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2話

 四年前、業績悪化を理由に代表取締役が更迭こうてつされた。

その空いた席に座ったのが、当時の副社長であった船出ふなで 数正かずまさだった。


船出ふなでは徹底的な経費削減を主軸にえ、会社の改革に乗り出した。

出張費用や接待費などを始め、交通費やペンなどの消耗品にまで口を出した。


一見、従業員から見れば、ただ苦しいだけの改革にも思えた。

だがあの男の本当の狙いは別にあった。


経費削減に一定の効果が出始めた頃、船出ふなでは削減した経費を人件費に当て込んだ。

従業員は大いに歓喜し、会社の業績は目に見えて改善されていった。


会社の業績を大幅な黒字に転換した船出の手腕は株主からも称賛され、

その地位は盤石となっていった。


ある日、船出ふなでは全従業員の残業代を実質的に廃止した。

基本給を上げ、そこに百二十時間分の残業代を含み、

”超えてからは本人の自覚次第”と言い放つ。


従業員の責任感を盾にして、サービス残業を推進していった。


当然、猛反発にあったが、その時には船出ふなでの実権を揺るがす者は一人もおらず、

誰しもが黙って従うしかなかった。


更に、従業員の人事評価を公表した。

業績の良い者にはインセンティブを与え、悪い者は容赦なく切り捨てた。



 俺は褒められる程の業績を出すタイプでは無く、

人事評価に怯える日々を送っていた。


運良く・・・いや、今となっては悪運と言いたくなるが、

大口顧客の契約が取れ、翌月に表彰される事になった。


想像以上の昇給に目がくらんだ俺は、

顧客の都合が段々と見えなくなっていった。


皮肉な事に、その度合いが増すにつれ俺の業績は伸びていく。


そして、俺の瞳がよどみでおおいつくされた二年前。

第一営業部の業績一位は俺のものになった。


その時、俺は笑っていたのか泣いていたのかを、

はっきりと覚えてはいない。



 社内での競争が激化していく中、

上がり続ける給料が生み出した”責任”という名の鎖。 


船出ふなでは従業員に金を与え続け、その対価に魂を絞る。


あいつは会社にとっては”神”だったのかも知れないが、

人生を搾取される俺達から見れば”死神”でしかない。


そのやり方に不満を持つ者から、

” 死への船出ふなで ” や ” 数が正義 ” と揶揄やゆされた。



 こんな日々を永遠に続けるつもりだった。

何の疑いも無く心を滅し淡々と・・・


だが、俺は気付いてしまった。

家にあるおぞましい物に・・・


数年前、発売された日に買ったゲームソフト。

去年の春物のアウター。

空になった風呂用洗剤の横に置かれた詰め替え用。

刃物が当たった形跡の無いまな板。


このどれもが新品だった事に俺は恐怖した。

俺の家には人間が住んでいない。


この事実が ” 俺の世界は歪んでいる ” と警鐘を鳴らし、

仕事で埋め尽くされた思考の隙に、抵抗の灯火ともしびが揺らぐ。



 それから俺は”休み”というものに興味を持った。

当然、今の俺には心理的なハードルが高い。


だが、どうすれば休みが取れるのかを俺は真剣に考えた。

この難問の回答例が転がり込んで来るまでは・・・


ある日、他部署のエースがインフルエンザにかかり、

有給休暇を許可されたと、まことしやかにささやかれた。


俺はそれを鵜吞うのみにした。

本心では嘘だと分かっていたのに、何故か心が軽くなる。



 俺は硬貨を口に含むことから始めた。

貰ったお釣りを使わずに家に持ち帰り、口に含んではそれを洗った。

時々、途轍とてつもない虚無感が襲って来るが、気にしないのがコツだ。


しかし、残念ながら特に”効果”は見られない。


次に、病院で検査前にも係わらずインフルエンザだと嘘をき、

同じインフルエンザの患者と同室に隔離される。


数度繰り返しただけなのに出禁を言い渡された。

病院に行く必要性を感じていないので、特に問題は無い。


因みに、病院の待合室で呼んだ記事に”プラシーボ効果”についてを解説が有り、

物は試しと ” インフルエンザになった ” と信じ込んでみたが、この虚無感には耐えられない。


アイデアが枯渇し始めた。

だが、そんな時だからこそ天啓が舞い降りる。


朝の電車内で酷く咳込せきこむ男と寄り添う女が居た。

男はせきを手で抑え、そのまま手摺てすりを掴む。


心配そうに見つめる女が男に言う。


「大丈夫~せきをした手で手摺てすりを掴むと他の人に悪いから私に掴まりなよ~」



何気なく耳にした言葉。

くたびれ過ぎた脳に駆け巡る電気信号。

”求めていた最適解”が導き出された。


「電車の手摺てすり・・・

 その手があったか!!」


活性化されていく脳。

社内で無料配布されているエナジードリンクは、今の俺に必要無い。


だからこそ気付く、これはハイリスクハイリターンであると。

警察の介入だけは避けなければならない。


夢を叶えるために俺はやる。

指をくわえて見ているだけでは何も変わらない。


今度は社会的モラルの重さと、叶えたい願いの熱量を天秤に掛ける。

どちらに傾くかは運命に身を任せるしかない。

この物語の主人公の思考は常軌を逸しております。

影響を受けて公序良俗に反したムーブをぶちかましても、

自己責任となりますのでご注意下さい。


警察の御厄介になるのはさることながら、

社会的に”変態”と認定された場合の精神的苦痛は、

”もともと変態だった”のだから仕方が無いと諦めて下さい。

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