第93話 巡る真実
夕日が照らすこの屋上で、僕と陽向さんはフェンスに背中を預ける看護師さんを見る。
彼の名前は宮川坂臣さん。
一体どんな会話をすれば、一日でここまで信頼してもらえるのだろうと不思議になるほど、陽向さんが連れてきた看護師である宮川さんは僕たちを信用していた。
おっと、自己紹介が遅れたな。
僕の名前は空錠鍵斗。『鍵使い』であり、アークロックのリーダーだ。
今森病院に来て、被害者たちを見て、その後こうして、陽向さんが仲良くなったらしい看護師さんと一緒にいる。
屋上に来たのはタバコを吸いたいかららしく、ご丁寧に『喫煙可能』と書かれた紙が貼ってあった。
そんな屋上で、涼しい風に吹かれながら宮川さんはタバコに火をつけた。
モクモクと立ち昇る煙を見つめながら、宮川はこう述べる。
「正直言って、彼女たちは異常だ。医学では説明できない状態なのに、上はストレス性のものだと明言している。オレはそんな嘘をつくために医療の道に行ったわけじゃないのに、看護師として、怠慢の言葉を被害者の家族に言わなきゃならない。それが苦痛で仕方ないんだ。
だから、君たちがこの状況を変えられるっていうなら、協力する。
オレは、自分の地位より被害者の体調を優先したいから」
「ありがとうございます」
陽向さんは微笑みながらそう返した。
僕は、優しい人なんだな、と感じながらも、立ち昇る煙に目をやる。
この事件は、美佐校という閉じられた空間だけで起きているものじゃなかった。
心の被害は、見えない場所まで広がっていた。
この宮川さんだって、充分な被害者であったのだ。
僕はそれを受け止めながら、話を聞く。
「君たちの言い方で言うと、ゼロ人目の被害者である九条麻菜を除いて、四名の状態は一致しており、何か共通する原因があるとしか思えない。だが、それは君たちがなんとかする領分なんだろう」
宮川さんは、僕らに敬意を払っているのかそう言った。僕も敬意を払って、彼から被害者の状態について聞く。
ここからは、捜査だけでは得られない、ミステリーでよくある死亡推定時刻とかそんなのがわかるのだろう。
僕は身構えた。
「だからオレはオレの仕事をする。被害者を救うために。
『暁幸代』『東雲羅針』『曙民莱』『芽忍心路』。
この四人は共に、意欲や自発性が著しく低下したアパシーに似た状態にある。だが、完全に無くなったわけではなく、食事介助に入れば食事ができたり、最低限の生きる行動は取れる状態だ。だが、こちらで車椅子に移乗させない限りベッドの上から動こうともしないし、何かに怯えているのか、睡眠薬を投与しなければ眠ろうともしない。
それゆえに、現状は軽い薬を飲んで夜は経過観察の状態にある。栄養に関しては、食事だけでは必要な量を摂れず、栄養補給を点滴で補助している」
僕は相槌を打った。
「そして『九条麻菜』だけは症状が違う。君たちに、彼女はゼロ人目の被害者だと言われないと共通点が見つからないくらいだ。
彼女は昏睡状態にある。起きることもなく、食事も取れない状態。だが、自発呼吸があり、全身状態は安定している。ゆえに人工呼吸器は付けておらず、栄養補給のみ点滴で行っているんだが……点滴の管が抜けていることがあり、本人が無意識に腕を動かしている可能性がある。
常駐での見守りはしておらず、三時間に一回、彼女のもとに看護師が来て、痰吸引や体位変換を行なっている。
時間は
3時、6時、9時、12時、15時、18時、21時、24時。
だ。
ベッドに監視カメラや離床アラームなどの見守り系の機器はついていないが、巡回時には、呼吸や脈拍に大きな異常は確認されていない。
生体モニターの記録はある。だが、夜間にときどき記録が乱れることはあり、院長に言ってもすぐには直してくれない状況だ」
宮川さんはそう言って、白い煙を勢いよく吐いた。
なんだか大変そうな仕事である。彼は「これ以上は特にないな」と呟いて、フェンスに腕を置いて空を見つめた。
僕らも空を見る。橙色に染まった空は、なんだか悲しみを与えてくる。
朝の曇りが嘘みたいだ。
僕と陽向さんは「ありがとうございます」と言った。
宮川さんは「いいんだ。被害者を救いたいのはオレも同じだからな」と言って、携帯用の灰皿にタバコを押し付ける。
僕と陽向さんはお互いの顔を見て、微笑んだ。
これは、大きな情報である。
そう思えたからだ。
僕たちは、「さて、仕事に戻らないとな」と言った宮川さんを見送った。
だが、階段を降りる寸前で、宮川さんは思い出したようにこう言う。
「まて、そういえば一人いたな」
