5話
俺を誘拐するなんて。
一体、何が目的なんだ?
だが、誘拐された以上、
あまり敵意を剥き出しにしてはいけない。
冷静な対話で相手の心理を知る必要がある。
ピンチの時こそ笑みを絶やすな。
回りくどい問いかけは本質から逸れる。
ここは敢えて率直な質問がベストだ。
「私をここに連れて来た意図をお聞かせ願いたい」
初老の男は頷いた。
「お主にはこの国を救って貰いたい」
テロリスト、テロリストだっ!!
”国を救う”という曖昧な言葉に全てが含まれている。
問い掛けるんだ。
作戦の具体的な内容に辿り着き、警察へリークする。
使い捨ての駒になんて俺はならない。
「具体的には何をするのでしょうか?」
「来る戦いにて先陣に立ち、我らを勝利へ導くのだ」
力強く語る男に呼応するかの如く、
周囲の兵達から歓声が挙がる。
場は熱を帯びていった。
初老の男は周囲の兵を見渡し、
兵は槍を掲げ、奇声を上げる。
この男の話す内容に具体性が無い。
まさか、ビジョンだけで行動計画が無いのか?
経営者にも夢を語る者は居る。
だが、具体性が無ければ他の夢に喰われていくだけだ。
この時、鞄に微かな振動を感じる。
テロリストは俺を見ていない。
そっと鞄に手を入れ、スマホを確認する。
白長部長からの連絡だ。
”先方からクレームが入った。
今、お前は何をしている?”
鞄に手を入れたまま親指を高速で動かす。
”我、誘拐され、自力での帰還、困難”
送信後、またスマホが震える。
”現在地は分かるか?”
トラブルへの順応が早い白長部長。
助かる。
”恐らく新宿区、四谷、相手、テロリスト”
俺が送信ボタンを押した瞬間、
画面の光がフッと消える。
勤務時間内にスマホの充電が無くなるとは、
営業としてあるまじき失態。
だが、俺の位置は知らせた。
捜索が始まるまで時間を稼げばいい。
次第に会場の熱は冷め、落ち着きが戻る。
俺は初老の男の動向を伺う。
すると、男は俺を手招きする。
左手に握られた錫杖、鈍器としては充分だ。
素直に男に付いて行くと、
壁際の扉に向かって行く。
開け放たれた扉からは風が通り抜け、
白いカーテンが柔らかにたなびく。
扉の先には十畳程のバルコニー。
花の彫刻がなされた白い手摺りは腰程の高さ、
明らかに転落死への配慮が足りない。
「見よ、この風景を。
これがお前に守って貰いたいものだ」
眼前に広がるのは、
果てしなく地平線まで続く緑の森。
遥か彼方の聳え立つ連峰は雲を突き抜ける。
足元には所狭しと古びた建物が並び、
慎ましく生きる人々の営みが垣間見えた。
「失礼、お尋ねしたい事があるのですが?」
雄大な景色に当てられた俺の意識が変わった。
初老の男はそう思っていたのかもしれない。
「遠慮無く申してみよ」
男の表情に嬉しさが滲み出る。
「ここ、新宿区の四谷じゃないんですか?」
初老の男の顔はげっそりとしていた。
問題解決の糸口を失った哀れな男の顔だった。
状況が把握出来ていない俺に、
詳しい説明をしてくれたが、これがかなり厄介だった。
「魔王軍がおってな、え~と、昔から仲が悪い。
それで~あっ、仲が悪いのは人間とじゃな。
う~んと、あっちが悪いのじゃよあっちが。
そもそも魔王というのがじゃな・・・」
どうにも説明が何も頭に入って来ない。
この男は話したい事から話す癖がある様だ。
数度、情報の解析を試みるも、
こちらの精神力が持たなかった。
仕方無いので、
丁寧に質問をして情報を集めてみた。
纏めると、
魔王と人間がこの世界の覇権を争い、
泥沼の戦争を繰り広げている。
かなり昔、魔王軍と戦っていた時、
劣勢だった戦局を覆すために禁忌の術に手を出した。
別世界から勝手に人を召喚して戦わせる。
悍ましいこの手段を”勇者召喚”と呼ぶそうだ。
人の選び方は無作為。
今回たまたま俺が選ばれた。
俺は応接室に通され、椅子に腰を掛ける。
話は終わっていない、本題はここからだ。
勝手に人を呼びつけ、仕事の邪魔をした。
今となっては損害賠償の確約が欲しい。
あぁ、そうだ。
目の前で萎んでいる冠男は、
この国の王で、バルガス四世と言うらしい。
第一印象は一廉の人物と思っていたが、
俺の観察力もまだまだ甘い。
「それで、今どの様な問題が?」
蚊の鳴く様な声でバルガス四世は答える。
「魔王軍、魔王軍が大軍で。
勇者に金貨百枚でどうにかして貰いたい。
他国は当てに出来ない」
よし、これは分かったぞ。
魔王軍が大軍で攻めて来る。
他国の増援が望めないから勇者を召喚したと。
「勇者とは一軍と渡り合えるほど強いのですか?」
「それはこちらが聞きたい。
そうだっ!!お主のスキル、スキルはどうなってる?」
投げやりな笑みだったバルガス四世の目に力が戻る。
「随分と不躾な質問ですね・・・」
取得資格?いや、職務経歴についてか?
転職を考えていない俺には難しい質問だった。
この場を就職面接と仮定した場合、
俺はどう答えるのだろうか・・・




