2-1 成功
こんにちわ。第2章スタートです。
「なんだ?お前さん、ここがそんなに気に入ったのか?」
ヤツは清々しいほどに邪気のない声でそう聞いてきた。
「そんなわけないだろ?もう俺に構わないでくれ。さっさと広い世界を謳歌してきたらどうだ。お前からしたら十分面白いはずだ」
彼女の目には、男はどう見えてるのだろうか?男は自分自身を見られるわけではないが、少なくとも、ここに居たいような顔はしていないことはわかっている。
「いや、どうやってここを出るかわからんのだが。お前さんはもう外に出たくないのか?」
「……出たいも出たくないも無いだろ」
ヤツはわざとやっているのだろうか?出られないことは自分がいちばんわかっているはずだ……。
彼女の言動が、男のすり減った精神を逆撫でていく。
「うむ……じゃあせめてお前さんがここまで来た道を教えてくれんか?それを辿っていくとしよう。魔法でいけるはずだ」
「知らねぇよ……!もう勝手にどっか行ってくれ。お前が野垂れ死んだって、知ったことじゃない」
「それはいかんだろう!せっかく“生きた体”を手に入れたのだ。かかっ!これを楽しまずに何をしろと言うのだ?」
「だから、一人で楽しんでこい。生きるってのはそういうことだ。この森を出ることくらい自分でどうにかしろ」
男は非常に憤りを感じていた。せっかく念願の体を手に入れたのだから、満喫してくればいいじゃないか……どうして自分に構うのだ?ただの生贄じゃなかったのか?悪趣味なのか?残念でしたと煽りたいのか?
――さっさと俺の前から消えてくれ。
そんな男の願いは虚しく、またあの不愉快な笑い声が響く。
「かっ……わかったぞ。お前さん、勘違いしておるな?」
ヤツは続けて話す。
「この森から出られないと思ってるのか。かかっ!私は実験が“成功”したと言ったではないか」
「は……?」
男は自分の胸に手を当てた。そこはさっきからじんわりと熱を持っていた。それから背中にも、同じ感覚があった。間違いない、見るまでもない……あの“紋様”が自分に刻まれている。
それは男がここに囚われてる印ではないのか?ヤツの言葉は、まるでそうではないと示しているようではないか。
「よいか?実験の“成功”、それはこの樹海からの“解放”を意味している。……お前さんが見ていたかは知らんが、そこにも紋様が刻まれていた」
男は、ヤツが指さした方向にすぐさま振り向く。そこには例のクローゼットのようなものがあった。刻まれていた禍々しい紋様は、何事も無かったかのように綺麗に無くなっている。
「そこにあったものは私の胸に刻まれていたものと対応していた。お互いが引き合い、離れられないようになっていたのだ。だが、今はその紋様が無いな……かかっ!どこへいったと思う?」
男は胸の紋様を触る。すると、背中も同時に触れられている感覚があった。机の上のランプが揺れ、男の影が歪む。
男の紋様が、ドクン、ドクンと二回、大きく脈打った。
「……呪いは消えていない。お前さんの中で、今も“生きている”のだ。恐らく、これからも永遠にな」
男は目を開け、ヤツを見た。
「そこでもう一度問おう。その命尽きるまで、私と一緒に居てはくれんか?」
少女と目が合った。その瞳は、トパーズに蜂蜜をかけて冷やした飴のような、贅沢な輝きを持っていた。
「……つまり、どういうことだよ」
「ん?つまるところもないだろう。私は今の世の中を何も知らない。それに生体の感覚も忘れておるからな。お前さんが手とり足とり教えてくれれば良いのだ。魔法も使えて便利だしな!」
「ちがう、そうじゃない。呪いのことだ」
「うむ、なるほど。つまり、束縛のアンカーとなっていたものがこの森についていたのだが、それ自体もお前さんに写したから、もう縛られる必要はないということだ。呪いは完全に、そこへ収束した」
