第87話 それは正しい推理なのか?
今日はなんてことない夜だった。
おっと、自己紹介が遅れたな。
僕の名前は空錠鍵斗。『鍵使い』だ。
そんな僕は基地での会議の後、二階に上がり家へ帰り、溜まっていた洗濯物を洗濯機の中に入れていた。
いつも師匠と自分の服を洗っているのだが、毎回のように出てくる謎の穴が空いた靴下を見ると、ため息が出る。
師匠はだらしない人だから、僕が捨てないとずっと穴が空いた靴下を履く。
見えないから関係ないだろう、という理屈らしい。
まったくあれで三十歳だとは思いたくないのである。
僕はそんなことを思いながら、穴の空いた靴下をゴミ箱に入れてから、洗濯機のボタンを押した。回り始める音を聞きながら、ポケットに手を入れてスマホを取り出す。
今日あったことをまとめようと思ったのだ。
僕はリビングに向かい、着けばすぐに椅子に座ってスマホの画面に集中した。
気づけば一時間が経っており、同時に師匠が帰宅する。
「ただいまだ」
「おかえりなさい」
僕はそう言いながら、冷蔵庫へ向かいタッパーを取り出して、それを電子レンジに入れて温めた。
そして師匠のもとへ向かう。
今日の師匠は白衣姿であり、いつものことながら何の仕事をしているのかはわからなかった。
僕は白衣を受け取りながら、師匠にこんなことを言われる。
「それ洗っておいてくれないか?」
僕は嫌な顔を浮かべて、こう返す。
「すみません、もう洗濯機回してます」
「そうか、ならいい。明日にでも回してくれ」
僕は、そう毎日洗濯機は回さないんだけどなぁ、と思いながらも、「はい」と返して白衣を受け取った。
そしてリビングに戻り、温めたタッパーを食卓に並べる。
待っていると私服に着替えた師匠が現れた。今日の師匠の服装は、大きめの白Tシャツにゆるいショートパンツである。
僕は師匠に「タッパーで味気ないけど、今日はこれで勘弁してください」と伝える。師匠は「構わない、どうせ私だけならもっと味気ない物になっていた」と返してくる。
僕は「はは! そうですね」と笑いながら返し、食卓についた。いつものようにヌーチューブを流しながら、僕たちは食事をとる。
今日あったことを話していると、師匠がこんな風に返してくれた。
「かなり進んだんだな、捜査の方は」
その感心したような、小さな笑みをこっそり浮かべた師匠を見て、僕は訝しむようにこう言う。
「もしかして、すでに知っていたりしました?」
「いや、そんなわけがない。正直言って、私じゃ解決できない問題だった。流石だな、鍵斗」
「……それなら、いいんですけど」
師匠はミステリアスだ。もしかしたら、美佐校の事件も、全てを把握しているのに言っていないだけとか、あり得るかもしれない。
僕はそれを怪しんだのだが、そうではなかったらしい。
師匠はこんなことを言ってきた。
「しかし、そこまで進んでいるのなら事件解決までは早そうだな」
「そうですね」
「お節介かもしれないが、アークの整理でもしておくか?」
僕は豚肉の生姜炒めを飲み込んだ後、こう返した。
「整理?」
「ああ。三年ぶりかな。久しぶりに初心に帰ってアークの概要を整理しよう。事件解決に役立つかもしれない」
僕は、今更そんな当たり前のことを……、と思うが、まあこの機会だ。久しぶりに授業を受けようと思い、それを受け入れる。
「わかりました。やりましょう」
師匠は麦茶を飲んだ後、微笑みながら頷いてこう続けた。
「では、久しぶりに先生役となろう。
まず、アークとは何か」
僕は生徒役として、返事をする。
「アークは『願い』から生まれる力です。穂火ちゃんなら、友達がほしい。零くんなら、安心したい。とかですね」
「その通りだ。そしてそのアークの力とは?」
「今の科学では説明できないような、超常的な力を扱えます。穂火ちゃんなら、無から炎を作り出せたり、零くんなら、無から武器や動物を召喚できます」
「そうだな。では、それは夢のような力か?」
「いえ、アークには重大な危険性があり、それはアークを禁忌の力と言ってしまえるほどのものです。
それは、『アークリオン』。
アークは便利な力であるが、同時にいつ爆発するかわからない爆弾でもあります。
唐突に爆発した力が、体の内からアークリオンを生み出し、宿主の体を乗っ取り、人型の怪物になります。穂火ちゃんなら、魔女。零くんなら、王子様。
怪物と言っても、コスプレのようなものですけど。
