1-3 疑い
「そこに座っててくれ」
ヤツがそう言うと、壁に面していたクローゼットのような物の前に、背もたれのついた椅子が出現する。
男は大人しくそれに腰をかけた。
「うむ……準備ができた。それじゃあ、お前さんの弟子としての“最初で最後の実験”を始めるぞ」
不穏な響きだった。
「最初で最後だと?殺すつもりか?」
「もしかしたら死ぬかもしれんな……失敗したら」
「……なんだよ。それなら、あの時言ったことはここへ誘い出すための文句だったわけか?そんな事しなくても、お前の“魔法”でさっさと連れてくればよかっただろ」
男が言及しているのは、少女のあの言葉だった。
――その命尽きるまで、私と一緒にいてはくれんか?
不覚にも、あの人が脳裏によぎってしまったヤツの言葉。男は、まるで自分が死ぬまで“長い間”ずっと何かに付き合わせられるのかと思っていたが、こんなにもあっさりと終点が見えるのかと拍子抜けした。
「まぁ……細かいことは気にするでない。とにかく始めるぞ」
少女は明らかに言葉を濁していた。そして、まずお前さんを拘束すると言ってどこからともなく先ほど男が持っていた縄を取り出す。
「取ってきたのか?」
「まさか、そんな面倒くさいことするわけないだろう!さっき見た物を創っただけだ。こんな感じだったろう?」
スルスルとやつの手から縄が伸びていき、男の体を椅子に縛り付けはじめる。
「別に、逃げないよ」
「実は私もそんな気がしている。……だが、何を考えているかはわからんからな。念の為だ」
ヤツがそう言ってる間に、縄が男の足や手首も縛り上げた。
「かっかっかっ。これで嫌でも動けないな?あとはこれを飲め」
ヤツから差し出された小瓶には黒いような茶色いような、邪悪な色の液体が入っていた。
「……すごい色だな。飲んだら死ぬんじゃないか?」
男は冗談のつもりで言ったが、ヤツは真に受けたようだった。
「おお!その可能性は考えていなかった。たしかに、お前さんにとってはよくない成分が入っているかもしれんな。かかっ!よくぞ言ってくれた!さすがは弟子だ」
ヤツは小瓶を机の上に置く。
「いいのか?実験とやらは」
「いや、これはただの鎮痛薬だ。まぁ……しょうがない、私だけでも飲もう。お前さん、踏ん張れよ」
ヤツは平気な顔をして瓶の中の怪しい液体を飲んでいく。見ているだけで吐き気がした。
しかし、気になることが多い。ヤツは鎮痛剤を飲んだ。男にも飲ませようとしていたから、どちらも“痛み”が伴うんだろう。そして、これまでの発言から、どうも“男の死”を気にしている様子だった。いやむしろ、“自らの死”を全く顧みていない様子だった。
――“不死”。男は考えた。いくら“なんでもできる”魔法だとしても、そこまで可能なのだろうか?有り得ても、驚異的な再生能力とかじゃないか。
「下を向いてどうした。怖くなってきたか?」
「……別に、考え事だ」
「ほう?聞きたいことがあるならよいぞ。薬がまわるのにまだ少し時間がある」
男は少し躊躇いながらも口を開く。
「それじゃあ聞くが、お前は不死身なのか?」
「……その事か」
ヤツはそう呟くと、体を浮かして机の上に寝そべる。それから仰向けになって、男を見た。
「全くお前さんは察しの悪い。初めに“固定”だと言っただろう?私とこの樹海は“固定”されたのだ。“時間が止まった”と言い換えてもいいな。成長もしない、外にも出れない。だから“なんでもできるんだ”樹海の外からしたら、何も起こってないのと一緒なのだよ」
「……だから“死なない”と?」
「そうだ。そもそも死ぬ要素なんてほとんど無いがな」
なぜだろうか、こんなに詳しく説明されたにも関わらず、男はここに来て初めて納得できないでいた。論理は“わかった”。でも違和感があった。直感的に。しかしその正体はと聞かれたら、わからなかった。
魔法なんて突拍子も無いものが存在する時点で理解できるはずもないが……いや、だからだ。なぜ今、やつの説明が理解できたんだ?魔法なんて突拍子も無いものが存在する理由が、なぜ男に理解できたのだ?
男は“納得”できないでいた。魔女はきっと、何かを隠している。




