19話
石造りの廊下を俺は歩いている。
こちらの提案をアフォウ将軍は快諾してくれた。
順調に仕事が進むと、自ずと足取りも軽くなる。
先程まで訓練に精を出していた兵士達も、
俺と同様に城に向かって廊下を歩いている。
「おいっ、あそこを歩いているのは、多分だが金の・・・」
「確かにっ!!その雰囲気はあるなぁ~」
兵士達から、なにやらヒソヒソ話が聞こえる。
時折、どこからともなく視線を感じるが、
スーツ姿の男など見慣れていないからだろう。
城まで戻り廊下を進んでいると、通路の先が一際賑わっていた。
人だかりに近づくにつれ、鼻腔をくすぐる良い匂いが漂い、
それに呼応する様に俺の腹がグゥ~ッと鳴る。
人が吸い込まれていく部屋を覗くと、
入り口から真っすぐ奥の壁際に厨房が有り、
料理人が次々と料理を出していき、
「俺の番はまだか?」と言わんばかりに、
料理を待つ人々の長蛇の列。
使い込まれた長机の横には、いくつもの椅子が並べられており、
料理を木製のトレーに乗せた者が続々と席に着く。
食事が終わった者は、食器をその場に残し立ち去って行った。
忙しなく行き来するメイド達がそれを片付け、
空いた席にまた誰かが座る。
食堂の中は様々な者がひしめき合い、喧騒と熱気に溢れていた。
活気付く食堂という、普段見慣れない光景に少々面を食らい、
俺は入り口付近で中の様子をただ眺めていた。
「お食事でしょうか?勇者様」
遠くを眺めていた視線を近場に戻すと、
目の前には、いつぞやの鼻摘みメイドが両手を前に揃えて立っていた。
深々とお辞儀をするメイドの表情は、これでもかと言う程に冷たい。
先日の一件で嫌われていてもおかしくはない。
いや、違うな・・・
彼女は第一印象から、そういう雰囲気だった。
メイドという職業柄、” 我を出さぬ ” というプロ意識なのかもしれない。
「あっ、いや・・・」
混雑時に料理を待つというのは時間の無駄になる。
そう思い、断ろうとした瞬間に盛大にグゥ~ッと腹が鳴る。
「畏まりました。お食事をご用意致します。
お部屋にお持ちしますので、料理のご要望はございますか?」
彼女の言葉には感情が乗っていない。
カスハラなどものともしない程に事務的だ。
「ここで頂きますので、
パンを一切れと水を一杯お願い出来ますでしょうか?」
すると彼女はふぅと溜め息を吐き、首を横に振った。
「ドギより・・・ドギ様より、勇者様をもてなせと仰せつかっております。
特にご要望が無ければ、来賓者用の献立でご用意致します」
有り難い申し出ではあるとは思うのだが、
豪勢な食事などで血糖値が急上昇すると、集中力の低下を招く。
また、欲望に添った行動は、知らず知らずのうちに気の緩みに繋がる。
クライアントとの会食でもない限り、贅沢は不要。
「お気遣いに感謝致します。
ですが、私にはパン一切れと水一杯で充分なのです」
「畏まりました、ご用意致します」
そう言うと鼻摘みメイドは食堂に向かってつかつかと歩き出し、
俺はその後を追って行った。
俺は席に座り、大人しくパンを待っていると、
鼻摘みメイドが銀のトレーを持って近付いて来る。
スッとトレーを俺の前に置き一言。
「どうぞ」
銀製のコップに注がれた水と、
美しい模様が描かれた陶器の皿には乾いたパンを一つ。
パンを手に取り齧りつくと、相変わらずの不味さに安心感を覚える。
だが、真後ろに立ち、じっと俺の食事を眺めるメイドに不安感を覚えた。
後ろを振り返らずとも分かる。
後頭部に触れるか触れないかの位置に、二つの大きな塊の存在。
鼻摘みメイドから無言の圧を感じる。
「早く喰え」と急かしているのだろうか・・・
二分で食事を終えた俺は、
もののついでに、鼻摘みメイドにアルクさんの居場所を尋ねる。
すると、メイドはテキパキと空になった食器を片付け、
そのまま案内して貰う流れとなった。
鼻摘みメイドは廊下を歩き、階段を上がる。
そして、また廊下を・・・
度々思うのだが、城とは何故こうも無駄に広く作られているのだ。
都会のオフィスビルの機能性をここで実感する事になろうとは。
あぁ、白長部長、本当に申し訳ございません。
まだ四谷で私を探しておられるのでしょうか?