少女は男の胸を指さす。
「なるほど……?」
「まぁ細かいことはよいではないか。要は、お前さんはここから出られるし、どこでも魔法を使えて、絶対に死なん化け物になったのだ!喜べ!かかっ!」
「……そうか」
男は起き上がり、椅子に座った。ちぎれた縄の残骸が周りに落ちている。
「それで、どうなのだ?私と共に来てくれるか?まぁ、断っても無理やり連れていくがな」
男は下を向いて、額に組んだ手を当てた。そして深く、ため息をつく。
「しょうがない……一緒に居てやる」
「おお……!」
少女の目は光沢を放った。
「てっきり断るかと思っていたぞ!今までのお前さんは随分と反抗的だったからな」
「だが勘違いするなよ。お前がもし、すぐにでも死んだら、俺がこんなことになった意味が本当になくなると思っただけだ。お前から貰った永遠なんて“素敵な”プレゼント……一生かけて恩返ししてやるよ」
男は苦笑いをした。
「かかっ!なんだ、結構良い奴ではないか。気に入ってくれたのなら良かったわい」
が、手本のように綺麗な皮肉も、少女には伝わらなかったようだ。男は小さく、しかしこれまでの鬱憤を確実に発散すべく、声を出す。
「……クソが」
「ん?何か言ったか?」
「いいや。そうと決まればこんな陰気臭い所、早く出よう」
「だからそう言っておろう!かかっ……外の世界はいったいどうなっているのか、楽しみで仕方ないぞ!」
少女は勢いよく扉を開けた。小屋の外は相変わらずの真っ暗闇だった。
「ほれ、行くぞ」
「おいバカちょっと待て、暗過ぎる。……これじゃあ来た道を戻るなんてできないぞ」
「ほう、私が“馬鹿”だと?お前さんこそ、呪いで頭がやられたわけではあるまいな。その身に宿している膨大な力――魔法があるではないか。さっさと使わんかい」
「え?あ、あぁ……いや、使うったってどうするんだ。俺はわからないぞ?」
「はぁ……」
少女は珍しく、呆れた顔をした。
「そんなもん適当でいいのだ。大事なのはお前さんの“意思”だ。強く思えば、その力は応えてくれる。そういうものだ」
「ああ、わかった……」
男はあまり腑に落ちなかったが、やるしかないと思った。それに、本当に“なんでも”できるなら、すごいことだ。まだ、自分が手に入れた力の大きさに実感が湧かないが、試す価値はある。
男は小屋から一歩外に出る。一面海の底のように暗黒で、生き物の気配はなく、虫の音一つしない……あるのはたまに風で揺れる木々の騒々だけ。気味悪いほど静まり返った東北の樹海の奥地に、ドクンと奇妙な紋様が蠢く。
――この森の出口へ、導いてくれ。
男がそう心の中で呟いた時、目の前にぼうっと蒼白い炎が灯る。そうして次々と炎が列をなして灯っていき、光の道が出来た。
「おお!よくやったぞ!」
「なんだ、この力……本当に俺が?」
「お前さん以外誰がいるのだ!変なヤツめ。まぁ良い、行くぞ」
男は呆気にとられながらも、歩を進めた。男が歩くと、後ろの炎は消えていく。後戻りはできないようだった。そんな考え事をしていたら、ヤツの声が聞こえた。
「おい、早く来んか!私が勝手に行って死んでたらどうするのだ?」
「こいつ本当に……!」
ただの人間になったというのに、この“魔女”はどうも口が減らないようだった。力の関係が逆転した今でも、男は彼女のペースに呑まれている。男の心労は増えるばかりだ。
樹海に灯った蒼炎の筋が、先程より早く、短くなっていく。
さて、なんと呪いの「束縛性」を解消し、魔法の力を持ったまま外に出られるようになっていたようです!(すごい。天才)
ひとまず樹海を出るところからですが、果たしてそう上手くいくでしょうか?続きもお楽しみに。




