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対人演習、決着

 白煙の漂う大演習場。 土煙の向こう側で力なく倒れ伏すレイク。


「残念だったな……おれの勝ちだ」


 ゼノンが肩で息をつきながらそう呟く。周囲からは、驚愕と戦慄の声が上がっていた。

「あんなの反則だろ……」

「おいおい、もうそこらの騎士より強いんじゃないか……?」


「レイクもよくやったが……しかし……」

苦々しい表情で呟くエギル。


 だが、その隣でミリアが静かに、けれど力強く首を振った。

「ううん……まだだよ」


「なに……?」


(っ……!?)

立ち去ろうとしたゼノンが、突如としてその場に足を止めた。自身の両膝と指先が、激しく震えている。


(魔力を使いすぎたか……?A級魔法の消費か……いや、あいつの無茶苦茶な攻撃を相殺するのに、思っている以上に魔力を持っていかれちまったのか……!)


 ゼノンは倒れたレイクを見つめる。

(レイク……これほどまでやるとはな。『ガッカリだ』なんて言っちまったが……)


「え〜……では、勝者——」


 学年主任が手を挙げかけた、その時だった。

「……待てよ」

「!?」


 ゼノンとエギルが息を呑む。 全身傷だらけの少年が、揺らめく白煙を押し返すようにして、ゆっくりと、ふらつきながら立ち上がった。


「これくらいで……レイクくんは終わらないよ」


 ミリアが誇らしげに微笑む。 レイクは口元をぬぐうと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべてゼノンを睨みつけた。

「ハァ……ハァ……勝手に終わらせてんじゃ……ねーよ。おれは……まだ立ってんぞ」


 ゼノンは目を見開き、レイクに問いかける。

「正気かお前……!? もうただの怪我じゃすまねぇぞ!」


「あ? 知ったことかよそんなん。おれはそんな賢い生き方できなくてな」


 レイクは荒い息を吐きながら、力強く両脚で大地を踏みしめた。

「まだ立てるなら立つ。戦えるなら尚更だ。その時、その瞬間を精一杯やる……! おれはそれしか知らねーんだよ!!」


「そうか……! なら、さっさと終わらせて——!?」


 ゼノンの言葉が途切れた。自分の足元に、無数の影が落とされていることに気づいたからだ。

(まさか……!?)


 仰ぎ見た上空——そこには、見上げるほど高い空に浮かぶ、無数の巨大な岩塊と土爆の群れがあった。

「いっけぇぇぇぇええええ!!!!」


 レイクが腕を振り下ろすと同時に、空を埋め尽くす岩の雨がゼノンを目がけて降り注ぐ!

「クッソ!!」


 ゼノンは頭上に手を掲げ、上空の岩塊群を粉砕していく。

「……やっと隙ができた」

(!? こいつ……至近距離に……!?)


 岩の雨を破るその隙に、レイクがゼノンの懐深くへと肉薄していた。

(四の五の考えてらんねぇ……思い出せ! 入試の時の感覚を……あの時の『あれ』を!!)

「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 背後に引いたレイクの手のひらに、演習場全体を照らし出すほどの超巨大な炎の球体が出現する。


(あれは……!)

ミリアが目を見開く。


(入試の時の……あの大魔法!!)

ゼノンは本能的に危機を悟る。


「食らえぇぇぇぇええええ!!!!」


 ドッッカーーーーーーーーーーーン!!!!!!


 零距離で炸裂した大爆発。 激しい爆風が演習場を駆け抜け、観戦していた生徒たちすら吹き飛ばされそうになる。


 レイク自身も反動で派手に地面を転がった。


「ハァ……ハァ……どうだ……っ!」


 立ち込める白煙。その中から、荒い吐息が聞こえてくる。


「ハァ……ハァ……っ……!?」


「チッ……あぶねぇな……っ」


 煙が晴れると、そこには泥と煤にまみれながら、ニヤリと笑うゼノンの姿があった。


「ハァ……ハァ……防ぎ……きれねぇ……じゃねーか……っ」


「へっ……そう簡単にはいかねーわな」


 エギルが戦慄する

「なんて奴らだ……ここまでやるか……」


 ラルクの隣で教師の一人が慌てて立ち上がった。

「とんでもないですよこの勝負! すぐに中断させましょう! 重傷者が出てからでは——」


「いや……止められない」


 壁に背をあずけたラルクが、静かに首を振った。

「当人たちが……それを望んでいない」


 死線の先で、笑い合いながら再び向かい合うレイクとゼノン。


「いくぞっ!!」


 レイクが浮かせた瓦礫を弾丸のように飛ばす。


「こんなもん……今更ぁ!」


 ゼノンは飛来する瓦礫を最小限の動きで迎撃していく。


(向こうも魔力はギリギリだ……だとしたら、おれに分がある!距離を保ちながら——)


 距離を保とうとするゼノンの眼前——


 ビュンッ!!


