17話
俺とアフォウ将軍は派手に飾られた廊下を抜け、
一階まで下り、城の東側に位置する練兵場へ向かっている。
城の外へ続く扉を潜り抜けると、
そこからは粗雑な石造りの床が続き、
申し訳程度の木製の屋根がある通路を進んで行く事になった。
通路の外を見渡すと、土がむき出しの地面に砂埃が舞い、
至る所に生えていた雑草が無造作に踏みつぶされていた。
使い古された木製の長椅子と水を入れておく樽が幾つかと、
縄を巻いた木の棒が数十本立てられており、実に簡素だ。
この質素で広大な練兵場で兵士達は、各々で訓練に勤しんでいる。
号令に合わせ剣や槍を一斉に振る者達や、
銀色の鎧を着たままヨタヨタと走る集団なども見られる。
その中で、何やら異様な熱気を帯びている場所があった。
かなりの数の兵が一箇所に集まり、何かを囲んでいる。
俺は気になって、つい立ち止まり目を向けた。
そこには、木剣と木の盾を持った二人が向かい合い、
闘志を剝き出しにして睨み合っている。
向かい合う二人の間に居た男が手を振り下ろすと、
激しい打ち合いが始まった。
俺の横でアフォウ将軍がその場を指差す。
「あぁ、あれは実戦形式の訓練です。
魔族と戦う機会が無い我らは、兵同士で戦いの経験を積んでおります」
実践形式と聞き、自身の中で腑に落ちた事がある。
ボクシングすら碌に見た事が無い、
戦いのど素人である俺が遠巻きに見ても分かる。
あの二人の戦いには、熱気があるがヒリつく様な緊張感が無い。
どこかスポーツでも見ている気分の俺は、
心の声が漏れ出るかの様に呟く。
「まさか、実戦経験が無いのか・・・」
俺の何気ないその言葉に、
広場へ憂いを帯びた目を向けるアフォウ将軍。
「えぇ、お察しの通りです。
魔族はおろか、人相手の戦すら経験が有りません」
アフォウ将軍は事実を語っているだけ、
それなのに、俺の胃がシクシクと痛む。
ある有名なスポーツ選手が言っていた。
百回の練習より、一回の実戦で学ぶ事の方が多いと・・・
人の殺し方なんか、俺は知らない。
だけど、その感覚を知るか知らないかは、
戦場において天と地ほどの差が出る事は容易に分かる。
「軍事について明るい将軍へ言う事ではありませんが、
兵士達は今の状況を理解しているのでしょうか?」
練兵場の上に広がる青い空を眺めるアフォウ将軍は、
落ち着いた声で語る。
「情けない話ですが、兵は此度の事を理解しておりません。
ただ、日頃の訓練を試す場だとでも思っておりますよ。
兵達はいくら訓練をしても、その力を振るう場所が無いのです」
知らない事は想像出来ないとでも言いたげなアフォウ将軍に、
俺は敢えて言い返す事はせずに、黙って聞いていた。
それと同時に、実践を伴わずして、
兵士達に実戦の恐怖をどう叩きこむのか?
そんな、とんでもない難問が浮かび上がってきた。
暫く、練兵場をボーっと眺めていた俺はある事にも気付く。
アフォウ将軍は金色の立派な鎧を身に着けているが、
兵士は一様に銀色の鎧を身に着けている。
王の護衛も同じだったのだが、
遠目に見ても装備一式が少々草臥れている様に見える。
俺は練兵所で走り込みをしている兵士を指差す。
「将軍、兵士の装備はあれが一般的なのでしょうか?」
アフォウ将軍は俺の指先を辿り、走る兵達に目を向ける。
「お察しの通り、あの古びた鎧は一般的な装備とは言い難い。
先の戦いで使った物をそのまま使わせております」
将軍は ” 先の戦い ” と言ったか?
