、レイクも怒りで拳を強く握りしめた。
その時だった。
「——おや? ルベル殿。これはお可哀想に」
穏やかで、どこか艶のある男の声が路地に響いた。
先ほどまで屋敷の前で継母たちと親しそうに話していたヴァルガンが、いつの間にか裏手に立っていたのだ。
「あ……ヴァルガン様……」
「セシル王子も貴女のお越しを心待ちにされているというのに……このような残酷な仕打ち、見ていられませんね」
ヴァルガンはルベルに優しく微笑むと、恭しくその前でパチンと指を鳴らした。
ゴオッ……!
小さな光が彼女を包み込み、破れたドレスが一瞬にして夜空の星を紡いだかのような息をのむほど美しいドレスへと変わり、足元には透き通る『ガラスの靴』が装着された。さらに近くにあったカボチャが、瞬く間に豪華な馬車へと姿を変える。
「すっげぇぇぇ!! 一瞬でドレスに着替えさせたぞ、あのおっさん!」
「すごい……魔法……!?」
言葉を失うレイクとミリアを余所に、ヴァルガンは柔らかく微笑んだ。
「さあ、お行きなさいルベル殿。カボチャの馬車が貴女を夢の城へ運んでくれますよ」
ルベルは涙を拭い、夢を見るような心地で馬車に乗り込むと、出発直前にレイクとミリアへ向けて笑顔を見せた。
「レイク様、ミリア様! 行ってきます!」
「おう! 楽しんでこいよルベル! めちゃくちゃ似合ってんじゃん! 綺麗だぞ!」
「ありがとうございます!」
嬉しそうに頬を染めてお礼を言うルベル。馬車はカツカツと音を立ててお城へ向かって走り去っていった。
「よかったね、ルベルさん……」
ミリアはルベルを無事に送り出せたことに安堵した……はずだった。
だが、ルベルを笑顔で見送り、素直に「綺麗だ」と褒めたレイクの横顔を見た瞬間。
きゅっと、胸の奥が痛くなった。
(……え? なに……これ……)
ミリアは自分の胸元をぎゅっと服の上から掴みしめる。
レイクはいつも自分に対してもまっすぐで、頼りになって。
でも、他の女の子に向かってあんな風にまっすぐに「綺麗だ」なんて言うのを見たのは、初めてだった。
(……なんか、嫌だな……)
モヤモヤとした名前のつかない感情が、ミリアの心の中に広がっていく。
「おいミリア、どうした?」
首を傾げて覗き込んでくるレイクの顔を見て、ミリアは慌てて顔を背けた。
「な、なんでもない! なんでもないよ!」
「?? 変なやつだな……」
去っていく馬車を、ヴァルガンは穏やかな笑みを浮かべたまま見送っていた。
だが、その瞳の奥には、誰にも気づかれない冷たい光が宿っていたのだった。