「……?」
「関係あるかわからないが一応。8/10の夕方に運び込まれた『九条麻菜』だが、その次の日の朝に一人の生徒が見舞いに来た。名前は忘れたが、美佐校の制服は着ていたような覚えがある」
「……!」
「それだけだ。それじゃあ、あとは任せた」
去る宮川さん。僕たちは「ありがとうございます」と頭を下げた。
そして、陽向さんに僕はこう言う。
「話の内容理解できた?」
「医学用語が何個かあったからわかんないところはあるけど、とりあえずは!」
僕は微笑んだ。
なぜなら……。
「僕はあまり理解できなかったから、整理も兼ねてベンチに座って話そうよ」
何も理解してなかったからである。
陽向さんは「もー! 嘘ばっかり!」と可愛く言いながらも、付き合ってくれる。
僕は、確かに理解できなかったわけじゃないが、自分の中で噛み砕いて理解できていないから、やっぱり会話が得意な陽向さんを尊敬できた。
そして五分後。
「なるほど、ようやく噛み砕けた」
理解を示せた僕は、こう話す。
「つまり、ゼロ人目の被害者である『九条麻菜』は他の被害者とは違う症状であり、三時間おきに寝ている姿を見られているんだ。
そして寝ている彼女に残されたのは二つの謎。
一つ目は、8/11に会いに来ていた一人の生徒がいること。
二つ目は、アークが開いていること」
「だね」
僕は頭を悩ませながらこう続けた。
「でもまだこの謎は解けそうにない。なぜアークが開いているのか。仮にこの子が例の一緒にいた女の子なら、なぜ寝ている姿が見られているのか」
「謎だね……。それはそうと、アークは閉じたの?」
陽向さんにそう訊かれた僕は、冷静にかぶりを振った。
「閉じてない。というか、悩んでいる。
閉じればアークリオンが活性化する可能性もある。今と条件が変われば捜査だって行き詰まるかもしれない」
「でも、閉じちゃえば解決ー! とはならないのかな?」
「僕もそう思ったけど、でもまだ不明瞭なんだ。
そもそも今の状態は正直言ってわけがわからない状態。
『捕食のアークリオン』がなんなのかもわからないし、召喚型であれアークリオンであれ、宿主である九条麻菜さんが意識不明の時点であらゆる部分が矛盾するんだ」
「もしかしたら二つのアークリオンが重なってるとかじゃない? 『捕食のアークリオン』が九条さんのアークリオンとは限らないんだし」
僕はそれを聞いて、苦い表情を浮かべた。
「確かにそれは本来ならわからないんだけど、なんというか、強い迫力を感じたんだ。閉じようとした瞬間に、威嚇されたような衝撃が飛んできて、僕の脳裏にあの『捕食のアークリオン』がよぎった。まるで……」
陽向さんはごくりと喉を鳴らした。僕はベンチに座りながら、下を向いて、こう続ける。
「陽向さんのアークに弾かれたように」
「……」
陽向さんは黙り込む。横に座る彼女を見ても、髪が顔を隠して表情は見えない。僕は気になって、彼女に手を向けてこう言った。
「あれからアークが復活しそうな予兆はある?」
「どうだろ」
その声はどこか不安そうなもので、珍しく彼女の影を見た気分になる。僕はそっと陽向さんの手に触れたが……
アークを開こうとすると、暗闇の先にいるなにかにギロッと睨まれ、弾かれてしまう。
まだ、陽向さんのアークは使えない。
これも謎であり、一体なぜ急に使えなくなったのか、考えなければならない。
でも今一番にやらなきゃいけないのは……。
「なーんて! 落ち込んでなんかないよー! 事件解決まで、あと一歩って感じだね!」
そう言って笑う陽向さんの、奥に隠れた涙に寄り添うことが、大切なのかもしれない。
僕はなんとなく空元気だと思い、こう言う。
「陽向さん、焦らなくていいよ、ゆっくり取り戻して行こう」
僕は僕なりに、優しく言ったつもりだった。
でも、陽向さんの動きはピクリと止まってしまい、「はは……」と乾いた笑いを浮かべた。
そんな陽向さんは「いえいいえいいえーい!!」とテンション高く言いながら、踊り始める。
そしてそのまま屋上のドアまで行き、こう言ってこの場を去った。
「鍵斗リーダー殿! 私は更なる調査をするでござるぅー! 今日の会議までにはアークロックの基地に戻るから、先に行って待ってて候ぅー!」
その姿は、どこか痛々しくて、流石の僕でも異変を察せられた。
でも、この状況でどう声掛けをすればいいのかわからなくて、僕は、僕は……ただ「うん」とだけ返したのだ。
屋上の上に雲が流れる。
影で暗くなった僕の足元は、どこか、どこか、不穏な空気を醸し出していた。




