18話
ライオットさんが机の後ろにある窓を開けると、
練兵所から号令が微かに耳へ届き、陽の光が部屋に射し込む。
光を反射した金色の鎧は、後光を放つ神の様な神々しさだ。
兵士達の崇拝の対象としては申し分ないだろう。
だが、俺達は所詮人間でしかない。
やれる範囲で出来る事をやるしかないのだ。
勿論、ひ弱なサラリーマンである俺と比較しなくとも、
軍属の人間なら ” 多少の無理 ” など、意に介さないだろう。
これから兵士達に何をして欲しいのかを説明しなければならないが、
もう少し魔族について知っておきたい。
何故、魔族はこの辺境の国に攻めようと思ったのか。
この辺境にある国を占領する価値について、
推測でもいい、魔族の考えている事が俺と同じなのかを知りたい。
殺風景な部屋は静寂に包まれ、
金獅子と副官の二人は何故か下を向き、押し黙っている。
俺の表情は元に戻っていると思うのだが・・・
「それで・・・」
俺が声を掛けるとアフォウ将軍の肩がびくつく。
その様子に一旦、俺は口を閉じた。
流れる雲が日差しを遮り、部屋に陰を落とすと、
煌めく鎧の神々しさが一気に ” 金メッキ ” に様変わりをし、
心なしか獅子の装飾にも威勢が感じられなくなった。
まるで、上司の顔色を窺う部下の様だ。
しょぼくれた獅子の飼い主が恐る恐る口を開く。
「あのっ、勇者様・・・
我が軍に何をさせるおつもりなのでしょうか?」
金色の獅子が ” 借りてきた猫 ” になっている。
” 猫の手も借りたい ” この状況でだ。
目が泳ぎ、指先をいじり始める男と、
それを上からジーッと見つめる金髪の若者。
” 何をするのか ” の答えを、早く教えて欲しそうな様子だが、
一旦、それは置いておく。
「それは後ほど・・・
魔族についてもう少し聞きたいのですが」
「どんな事をお聞きになりたいのですか?」
「仮の話なのですが、
もし、戦争に負けた場合、魔族は人間を皆殺しにしたりするのですか?」
俺が二人に問い掛けると、
猫になった金獅子の代わりに、ライオットさんが答える。
「いえ、労働力の確保の為に生かしておく事が多いそうです。
勿論、逆らわなければの話ですが」
労働力として生かしておく事が多い・・・
同胞を意味も無く虐殺する我ら人間よりも、
魔族というものは遥かに理性的なのではないか?
捕虜として人間を生かしておく事が出来るというのも、
異文化に対する理解がなければ出来ない事だ。
「そうですか・・・
ライオットさん、ご教示頂きありがとうございます」
俺はライオットさんに軽く会釈をしてから、
腕を組みながら思考を巡らせた。
魔族は、敵だからといってむやみやたらに人を殺しはしない・・・
それは種族としての性質なのか、
はたまた、そうするべきであるという ” 法律 ” などが存在するのか・・・
仮に、法律を整備するだけの知性があるのであれば、
この国に攻め入るのには、それなりの理由が有るはず。
労働力の確保が目的であれば、この僻地の国である必要性が無い。
更に、森林に囲まれたここが軍略的な要地という事も無いと思う。
そうなると、一番簡単で明快な理由は、
「やはり資源・・・、広大な森林が狙いか」
俺の呟きに目の前の二人は首を傾げたが、
アフォウ将軍が机に身を乗り出してきた。
「この国を攻める理由が森林ですか・・・
そんな事でわざわざこんな僻地の国にまで来るものでしょうか?」
俺は大きく首を縦に振る。
「戦争が続けば資源を大量に消費し続ける。
矢を作るのも、火を起こすのも、家を建てるのにも木材は使います。
攻められる心配も無い、僻地に位置する天然の資源貯蔵庫。
