第88話 証明の印は刻まれない
事件解決までに残された期間、残り四日。
僕はいつものように陽向さんが家に来るのを待っていた。
冷静に考えると、女の子が当然のように家に来るのもなかなか非日常である。
だが、その目的には疑問が残るため、諸手を挙げることはできない。
そう、その目的とは、女装。
陽向さんがドアをノックするや否や、僕は少し億劫な気分で彼女を出迎える。
そして僕は一日ぶりの女装をして、なんだか少し高揚の気分を味わった。
文句を言えども、可愛くなるのには多少なりとも満足感はあるのだ。
僕は陽向さんに感謝を伝えながら、二人で美佐校近くの小さな公園へ向かう。
そして、穂火ちゃんと零くんの登場を待った。
今日は夏なのに、涼しい風が吹く。
雨でも降るのかなと思わせるような、暗い空だった。
「……陽向さん」
天気のことを話すほど、会話の手札が少ないわけじゃない。ゆえに僕は、暇つぶしでこう話し始めた。
おっと、自己紹介が遅れたな。
僕の名前は空錠鍵斗。『鍵使い』であり、アークロックのリーダーだ。
「そういえばさ、二日前の朝に持ってきていたビデオカメラって、今どうしてるの?」
陽向さんは眠たいのか、可愛い小さな欠伸をした後、こう言った。
「ある女の子に貸しちゃったんだ。なんか、映画撮影で使いたいって言われて」
「映画撮影?」
「うん」
「……そっか」
僕は、コミュ力が高い人はそんな簡単に高価なものを渡せるのだなと驚愕した。だが、それができるからこそ関係を築けるのだと納得し、うんうんと頷いた。
それをどうでもよく思ったのか、陽向さんは「それにしても、雨降りそうだね〜」と話し始める。
僕は、
天気の話、コミュ力ある人でもするんだ。
と思いながらも、会話を途切れさせないようにこう返した。
「傘持ってきた?」
陽向さんは背負っていたバックパックを見せて、こう言った。
「人数分の折りたたみ傘持ってきたよ」
「おお」
僕はその優しさに感心しながらも、それに頼りたくないなという変な男心を覚える。
なんとなくだけど、陽向さんはなんでも請け合いすぎている気がする。
なんとなくだけど……。
まあ、それはいい。
僕はこちらに向かってくる、やけに元気のある穂火ちゃんと、寝不足なのか元気のなさそうな零くんを見て、脳のスイッチを仕事モードに切り替えた。
「おはよう」
「おはようございます!」
簡易的な挨拶を済ませて、僕はみんなにこう言った。
「軽く今日のスケジュールを決めておこうか。今更だけど、僕たちアークロックはアドリブに任せすぎていた気がする」
「確かに」
陽向さんは苦笑いを浮かべながらそう言った。僕は相槌して、こう続ける。
「まず僕からだけど、僕は今日……鍵が開いているかどうかを確かめようと思う。
昨日整理したんだけど、『捕食のアークリオン』は便宜上『アークリオン』としたんだけど、たぶん『アークリオン』じゃない。
零くんの動物を召喚する能力に近しいものだと推測した」
零くんが「なるほど。それならしっくり来ました」と返してくれる。僕はそれに頷いて、こう言った。
「だから、今日はとにかく容疑者に触れたい。そのために、協力してほしいんだ。場作りを」
陽向さんを筆頭に、全員が協力すると返してくれた。
僕はそれに感謝しつつ、こう返す。
「ありがとう、じゃあ、みんなの予定も聞かせて。なければないでいいよ」
陽向さんが真っ先に「特になし!」と溌剌に答えた。僕はそれに「じゃあ、今日一日は僕と回ろう」と返す。陽向さんは「了解!」と言って親指を立てた。
そして次に零くんが「僕は巳鶴と話してみます。あいつが隠していることについて」と答える。僕は「うん、任せた!」と返す。
最後に穂火ちゃんは、胸を張ってこう言った。
「私は、いのちゃんと仲直りします!!」
僕はそれに対して「あんまり乱暴な手は取っちゃダメだよ」と優しく伝えながら、この会話を終わらせた。
「よかった、みんなやることが決まったね。それじゃあ、行こう」
「あいあいさー!」
陽向さんの軽快な声と共に、この朝の予定作りは終わる。
なんとなくだけど、上手く行きそうな気がした。
そして……三時間が経った!!