そんな『アークリオン』の強さは千差万別で、穂火ちゃんの現在の科学で対応可能な、火事レベルの被害を出す場合もあれば……陽向さんのような、世界がどうなるかわからないレベルの被害を出すかもしれないアークリオンもいます」
「ああ、そうだ。だから、アークは危険であり閉じなければならないものなんだ」
「はい。そして、閉じた際に発生する新たなアークリオンが『第二形態のアークリオン』。
第一形態であるコスプレのようなアークリオンを閉じることで宿主とアークリオンを分離し、内側から溢れる力が器を失って不定形な姿でいるのが『第二形態のアークリオン』です。
穂火ちゃんなら、炎の魔人。零くんなら、大きな空飛ぶ城。
こちらは、明確に化け物と言えるかもしれません」
「ああ。そしてその『第二形態のアークリオン』が……」
「はい。今回の事件の凶器だと僕は考えています」
あの時見た『捕食のアークリオン』は、見た目は明らかに異形だった。人型であったゆえに『第一形態のアークリオン』のように見えるが、あそこまで人の面影が見えないのは第一形態とは違うように思える。
これは明確な線引きはなく、僕の長年のアークリオンと対峙してきた故の感覚なのだが……おそらく第二形態だろう。
「だが、それならおかしなことになる」
師匠がそう言った。僕は理解しているつもりなので、こう返す。
「はい。アークリオンも無敵じゃありません。
『第一形態のアークリオン』なら、宿主の寿命が尽きるまで生きることができますけど
『第二形態のアークリオン』は、言わば宿主から関係を断たれた存在。この形態になって暴走が激化する要因も、宿主から生きるためのエネルギーを受け取ることはできずに、パニックを起こすから。
つまり師匠はこう言いたいんですよね?
『第二形態のアークリオン』なら、なぜ8/10から8/26まで存在し続けられているのか……あ」
「そうだ、矛盾なんだ。そもそも、第二形態なら、鍵斗がやろうとしていた鍵が開いているかの確認も無意味に終わるしな」
「……」
僕は自分の考えが間違っていたことに気づいて、冷や汗をかく。
確かに、『第二形態のアークリオン』ならば存在し続けられないのだ。それに、鍵が開いているかの確認も無意味に終わるし。
感覚では『第二形態のアークリオン』だとわかっているのに、生態的にそれはあり得ないこと。
桃木島にいた、『支配のアークリオン』が『桃太郎の腕輪』で眷属を増やし、眷属からエネルギーを受け取って存続し続けるという手を取っていたのは記憶に新しいが、それは特例であり、そんな存在がポンポン存在していると考える方が難しい。
今回の『捕食のアークリオン』がそうだとしたら、背後により強大ななにかがいることになる。
だけどそんな存在の尻尾すら掴めていないし、見てもいない。
いないと考える方が妥当だろう。
つまりどういうことなのだろう。
第二形態ではない。しかし姿は第二形態のよう。そしてあの時いた謎の女。
「……!」
この時僕の思考に電撃が走る。
そうか。つまり、それがアーク。
零くんのように、召喚するアークなんだ。
僕は推理に一本線が通ったことに快感を覚えながらも、師匠が提案した整理の大切さを噛み締めて、こう返した。
「ありがとうございます、確かに『第二形態のアークリオン』は間違っていたかもしれません」
だが、僕の返事に師匠はこう返してきたのだ。
「いや、間違っているとは言っていない。勘は時にして情報より優先されることもある。ただ、決めつけは良くないという話だ。矛盾の裏には見落としがある。
気をつけろよ、鍵斗。
アークロックは優秀だ。捜査だって早いくらい。
だからこそ、見えない罠に気をつけろ。気づけばそこは袋小路かもしれない。
順調な時ほど、見逃しは増えるからな」
師匠はそう言って、タッパーを流し台に持っていく。どうやら食事を終えたようだ。
僕は「わかりました。それはそうと、美味しかったですか?」と訊く。師匠は「ああ」と言いながら、こう続けた。
「悪いがこれから部屋で仕事だ。おやすみ、鍵斗」
師匠はこちらをそっと見て微笑んだあと、そう言って部屋に帰っていった。
今日は多分忙しい日なんだろうなと思いながら、僕は白ごはんを頬張る。
結局師匠はなんの仕事をしているのだろうか。わからないことだらけである。
そうして、今日という日が終わった。