私はそこにはいません。
捕まってなどいません。
しかしながら、穴を空けた分の成果を必ずや・・・
目的の場所まで誘導を終えたメイドは、
一礼をして、そそくさと去っていった。
扉の横に青い金属板が貼り付けられており、
” 財務部 ” と刻印されていた。
俺は扉を押し開け、部屋に入る。
静かな部屋にカリカリとペンが走る音だけが聞こえる。
誰もが受験生の如く、机に突っ伏し一心不乱に書き物をしている。
現代社会ではあまり目にしない、恐ろしい光景だ。
パソコンの無い昭和の時代もこうだったと聞くと、
そんな時代に生まれなくて良かったと思ってしまう。
それにしても、凄い集中力だ。
俺が入って来たのに、誰もこちらを見ない。
部屋の奥、中央通路の先に一際大きな机がある。
部長席に当たるポジション、
そこに書類を手に、目をしかめるアルクさんがいる。
邪魔にならない様に通路をそっと静かに通る。
大きな机の前でアルクさんの様子を伺っていると、
目頭を押さえ、疲れた顔をしたアルクさんがこちらを見る。
「あっ、勇者様っ!!」
この声に反応したのか、俺の後ろから視線を感じる。
誰かがひそひそ声で話しているのも聞こえる。
「お忙しい所、失礼を致します、アルク様」
俺は両手を横に揃え、深々とお辞儀をした。
立ち上がったアルクさんが机の外側に回り、
俺の傍まで来てくれた。
俺を見上げるアルクさんの顔。
近くで見ると、病人の様な土気色をしている。
「アルク様、御身体の具合が悪い様に見えますが、
大丈夫でしょうか?」
俺の問い掛けに、
弱々しい笑顔を俺に向けながら胸を張る。
「勇者様のお陰で税の回収が好調です。
何か勇者様のお力になれればと思っておりましたので、
おいそれと休んでなどいられませんよ」
正確な年齢は分からないが、
この若さで素晴らしい精神力だ。
異世界でなければスカウトしたい程の人材。
だが、若いと言っても無理は良くない。
「アルク様のお心遣いに感謝致します。
ですが、あまり無理をなされない方が・・・」
何故か後ろから、
「嘘だろ・・・」とか、
「どの口がそれを・・・」とか聞こえてくる。
まあ、放っておこう。
「無理は若者の特権ですよ。
それで、勇者様のご用件は?」
「大変恐縮なのですが、お願いがございまして・・・」
「なんでも仰って下さい!!」
その力の無い笑顔で言われても躊躇いが・・・
” 今日中で ” というのは止めておこう。
「それでは、この国で力のある商人をご紹介頂きたい。
出来れば明日の朝あたりでお願いしたく・・・」
「そんな事でしたら、お安い御用です」
アルクさん、顔色がお安い御用では無いですよ。
「更に、幾らか資金が必要になる可能性があるので、
アルク様にも同席をお願いしたいのですが」
「同席ですね、畏まりました。
滞納されていた税金を各方面に割り当ても済み、
その余剰金を用意しておきましたので、
資金もある程度までならご用意出来ます」
「それが無理をなされていた理由ですね。
重ね重ねお礼を申し上げます」
俺はまた深く頭を下げた。
そして、少し条件を伝える。
「我儘を言って大変申し訳ないのですが、
ご紹介頂く商人を二人程お願いしたいのです」
「それは、特に問題ありませんが、
どういった商人が良いというご希望はありませんか?」
俺は頭を上げ、笑顔を見せ答える。
「それでは、金に汚い強欲な者と、
堅実な商売を続けている者でお願い出来ますでしょうか」
また、後ろから、
「そこに居る・・・」とか、
「仲間を探して・・・」とか聞こえてくる。
アルクさんは人差し指を顎に当て、首を傾げる。
「えっと、堅実な者は分かりますが、
その、強欲というのは、どういった者を選べばよいのか・・・」
アルクさんを少し困らせてしまった。
条件に具体性を持たせた方が良いな。
「それでは、脱税をしている者や、物の値段を吊り上げる者、
禁制品を取り扱っている者などがいいですね」
アルクさんは腕を組んで、目を閉じて考えている。
暫く待つと目を開ける。
思い当たる人が見つかったみたいだ。
「なんとかしてみます。
明日の朝、この財務部までお越しください」
「無理を言って申し訳ありません。
それでは、明朝にお伺い致しますので、
本日はこれにて」
ここでの用件は済んだ。
長居をするとアルクさんの仕事の邪魔になる。
俺は踵を返し、部屋を後にした。