「あり得ない!!」
僕は冷や汗をかきながら、大声でそう言った。陽向さんは「むむむ」と唸りながら頭を悩ませていた。
なぜこうなったのか。それは、三時間前に遡る。
学校に着き、僕は陽向さんと零くんと共に容疑者に会いに行った。
陽向さんのコミュ力、零くんのイケメン力は偉大で、ほとんどは上手く触れることができた。
まず零くんが巳鶴さんに掛け合って、僕が触れることについて話してくれる。
すると巳鶴さんは、背後で豪快なライブを繰り広げながら、マイクで「おーほっほー! それぐらいいいのでありますわー!!!」と言ってくれた。
僕はすごい人だなと思いながら、巳鶴さんに触れる。なんだかゴージャスな匂いがした。
そして結果は……
「開いてないね」
零くんはホッとしたように腰に手を置いた。
巳鶴さんが「おーほっほー! なんのことだかわかりませんが、レイナ様のお役に立てて良かったですわー!」と言っており、僕は「レイナ?」となる。
陽向さんも、自分の師匠を思い出したのか、「霊奈?」となっていた。
零くんは目を逸らしながら頷く。
僕はなんだかわからずに、陽向さんを見た。彼女は何かを理解したらしく、頷いた。
そして僕を連れ出してこう言った。
「きっと偽名だね」
なんで今のでわかるんだと思いながら、ここからは僕と陽向さんで容疑者に会いにいく。
次に会いに行ったのは宮弐先生で、僕は陽向さんのアドバイス通り、「宮弐先生、首元に何かついてますよ」と言ってちょこんと触れた。
僕は人よりも『閉じる』ことは得意なため、『閉じる』に付随する開いているかの感知能力も人より鋭いと師匠から伝えられている。
ゆえに、そっと触れた一瞬で判別はついた。
「開いてないね」
陽向さんは頷く。宮弐先生は「うそ、フック開いてた!?」と焦りながら言った。
僕たちはそんな、なんだか可愛らしい先生と別れて、次の容疑者に会いにいく。
次はオタクな昂月さん。彼女は人馴れしていないのか、陽向さんが素直に「触らせて欲しいんだって」と伝えると、「んほおおおおお! ついにワイにモテ期が!? 【速報】ワイ、モテ女になる。なんてな! がはは!」と笑いながら、「どうぞっ」となんだか少し震えながら手を差し出してきた。
僕がその手を握ると「ひゃあ!」と言いながら体を震わせた。
どうやら本当に慣れていないようである。
そして結果は……開いていなかった。
よくよく考えれば、開いている、と口に出すのも怪しいので、僕は首を振って陽向さんにそれを伝えた。
陽向さんは頷き、次の容疑者のもとへと案内してくれる。別れ際、昂月さんは「ばいばいっ」と頬を赤らめて言ってくれた。
そして次の容疑者は保健室の先生。彼女と会ったのは僕だけなため、これは僕のやり方で「先生、手がおかしいんです」と言って、手に触れてもらった。そして、
開いていない
ことを感知する。
その後のことを考えていなかったため、「何がおかしいんだ?」と訊かれ、咄嗟に「疼くんです」と返した。
「帰れ」
そう言われたので帰る。
残る容疑者は 『シロちゃん』『忍者ちゃん』。だが『忍者ちゃん』は登校しておらず、陽向さんが周りの人へ事情を聞くが、理由はわからなかった。
そして最後に『シロちゃん』のもとへ向かう。
犯人は『シロちゃん』であると、僕は薄々感じていた。『忍者ちゃん』はなんとなく怪しくないし。
だから触りたかったのだが……彼女はよっぽどの綺麗好きらしく、なんか汚いらしい僕が身体に触れることを拒否した。
なんとも怪しい!
手袋をしており、これでは服の上から触れるしかない。
アークリオンを閉じる際は服の上から鍵を挿しているが、それはアークリオンという体を纏うエネルギーに触れているため可能な技。
普段の状態でできるのか?
と、やったことのないことにビビりながらも、陽向さんの説得虚しく『シロちゃん』は拒否するため、僕は覚悟する。
そもそもこの子は白い覆面を被っており、本当に肌面積がない。
覚悟するしかないのだ。
だからこっそり触れたのに、能力は不発。しかも、それに気づいた『シロちゃん』は「ぎぃぃぃいやああああああ!!」と言いながら、暴れ始めた。
僕は、この『シロちゃん』がいた部屋が物だらけなこともあり、「危ない!」と体を押さえにいく。
それで激化し、暴れ続けた結果、物が倒れてきて、僕とシロちゃんは倒れてきた物に押しつぶされた。
幸い僕が上に覆い被さることで『シロちゃん』にダメージはない。僕のダメージも、落ちてきたのはダンボールばかりであり、痛いが致命傷は負わなかった。
だが……
「……!」
その取っ組み合いの衝撃で、『シロちゃん』の覆面が取れる。
その姿は、美しい黒い髪に、学生らしくない赤い唇、そして……頬に刻まれた深い切り傷があった。
「いや!」
叫んだ『シロちゃん』は僕をビンタする。そして僕の下から強引に抜け出した。その際、右手が彼女の傷ついていた頬に触れる。
陽向さんが「大丈夫!?」と言いながらダンボールを退けてくれ、僕は起き上がることができた。
「はあ、はあ」
荒い息を吐いてパニックになりかけていた『シロちゃん』は覆面を被り直しており、何も言わずに走ってこの部屋を去った。
陽向さんが「ミスった……」と呟いている横で、僕は触れた右手を見つめながら、こう言う。
「あり得ない!」
僕は冷や汗をかきながら、陽向さんを見つめた。彼女はまさかといった表情になり、こう返してくる。
「結果は?」
僕は首を横に振って、こう述べる。
「開いていなかった」
その後、零くんに会った際、噂として
『忍者ちゃん』が校門で無気力になっていた姿を見た
というものを受け取り、僕は絶望した。
つまり、容疑者の中に……アーク使いはいない。
僕の仮説は、間違っていた。