 次の瞬間、レイクが異次元の踏み込みでゼノンの目と鼻の先へと現れた。


(こいつ……っ!?)


 レイクの振りかぶった右拳に、残されたすべての魔力が集束していく。


(な……なんだ……!?)


「なぁゼノン……これはおれの持論なんだがな」


 至近距離で、レイクの瞳が静かにゼノンを射抜いた。


「『憧れすぎる』ってのも、どうなんだ?」


「!?」


「憧れてるだけじゃ……いつまで経っても、あいつには追いつけねーぞ!!」


 レイクの拳に、凄まじい魔力の炎が宿る。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」


(まずい……やられる……負ける……っ!!)


「——そこまで!!!!!」


 ピタッ……!!


 張り詰めた大声が響き渡り、レイクの拳がゼノンの鼻先数ミリのところでピタリと止まった。


 ブワッッ!!!! ドーーーーン!!!!!


 拳そのものは届いていないにもかかわらず、解き放たれた凄まじい衝撃波と風圧だけで、ゼノンを挟むように演習場の地面がV字に削り取られた。


「ハァ……ハァ……っ」


「時間切れだ! 両者、今回は引き分けとする!」


 学年主任の宣言が落ちると同時に、静まり返っていた演習場が爆発的な歓声に包まれた。


『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』

「おい……なんだよ今のすごい試合……!」

「てかあの最下位クラスのやつ……あのゼノンくんと引き分けたぞ!?」


「たぁ〜〜〜! 引き分けかぁ! お前マジで強いな、ゼノン!」


 レイクが肩の力を抜き、笑いながらゼノンの肩を叩く。


「お……お前……」

(もし……あれを喰らっていたら……おれは……)


 レイクはニッと笑う。

「またやろうな! 次は絶対に勝つぜ!」


「おい、待て……!」


「?」


 去ろうとするレイクの背中に、ゼノンは先ほどの言葉を反芻していた。

(追いつけねーか……)


 ゼノンはフッと表情を緩め、穏やかな笑みを浮かべた。


「……レイク。ありがとうな」


「? あぁ……こちらこそな?」


 何のことかわからないといった様子で、レイクは首をかしげて見せた。

◇

「え〜、では次の試合を始める!」


学年主任の声に応じ、残りの試合も順次消化されていく。


「……凄まじい試合でしたね」

「あぁ。レイク、ゼノン、エギル……あいつらは良いライバルになるかもしれん」

「フフ、そうですね」


 教官たちの言葉に見送られ、こうして熱狂の対人演習は幕を閉じた。

◇

「……惜しい勝負だったな」

帰り道、控えエリアの陰からエギルがゼノンへ歩み寄る。


「お前は……」


「お前も、奴に何かを感じたようだな」


 ゼノンはエギルの言葉を聞き俯いた。


「……おれは、負けたよ」


「?」


「あの瞬間、はっきりと負けを確信した。時間切れなんてのはただの建前だ」


「フン……おれもその口だ」


 ゼノンはエギルの言葉に首を傾げる。

「? お前もあいつにやられたのか? これまで対人演習なんてなかったろ?」


 エギルは首を横に振った。

「そうじゃない。おれも奴に……『騎士とは何か』を思い出させられたのだ」


「そうか……」


 ゼノンは可笑しそうに口角を上げた。

「お互い、すっかり伸び切った鼻を折られちまったな」


 エギルは微笑んだ。

「あぁ。……だが、これからだ。必ずおれは奴に借りを返す。そしてお前にもな。おれはこの学校で頂点に立つ……必ずな」


「そうか」


 クスッと笑うゼノンに、エギルが眉をひそめる。

「何がおかしい」

「いや……おれ、この学校に来てよかったよ。これからもっと……楽しくなりそうだ」


「……そうだな」

◇

 場面は変わり、最下位(D)クラスの教室。


 ガラッ


「すまん、遅くなった。とりあえず対人演習の総評だが……? ミリア?」


 教室に入りながらラルクが声をかけようとすると、一番前に座っていたミリアが慌てて人差し指を口元に当てた。


「先生! しーっ……!」


「? あー……そういうことか」

ラルクは呆れたように肩をすくめた。


「あと少しだけ、このままにしてあげてください……」


「ZZZZZ……」


 夕日の差し込む教室で、レイクが机に突っ伏して気持ちよさそうに深々といびきをかいていた。


 ミリアは優しく微笑み、静かに語りかける。

「お疲れ様、レイクくん」

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