私が指揮官だったら、喉から手が出る程欲しい」
アフォウ将軍はライオットさんと顔を見合わせている。
そんな、半信半疑の二人にちょっとした提案をしてみた。
「シンディーク森林を焼いて焦土とすれば、多分魔王軍も侵攻を止めるはず」
アフォウ将軍がライオットさんを見やるも首を横に振っている。
この話に二人が難色を示すのは当然だ。
この地に思い入れの無い人間でなければ、決して実行しようとは思わない。
俺の実行する気の無い提案に、アフォウ将軍は腕組みしながら、
目を閉じて眉間に皺を寄せながら唸っている。
暫くしてから目を開けると、顔を城の方角へ向け、
考えていた問題点を話してくれた。
「資源が民の命と引き換えという事ですか・・・
しかし、この雄大な森林を焼くなど父は赦しはしないと思いますが」
「でしょうね、そうだという確証も無く、自ら資源を焼くなど正に愚策。
ただ、最悪の状況に至る前に外交という手段もあるかもと思っただけです」
二人はまた大袈裟に首を傾げる。
副官としてアフォウ将軍に助言をする立場のライオットさんは、
当然、至極真っ当な質問を投げ掛けてくる。
「恐れ入りますが、勇者様の思惑を図り兼ねます。
魔族との外交など、戦わずして敗北を認めるとも聞こえますが・・・」
「外交を負けと取るのは、いささか短絡的ですよ。
相手の目的が解れば、対策の方向性も見えてくるものです。
雑な推測ではありますが、魔王軍の目的が木材なのであれば、
この国が占領された時、全てが敵側の資源となります。
よく考えて下さい・・・これだけの資源を今抱えているのは我々ですよ」
アフォウ将軍が立ち上がる。
「勇者様、まっ、まさか・・・」
「えぇ、そうです。
売っ払いましょう、この森林を」
窓からまた陽の光が差し込み、将軍の鎧が輝きを取り戻す。
だが、輝く鎧の持ち主の表情は対照的に曇っている。
「父に、父に許可を得る必要がある・・・」
アフォウ将軍では丸投げ四世を説得するのは無理だろう。
それが分かった上で、俺は大袈裟な笑顔を作り頷く。
「是非、そうして下さい。
もしバルガス様が ” 許可しない ” と仰った時は」
俺は目元と口元を更に緩ませ、目からは感情を排除する。
スキル ” 道化師の仮面 ” の自動発動
「私がバルガス様にご説明致しますので・・・
是非、お任せ下さい」
あぁ、アフォウ将軍。
そんなに首を激しく上下に振らなくても大丈夫ですよ。
ライオットさんも手を剣の柄に置いて、どうしたのですか?
俺は死んだ魚の様な眼に感情を戻す。
「そうだ、それでお願いしたい事なのですが・・・
明後日の朝から、兵士五百名をお借りしたいのですけど」
「それは構いませんが・・・
その・・・明後日の朝 ” から ” というのは」
アフォウ将軍の額から噴き出す汗を、
ライオットさんが布で拭っている。
「言葉通りで、明後日から暫くお手伝いをお願いします。
あぁ、訓練の心配をされているのですね。
確かに・・・訓練は欠かせませんよね・・・」
俺は想像を巡らせる。
どうすれば、兵士達が訓練をしながら手伝いが出来るかを。
俺は手を打った。
「それなら、兵士の半数は訓練で半数はお手伝い。
夕方になったら交代で、どうでしょう?」
脂で輝く額を布で擦り倒すライオットさん。
額に赤みが出始めたアフォウ将軍が口を開く。
「あの・・・ちょっと確認なのですが、
兵士達の休憩と睡眠は?」
俺は満面の笑みで頷いた。
「ご心配は無用ですっ!!食事は朝・昼・晩の三回。
睡眠は三日に一度、必ずありますのでご安心を」
ライオットさんの手からヒラヒラと布が舞い落ちて、
空いた左手が剣の柄にそっと伸びていた。




