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4話

 午前九時。

この時間になると各々が取引先に出向く。

出向く先が無い者は、鳴り始める電話の対応をする。

それが暗黙のルール。


俺はあさり終えたメールボックスを閉じる。

制御の効かない右足が一定のリズムで小刻みに揺れている。


キーボードを叩く音も普段とは違う。

それでも俺の表情は変わらない。


俺は昨日から何も変わってはいない・・・



 午前九時十五分

鞄に必要書類は揃っている。

十時には契約締結に向けた会議に参加する。


出かけ際に部長から、


「万が一も無いと思うが、イレギュラーの際は連絡しろ」

と部長に念を押された。


「その油断が命取りになる。昨日の学びです」


その一言に部長の目は一層ガンギマる。


エレベーターで一階まで降りた俺は

首に掛けた社員証を手に取る。


壁に付いたセンサーまで数歩の距離。


突如、床から一筋の光の柱が立ち上る。

それは俺の周りに二重の円を描く。


円の中に浮かび上がる奇妙な図形と謎の文字。


俺は知らなかった。

新しいセンサーが床に内蔵された事を。

メールでの通知も来てはいなかった。


まばゆい光に目がくらむ。

センサー反応時の光量について改善提案をする必要があるな。


強い光が天井まで伸びていく中、

センサーの識別を待ち、俺はそっと目を閉じた。



 次に目を開けた時。

何故か俺はコスプレ会場に居た。


土足が躊躇ためらわれる、手織りとおぼしき赤い絨毯じゅうたん

姿が写り込む程に磨かれた光沢を放つ大理石の床。

天井に吊るされた豪華なシャンデリアはキラキラと輝いている。


西洋の城を彷彿とさせる内装の作り込みは実に圧巻。

世界観の再現にこだわりを感じる。


左右に列を成した兵士の西洋甲冑は造詣ぞうけいが見事だ。

手に持った銀色の槍は受注生産だろうか。


何よりも、赤い絨毯じゅうたんの先。

少し小高い場所に居る初老の男の頭に金色のかんむりが乗っている。


首元の装飾品、白いファーのついた赤いマントの刺繍ししゅうも美しい。

座っている玉座は少し安っぽくも見えるが小道具としては充分だ。


王のコスプレ、かなりこだわりが深い・・・

趣味に使える金と時間、俺の生きる現実とは別世界だな。


ジャンルに係わらず、質の良い物を見せてくれた事に感謝は伝えたい。

しかし、これから商談の最終調整に向かわねばならない。


出口を探そう。



 俺は振り向き、足早に歩き出す。

部屋の奥行から見るからに会場はかなり広い。


建物から出るのに時間が掛かりそうだ。

闇雲に探すより聞いた方が手っ取り早い。


一番近い甲冑の人にしよう。


おっと、ここは社内では無い。

笑顔を忘れるな。


「あの、私・・・」


静寂の空間を風が切り裂く。

上を向いていた槍の穂先が俺の前に突き出された。


若干の傷跡が目立つが、穂先は見るからに鋭い。

役になりきるのもコスプレの魅力なのだろうか?


雰囲気をぶち壊して本当に申し訳ないが、

俺はかなり急いでいる。


「出口を聞きっ・・・」


金属がこすれ合う音と共に二人が片足を踏み出し、

突き出された穂先が三本に増えた。


怒っているのか!?

イベント会場に俺が勝手に入って来たから。


それなら、商談後に詫びにこよう。


だが、これ以上邪魔をするなら、

こちらも法的措置を辞さない。


商談が破談となった場合、損害賠償は負って貰う。

後悔しても遅いぞ、訴訟は白長しらなが部長の得意分野だ。


「どいてくれないか、時間が無いんだ」


呼びかけても甲冑達は微動だにしない。

このまま睨み合っても埒が明かないだろう。


進むか・・・


俺が一歩前に出ると甲冑共は一歩後ろに下がる。

槍の穂先がかすかに揺れる。


・・・怯えている?


商談に掛ける俺の気迫、若しくは訴訟にか。


「待て・・・」


呼び止める声は静かで重いがよく通る。

振り向かずとも声の主は誰だか俺には分かっている。


俺はきびすを返し、元居た場所まで戻る。


「なんでしょうか?」


俺はイベントの主催者とおぼしき初老の男に問い掛けた。



 慌ただしい足音が室内を駆け巡る。

兵が初老の男の前に集まり、強固な銀色の防壁を作り出す。


溜め息をいた初老の男が口を開く。


「ふぅ、突然の事で驚いたのであろう。

 ここに呼ばれた者は皆同じであったと聞く」


時間が無い時に限って、もったいぶったしゃべり方をする人に当たる。

この程度で苛々(いらいら)しては営業は務まらない。


「ここが何処どこなのか・・・

 何故ここに居るのかを聞きたくはないか?」


イベントの雰囲気を壊さずに”位置情報”を伝えようとしているのか。

ここは焦らずに相手に合わせるのが賢明だ。


「是非、お聞かせ願えませんでしょうか」


「よかろう・・・」


初老の男は立ち上がり、両腕を大きく開いた。


「ここはシンディーク森林の中央部、ヨツンヘイム王国」


ふふふ、俺には分かるぞ。

ここは”新宿区の四谷”という事だな、会社から電車で十数分だ。


だが、四谷は新宿区の中央ではないぞ。

土地勘が無い様だな。


初老の男は続け様に語る。


「そして、お主がここに居る理由だが、

 我らが召喚によるものだ」


召喚・・・まさか法的機関だったとは!?

この建物の広さ・・・


そうか裁判所だ。

一度も来たことが無いから知らなかったが、

裁判所の内部はこんな造りになっているのか。


裁判所を使ったコスプレイベント。

つまり、公的な催し物だという事だな。


訴訟相手としてはかなり手強いぞ。


しかし、ビルのエントランスでセンサーの光に包まれてから四谷・・・

市ヶ谷での商談に向かって四谷・・・


おかしい・・・乗り過ごした記憶が無い・・・

いや、そもそも電車に乗っていない。


まさか、スタングレネードからの誘拐!?

俺は犯罪拠点に連れ去られたのか?・・・

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