俺はアフォウ将軍に顔を向け尋ねる。
「魔族との戦闘経験がある者が居るのですか?」
「えぇ、わが軍で魔族との戦闘経験がある者は、
全体の四分の一程です」
「つまり、魔族を知っており、戦える者が居ると」
俺の問い掛けると、アフォウ将軍は手を胸に当てた。
「この鎧はかなり前に挙げた戦功の褒美として貰った物です。
勇者様の招聘に応じた時の残存兵がその四分の一に当たります」
まさか、あのライナーさんから聞いた話の・・・
しかし、どうにか出来る数とも言えない。
「そうでしたか・・・」
どうするべきか、皆目見当もつかない。
軍事系のシミュレーションゲームをやっていれば、
良い案は浮かんだのだろうか。
アクション系はおろか、RPGすら俺はやらない。
癒しを目的とした農業シミュレーションゲームの知識は、
ここでは使いどころがなかったな。
程なくして俺は、練兵所の端にある執務室に通された。
部屋に入ってから早速に目に付いたのが、
敷き物が無い木の板が剥き出しの床に、何も飾られていない壁。
部屋の中には、お慰みとも言わんばかりの武具置き場と、
大きめの机と椅子以外に何も無い。
余りの殺風景さに、王子が職務で使う部屋とは到底思えなかった。
俺が部屋の様子を伺っていると、
部屋に居た兵士勧められ、椅子に腰を掛ける。
「将軍は随分と倹約をなされている様で」
将軍も机の向かい側に腰を掛け、溜め息を吐いた。
「はぁ・・・活躍する場も無ければこんなものです。
部屋に飾る武勲が無いのは平和の証とも言えますが・・・」
「そうですね。
それでは、物騒ではありますが、
この部屋に飾る勲章を手に入れる為の話をしましょうか」
俺はにこやかに語りかけると、
腕を組み、背もたれに背中を預けていた将軍が、
机に両手を着き、鼻息荒くこちらを見ている。
「まずは、魔族についてお聞きしても?」
将軍は直ぐに頷き、
横に立つ兵士から一冊の分厚い書物を受け取る。
「念の為、魔族の資料を用意しておきました。
ご説明も差し上げますが、お貸ししますので後ほど御覧になられてはと」
差し出された書物を数ページめくると、
青い肌をした人間が描かれたページで手が止まる
「将軍、こちらに描かれているのが魔族ですか?」
「そうです、青い肌をして角が生えております」
得意げに語るアフォウ将軍。
見慣れぬ魔族の姿に興味が湧くも、それ以上に気になる事。
「あの、それ以外に我らと変わりが無い様に思えますが」
「見た目の差はそのぐらいなのですが、
身体能力が高く、かなり小賢しい策なども用います」
先程の話では、
バルガス三世は難なく敵将を打ち取ったと言っていた。
個体差はあるが、人間とそんなに差があるわけでは無いのか?
言うなれば ” 人種が違う ” 程度の違いにしか聞こえない。
「因みに、空を飛んだり、指から飛び道具を飛ばすなどが出来たりは?」
アフォウ将軍が顎を指先で撫でながら、
黒目が左上に上がっていく。
暫くしてから口を開く。
「勇者様の仰る事を聞いた事はありませんが・・・」
「おほんっ、聞かなかった事にして下さい。
他には異様に身体が丈夫であったりとかは」
「いえ、剣で切れば血が流れますし、槍で突けば死にます。
特に私達と何も変わりません」
「人間を食料にしたりなどはありませんか?」
アフォウ将軍は首を横に振っている。
「う~ん、魔族は生肉を好むとは聞いた事はありますが、
それは牛や馬についてで、人間を食べるとは・・・」
人間を食料にしていない。
つまり、ただ食文化が違うだけだと思われる。
将軍は小賢しいとも言っていた。
ある程度の知能が有り、一騎打ちにも応じる程度の意思疎通が図れる。
つまり、” 人間 ” 対 ” 未確認生物 ”と考えるのは適切とは言えないのか?
ほぼ、人間同士の戦いと変わらないと考えるべきなのだろう。
であれば、戦略の差や兵士の数で充分対応出来るという事。
「アフォウ将軍、主観で結構です。
今のこの国の戦力で、魔族がどの程度の兵数なら対等に戦えますか?」
アフォウ将軍が腕を組み、難しい顔をしている。
すると、隣に立つ長い金髪の兵が胸に拳を当て一礼すると、
将軍の代わりに質問に答えた。
「失礼、勇者様、私は将軍の副官、ライオットと申します。
勇者様の御質問にお答えするなら、こちらの兵の倍、二千までなら」
将軍はバッとライオットさんの顔を見上げる。
「うぉっほん、少々過大評価が過ぎるのではないか?」
将軍の咳払いには、勢いよりも慎重さを重視せよと伝えている様に感じる。
だが、そんな上官の意図を気にせずに、
ライオットさんは真剣な眼差しで答える。
「金獅子のアフォウ様がおります。
兵達は将軍の為に命を投げ出す覚悟がございます」
この言葉に、アフォウ将軍は少々面を食らった様だ。
だが、照れ臭そうに一言、
「だそうですよ、勇者様」
という言葉に、俺も強く頷いた。
「では、兵士達の装備が整い、攻撃用の兵器などがあれば、
三倍から四倍の敵にも勝てそうですね」
勝利への可能性が上がり、
俺はつい口元が緩み、ニヤついてしまったのかもしれない。
スキル ” 道化師の仮面 ” の自動発動
アフォウ将軍、ライオット副官。
そんなに引きつり笑いをしなくても大丈夫だ。
少々無理はしてもらう。
だが、胸に燦然と輝く勲章を見た時、
そこまでの苦労など泡の様に消えていくものだ。
他人からの称賛というのは、どこまでも人を狂わせる。
辿り着いた先がどうなるかも考えもせずに・・・




